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2010.08.07
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カテゴリ:昭和期・新戯作派

  『青春の逆説』織田作之助(角川文庫)

 さて、上記長編小説読書報告の後半であります。
 前回の最後に二つのことについて触れました。織田作作品の特徴であります。

  (1)短編小説である。
  (2)「渋い」感じの切れ味の良い描写・展開を特徴とする。

 何かバランスの悪い二項目の並びですが、今回の報告作品が長編小説であることを鑑みますと(1)は外せないところであります。

 前回の報告に、作品冒頭の表現を抜き出しましたが、あそこに出てくる「お君」が、主人公「毛利豹一」の母親であります。
 母親の結婚から始まって、豹一の出産、そして、豹一の学生時代が、前半の主な部分となります。
 後半は、第三高等学校中退後、新聞記者の見習となった豹一が、女優の多鶴子との恋愛に破れるところで終わっています。

 織田作のスタンダールへの傾倒は本人の述べるところであり、本作主人公の豹一の感じ方や行動に『赤と黒』の主人公ジュリアン・ソレルのエピゴーネンを見ることはたやすく思えます。
 ただ、私はそういったストーリーとは別に、一つのことが読んでいてとても気になりました。
 それは最初の内は、まだ十代から二十歳までの青年を主人公に描いている故かとも思いましたが、作品に非常に「テレ」が見えるように思ったことです。

 そもそもこの小説のタイトルそのものが、すでに「テレ」の塊でありますが、例えば作中のこんな表現。

 だが、はっきりと気がつけば、豹一自身いまいましいことにちがいないこの恋情に就ては、細かしく説明しない方が、賢明かも知れない。だから大急ぎで述べることにするが、つまり豹一がふと見た銀子の痛々しく細い足の記憶が、土門の電話口でいきなり生々しく甦って来たせいではなかろうか。そしていうならば、そんな豹一の心の底に、母親と安二郎を結びつけて考えたときのあのちくちくと胸の痛くなる気持が執拗に根をはっていたのである。

 この「テレ」は、果たして誰の「テレ」であるのでしょうか。
 あるいは筆者の「テレ」なんでしょうか。しかし、こんなところを、ある意味大阪的に厚かましく「アクの強さ」で書ききってしまうところにこそ、織田作らしい個性が見られたのではなかったでしょうか。

 しかし、読み進めていく内に、私はふと、これは、「テレ」といえば筆者が間違いなく「テレ」ているんでしょうが、その正体は、「テレ」というよりも、織田作一流の心理主義的表現であると言うことに気づいたのでありました。

 実は、なにごとにつけてもけちをつけたがる豹一の厄介な精神は、全く莫迦げたことだが、この時も多鶴子がアイスクリームを注文したことに、憤慨していたのである。豹一に言わせると、寒中アイスクリームを食べるのは気障だというのである。ことに多鶴子のような若い女が人前で食べるのは気障だというのである。

 登場人物の行動についてのこういった心理分析描写は、それが男と女のやり取りであったりする時、とてもすばらしい効果を発揮することがあります。

 本作においても、女優・多鶴子と豹一の恋愛を描いている部分については、なかなか面白くはありますが、なんと言いますか、時にその分析が客観性に欠けて恣意的である如く見えるのは何故でしょうか。

 そもそも、この豹一の性格設定が、その育ってきた境遇と関係して極めて「特殊」であります。まるで、皮膚感覚的な好悪判断がすべての論理に先行するような行動原則が彼にはあって、ところがそれそのものに対しては充分な分析がなされていないので、本質が捉えきれず恣意的に流れるように感じるのだと思います。

 そしてそんな恣意性に流れる心理分析は、次々と描かれ続けると、読者としては少々煩わしくなってきます。

 それと最後にもう一つ、私が最後までやや違和感を感じ続けてきたのは、主人公豹一の不必要な程度の「純情」さであります。

 ひょっとすれば、ジュリアン・ソレルがそうだったのかも知れませんが(いかんせん、私が『赤と黒』を読んだのはもう三十年以上も前のことで、今となっては、ほとんど何も覚えていません)、なんか私の遠い日の記憶では、ジュリアンはもっと野心的な青年だった気がするんですがねー。

 そんな彼に比べますと、我が「浪花のジュリアン」豹一青年は、あまりに頑なに非論理的にまで「純情」な、しかしそこに、なるほど言われてみれば、そこはかとない、関西的愛嬌を感じないでもないという青年では、確かにありますが、ね……。


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Last updated  2010.08.07 06:18:43
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