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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2010.09.04
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  『珍品堂主人』井伏鱒二(角川文庫)

 古本屋さんが好きです。
 昔は(って、どのくらいの昔なんでしょ。大体四十年くらい前ですかね)、街にもっと普通に古本屋さんがあったように記憶するのですが、今は、いわゆる「街の古本屋さん」が姿を消してしまいました。うーん、やっていけないんでしょうねー。

 それについてはいろんな理由があるんでしょうが、一方で、時々批判されたりする、チェーン店の大規模古書販売店(あそこは、もはや「古本屋さん」ではないですよねー。店の方も、一連の「リサイクルショップ」というコンセプトでなさっているような感じですし)、でも僕は、あの手のお店も嫌いじゃないです。

 その理由は、何といっても僕のほしいような本(明治大正昭和あたりの純文学小説の文庫本)が圧倒的に安いからですね。
 ま、そもそもが文庫本なので、高いといっても多寡は知れているんですが、それでも、それが絶版本であったりすると(というか、僕の欲しがるような文庫本はほぼ絶版本ですがー)、大阪・京都などの古書街の店なんかだと、ちょっと値がするなあという感じになるものも結構あります。

 それにあの大型古書販売店は、名前の通り店が大きいので、たまに掘り出し物が隠れていたりすることがあって、そんなのを見つけると、とってもうれしいです。

 さて、今回報告する小説の主人公は、骨董屋であります。
 僕の求めるような古文庫本は全く異なりますが、同じ書籍でも稀覯本になると、骨董品と重なる部分を持ち、そして、上記に記した僕のささやかな本当にささやかな「掘り出し物」発見時のうれしい感覚も、少しは重なりそうな気もするのですが、例えばこんな風に書いてあります。

 宇田川は錦の袋に入れたのを出して来て、
 「これです」
 と恭しく袋から取出した。
 見れば、麗水と細めの隷書体で彫つてある。のびのびした書風の古印で、文字の線が実に美しいぢやありませんか。はッ、美しいなあと思つたが、値段を聞くと珍品堂の持つてゐる財布の金では半分にも足りません、どうしたものだらうと、抹茶の御馳走になりながら思案してゐると、運悪くそこへ小石川の八重山が来て、人の見てゐる前ですぱつと買つてしまつたことでした。こちらは無念やるかたないけれども金がない。好きな女に振られたやうな思ひです。その気持は、ほんたうに骨董をやらない人にはわかつてもらへない。


 しかし、見事な語り口調ですねー。この文章は、これで三人称なんですよねー。
 実になめらかにリズムのよい文章で、読んでいると心地よくってなんだかうかうかと眠くなってしまいそうです。

 そもそも筆者は、駅前旅館とか、街の駐在さんとか、町医者とか、そんな、「いかにも」という感じの職業人を描くことのとても多くかつ、上手な小説家であります。

 今回の小説についても、初めのうちは、なんだかぼそぼそと地味ーに始まった書きぶりで、例のパターンかなとも思いつつ、こんな小説のどこが面白いのだろうかという感じで、僕は読み始めていました。
 しかし読み進めるほどに、この「シブ好み」「玄人好み」が、いいんですよねー。

 今僕は、「シブ好み」「玄人好み」と書きましたが、読み進んでいくうちに、なるほど、大人の男が読める小説とは、こんな小説なんだなと言うこと、そしてそんな小説は思いの外に少なく、仕方がないので「おじさんたち」は、代わりに時代小説を読むのだなと考えていきました。

 普通の大人の男の読める現代風俗小説。
 これは、きっと、そんなに沢山ありません。
 「企業小説」などと呼ばれるジャンルもありそうですが(寡聞にして僕はこのジャンルについてはほぼ無知なのですが、本書にもそんな側面はありそうです)、あとは本当に、仕方なく時代小説に入っていくしかないんじゃないでしょうか。

 本作はそんな「風俗小説」として読んでもとてもうまいです。
 なにより文章がうまい。眼前に起こる出来事を書く、その説明の仕方・裁き方が、舌を巻くほどうまいと思います。

 何ともしつくりしない気持でした。珍品堂が途上園の経営に当つたのは僅か一年あまりのことですが、その間に山路孝次は、以前のお互に無遠慮な間がらのなかから何か或種のものを抜き去つてゐる。それとも或種のものを付け加へてゐる。今、がつんとそれが来た。

 風俗小説を書く第一の条件とは、実は文章力なのだなと気づいた時、僕はふと現在の第一級の風俗小説作家として丸谷才一氏のことを思い出し、そして「やっぱりなー」と、大いに納得したのでありました。


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Last updated  2010.09.04 12:21:31
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