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2010.10.16
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カテゴリ:明治期・浪漫主義

  『春昼・春昼後刻』泉鏡花(岩波文庫)

 えー、本書を読みまして、わたくし、ちょっとショックを受けてしまいました。

 何のことかと申しますれば、例えば、上記の岩波文庫の解説(川村二郎)には、本書のことを「鏡花の美があらゆる面において完璧に輝きでている」などと書かれております。

 まー、解説文というものは「仲人口」みたいなものでしょうから(そんなにひどいものではないですかね)、話半分で聞くとして、例えばネットのアマゾンなんかのレビューには、どんな風に書いてあるだろとチェックしてみました。

 ところが、これも少なくない方々がえらい誉めようであります。
 うーん。……しかしねー、こんな文章の小説がそんなに万人に誉められるとは思えないんですがねー。こんな文章です。

 一座の霊地は、渠らのためには平等利益、楽く美しい、花園である。一度詣でたらんほどのものは、五十里、百里、三百里、筑紫の海の果からでも、思いさえ浮んだら、束の間に此処に来て、虚空に花降る景色を見よう。月に白衣の姿を拝もう。熱あるものは、楊柳の露の滴を吸うであろう。恋するものは、優柔な御手に縋りもしよう。御胸にも抱かれよう。はた迷える人は、緑の甍、朱の玉垣、金銀の柱、朱欄干、瑪瑙の階、花唐戸。玉楼金殿を空想して、鳳凰の舞う竜の宮居に、牡丹に遊ぶ麒麟を見ながら、獅子王の座に朝日影さす、桜の花を衾として、明月の如き真珠を枕に、勿体なや、御添臥を夢見るかも知れぬ。よしそれとても、大慈大悲、観世音は咎め給わぬ。

 これだけ絢爛に書かれてしまうと、どうですか? かなりイメージを纏めづらくないですか?
 私だけですかねー、そんな風に考えるのは。みなさんミエ張っているんじゃないですかねぇ…。

 そもそも私は、極めて権威に弱い人間でありましてー、寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろ、札束には切られろ、というのが基本的ポリシーであります。
 大家が誉めれば私も誉める、大家が貶せば私も貶す、弱きを挫き強きを救うという、うーん、ここまで書くと「最低なヤツ」ですなー。

 ところが、そんな私が、この名作の誉れ高い本作が、さっっっっっっぱり、分かりませんでした。
 しかし、これはちょっと、ショックでしたねー。

 で、今まで読んだ鏡花本を振り返ってみたんですね。もとより、鏡花はさほど読んでいるわけではありません。

 『婦系図』……後半、急にピカレスクになって、早瀬主税がなんか『嵐が丘』のヒースクリフみたいになってしまって、びっくりしつつおもしろいなーと読んでいました。

 『天守物語・夜叉ヶ池』……戯曲なもので、構成が特に引き締まっており、カタストロフに向けて一直線の展開にわくわくしつつおもしろいなーと読んでいました。

 『高野聖』……女が水浴びをするシーンなど、ゾクゾクするほど瑞々しくとても色っぽいと思いつつおもしろいなーと読んでいました。

 うーん、こうして「反省」してみると実によく分かりますね。
 結局私は、「幻想文学」としての鏡花作品に余り触れていないんですね。
 そして、今回の本書は、「幻想文学」としての鏡花の「直球勝負」である、と。

 今「直球勝負」なんて書きましたが、鏡花の幻想小説は、イメージの連続性や仄めかすものを重視し、可能な限り物語の論理性を描かないと言う手法のようで(本書の表現をさっと読んだだけで、主人公の女性の死がすっと読みとれるものでしょうか)、そんな鏡花の幻想文学理解には、一種読み慣れる必要があるように思いました。

 なるほど、アマゾンの鏡花作品のレビューなんか書く方は、いわば鏡花マニアみたいな方なんですよねー、きっと。

 という風に考えを辿り辿って、なんとか我がショックを相対化したのですが、いやいや、まだまだ日本文学の中には、それこそ鏡花作品の「魔界・異界」のように、そこから鬼が出るか蛇が出るか、不気味にもおぞましくもしかしなかなか奥深い世界が、沢山あることを知りました。
 侮るまじ、日本文学。


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Last updated  2010.10.16 09:22:10
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