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2010.04.17
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カテゴリ:昭和期・新戯作派

  『夫婦善哉』織田作之助(角川文庫)

 先日、家からさほど離れているわけではないんですが、今までほとんど行ったことのない方角に自転車で20分ばかり行くと、住宅街にぽつんと一軒、古書店がありました。
 流行の大型古書店ではなく、いかにも昔の「古本屋さん」という佇まいの店でありました。

 これはこれはと思って中に入ってみると、中も昔の古本屋さんの店内と同じ。ずらりと古書が堆く積んであって、その幾つもある本の「塔」の下の方の本とか、奥の方の本とかは、見ることが出来ません。

 そこで一時間ほど遊んでいまして、買った本の一冊が今回の報告の文庫本です。
 これはなかなか気合いの入った文庫本ですよ。カバー無しで、帯だけが付いています。
 そして、その帯に古めかしい字体で、

  「新しき文庫の時代来る」「きよき泉より清き水は流れ出づ」

 なんて書いてあって、この本の定価は40円であります。
 奥付による初版発行年月は「昭和二十九年十一月二十五日」とあります。

 まー、四十円、……そんなものでしょうかねー。
 しかし上記で触れた帯の文句の「きよき泉より清き水は流れ出づ」ってのは、なんじゃらほい。

 何か良くわかりませんが、敗戦後の、しかし前途に希望溢れた日本の姿が、ほの見えるような気が、しませんかね。
 なんだか新しい知識を手に入れることの喜び、といったような。

 ところで四十円について、上記にそんなものでしょうかねと書きましたが、ページ数はとても少ないです。
 収録作品は『夫婦善哉』と『アド・バルーン』だけ。百ページほどであります。
 で、さて、この二作品についてなんですが……。

 ……えー、少し昔に読んだ、詩人のエッセイだったと思います。
 東京から地方へ引っ越しなさいまして、文筆活動をしていて改めて気が付いたことがある、と。

 それは、東京にいた時は何気なく「新宿」とか「赤坂」とか普通に書いていたが、地方に住んでいて同様に近所の地名、例えば「狐が岡」とか「虎ヶ谷」とか書こうと思ったら、そこに少し逡巡が生まれる、と。
 それらは、どちらも自分にとって日常的に同等の重みを持っている地名の使用であるはずなのに、と。

 これはつまり、東京の地名などの固有名詞を文中に用いることは、自らの意図にはあらずとも、文化の「ヒエラルキー=階層制」の中で、「強者」の立場に立つことであったということに気づいた、ということですね。

 確かこんな内容の話だったと記憶するんですが、それは全くその通りですね。
 ブログにおいても、東京在住の方は、多分あまり補足も入れずに、例えば「吉祥寺」とか書かれるのではないでしょうか。
 しかし兵庫県に住んでいる僕は、何の補足説明も無しにブログに「二階町」とは、ちょっと書けないですね。「二階町」と書くなら、「世界遺産で有名な姫路城のある姫路市一番の繁華街の」とかの補足をきっと書きます。

 このことは、上述のように表現における「強者と弱者」という言い方で捉えても、一概に誤りではないと僕も考えます。

 さて何の話かと言いますと、結論から言いますと、織田作之助は嫌われていたのだろうなーと言うことであります。
 誰に。そして、なぜに、か。
 それは、こんな表現で小説を綴っていましたから。

 弁天座、朝日座、角座……そしてもう少し行くと、中座、浪花座と東より順に五座の、当時はゆつくりと仰ぎ見てたのしんだ程看板が見られた訳だつたが、濱子は角座の隣りの果物屋の角を急に千日前の方へ折れて、眼鏡屋の鏡の前で、浴衣の襟を直しました。濱子は蛇ノ目傘の模様のついた浴衣を、裾短かく着てゐました。そのためか、私は今でも蛇ノ目傘を見ると、この継母を想ひ出して、なつかしくなる。それともうひとつ想ひ出すのは、濱子が法善寺の小路の前を通る時、ちよつと覗きこんで、お父つあんの出たはるのはあの寄席やと花月の方を指しながら、私たちに言つて、急にペロリと舌を出したあの仕草です。(『アド・バルーン』)

 その頃の大阪人なら、何の補足も要らないであろう「大阪南」の繁華街の様子が描かれます。
 しかし、大阪以外の地方の人もさることながら、むしろ東京人の方が、こんな文章にカチンときたのではないかと思うのですが、……以下、次号に。


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Last updated  2010.04.17 08:42:41
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