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2010.04.20
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カテゴリ:昭和期・新戯作派

  『夫婦善哉』織田作之助(角川文庫)

 上記小説の読書報告後編であります。
 前回言っていたことはこんな事でした。

 すさまじきもの(略)人の国よりおこせたる文の物なき。京のをもさこそ思ふらめども、されど、それはゆかしき事も書きあつめ、世にある事も聞けばよし。

 いきなりなんじゃらほいとお思いのことと存じますが、知り合いの高校の先生と話をしていたら、まさにこれだと思ったので、ちょっと図書館で調べてきました。

 『枕草子』の「すさまじきもの」の一節です。
 小学館の「日本古典文学全集」の口語訳によると、こうなっています。

 不調和で興ざめなもの(略)地方からこちらに送って寄こしている手紙の、贈り物がついていないの。京からの手紙をもそう思っているだろうけれど、でも、それは知りたいことをも書き集め、世間の出来事をも聞くのだから、よい。

 なるほど、千年以上も前から「都人」の「タカビー」は今と同じでありました。

 さて、織田作之助なんですが、前回引用した文章の中に、大阪人でなければよくわからない地名がいっぱい散りばめられていましたが、これは、なんというか、やはり東京に「喧嘩売っている」んでしょうねー。「確信犯」なんでしょうねー。
 「歌舞伎町」がええんやったら、なんで「宗右衛門町」があかんねん、と。

 私の読みました(今となっては珍しい角川文庫の『夫婦善哉』の)文庫の解説にも、織田作は「とっちゃん小僧」とか「若いのにいやに下世話に通じている」とかの批判をしばしば受けたとありました。

 が、僕は今回この小説を再読したのですが、読みながらの一番の感想は、思っていたより正統派の文章じゃないかというとでした。もっと、宇野浩二や野坂昭如や町田康のようなこてこての文体だったような記憶を持っていたのに、これではまるで志賀直哉ではないか(あ、志賀直哉は言い過ぎ、すみません)、と。

 上記の織田作に対する批判は、作品内容への批判じゃなくて、今となっては一地方に過ぎない大阪の地名を、「喧嘩腰」のように書きまくった織田作の「狙い」に対する「反感」ではなかったかと思います。

 今読みますと、『夫婦善哉』は上記の大阪の地名の多用はともかく、やはりほぼ極めて正統的な「語り」の文体で書かれていると感じます。

 ただ一方で、織田作は東京に「反逆」をしようとだけを考えて書いたのでは、やはりありませんね。(あたりまえです。)例えばこんな「語り」の部分。

 翌日、蝶子が隠してゐた貯金帳をすつかりおろして、昨夜の返礼だとて友達を呼び出し、難波新地へはまりこんで、二日、使ひ果たして魂の抜けた男のやうにとぼとぼ黒門市場の路地裏長屋へ帰つて来た。「帰るとこ、よう忘れんかつたこつちやな」さう言つて蝶子は首筋を掴んで突き倒し、肩をたたく時の要領で、頭をこつこつたたいた。「をばはん、何すんねん、無茶しな」しかし、抵抗する元気もないかのやうだつた。二日酔ひで頭があばれとると、蒲団にくるまつてうんうん唸つてゐる柳吉の顔をピシヤリと撲つて、何となく外へ出た。千日前の愛進館で京山小圓の浪花節を聴いたが、一人では面白いとも思へず、出ると、この二三日飯も咽頭へ通らなかつたこととて急に空腹を感じ、楽天地横の自由件で玉子入りのライスカレーを食べた。(中略)カレーのあとのコーヒーを飲んでゐると、いきなり甘い気持ちが胸に湧いた。こつそり帰つてみると、柳吉はいびきをかいてゐた。だし抜けに、荒々しく揺すぶつて、柳吉が眠い眼をあけると、「阿呆んだら」そして唇をとがらして柳吉の顔へもつて行つた。

 この徹底的な「ダメ」ぶりを再三発揮する「ダメ男=柳吉」と、その「ダメ男」を底知れぬキャパシティーの深情けで「保護」していく、やはりこれも一種の「ダメ女」とも言える「蝶子」の物語は、店を始めては潰し、始めては潰し、また始めては潰すというバイタリティと、そして親類知人ことごとくが貧しい暮らしの中にあるという、いかにも「大阪的」な背景の中に、きっちりとはめ込んだように繰り広げられます。

 織田作が愛してやまなかった「庶民」の姿を描くバック・グラウンドとしては、二十一世紀になっても未だに「こてこて」のまま、全くあか抜けようともしない大阪という町が(もちろん彼の故郷であった故もありましょうが)、なるほどもっとも相応しいと、彼の「天才」が直感的に嗅ぎ取ったのかも知れません。


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Last updated  2010.04.20 06:30:46
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