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2010.08.21
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  『第七官界彷徨』尾崎翠(河出文庫)

 上記小説作品読書報告の後編であります。
 全編では何を述べていたかをおさらいしてみますね。

 「尾崎翠は気になる作家だ。尾崎翠は少女漫画の鼻祖だ。」

 ……えー、これだけ、ですかね。いえ、もう一つありました。

 「尾崎翠作品の独創性は極めて高い。」

 後編はこれを中心に考えてみたいと思います。

 1896(明治29年) 鳥取県にて誕生
 1914(大正3年) 18才 文芸雑誌投稿欄に初めて活字として掲載される。
            以降、投稿作品掲載者の常連から新進作家へとなっていく。
 1931(昭和6年) 35才 『第七官界彷徨』発表

 とってもアバウトな年譜で、何の意味があるのかという気もしますが、私の気になったのは、昭和初年という尾崎翠の作家としての活動最盛期についてであります。

 大正期の後半から昭和の初年という十年あまりのこの時期は(この後すぐに日本は戦時体制に入っていき、文芸文化は、少なくとも表面上は急速に衰退していきます)、日本近代文学史上に初めて現れた、実に多様性に富んだ時代ではなかったかと、私は考えています。

 この時代背景を考えることなしに、尾崎翠の卓越したオリジナリティーとモダニズム(触れ忘れていましたが、これも尾崎翠作品の大きな特徴ですよね)は、語れないと思います。

 昭和初年に、そのような文芸的特質がなぜ開花したかと言いますと、その要素は以下の2点です。

 (1)国民の経済力の上昇と、識字率の上昇。
 (2)小説表現の熟成と深化。

 (1)の要素は、何より読者層の圧倒的拡大を生みました。特に、江戸川乱歩などを生み出した大衆小説の誕生の影響は大きいと思います。そして、読者の拡大が、作家に「読者」という視点の重要性を作り出しました。
 (それ以前は多分、小説家は読者なんて考えないで小説を作っていたと思います、ややアバウトな分析ながら。)
 そして、そのことも、(2)の要素を強めました。

 (2)の要素は、この時代いろいろな文芸上の流派が誕生したことがそれを語っていますが、具体的には、例えば若き日の川端康成や井伏鱒二や、特に太宰治の初期作品はことごとくがそうですが、かなり多くの文体上の実験小説が発表されています。
 そしてそれらの実験が、ますます小説表現の可能性を拡げていき、その産み出した結果こそ、

   「小説家という職業の有効性・小説という表現媒体の有効性」

ということであります。

 小説家の社会的・経済的地位が向上したこと、そして、様々な目的意識を持った者が、その実現(例えば社会変革とか)に小説が極めて有効であると気が附いた時、多様な書き手が誕生します。(それまでの作家=書き手は、ほとんどがブルジョワの子弟か、極々限られたインテリゲンチャのみでした。)

 そうして興った「文壇」の盛況は(菊池寛の存在も大きいですよね)、群雄割拠・百家争鳴状況を加速度的に展開させ、そして史上まれに見る百花繚乱、多様な小説作品の誕生となったと、……うーん、我ながらなかなか鋭い分析でありますなー。
 (えっ? あたり前のことを書いただけですって?)

 さて、尾崎翠作品に見られるオリジナリティーとモダニズムは、この様な文芸状況を背景に考えた時、極めて説得力の高い形で我々の前に姿を現します。
 そしてそのことは、決して尾崎翠の作品の価値を貶めているのではなく、一つの時代を象徴した作品として、時代の典型としての彼女の存在を、私としては、強く考えるものであります。


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Last updated  2010.08.21 09:14:14
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