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2010.12.25
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カテゴリ:明治期・浪漫主義

  『海神別荘』泉鏡花(岩波文庫)

 泉鏡花の戯曲と言えば、やはり『夜叉ヶ池』と『天守物語』がまず指折られると思うのですが、この二作品は確かに傑作ですよねー。かつて、拙ブログでも読書報告しましたが、ほとんど完璧な感じを与える戯曲であります。

 で、さて、今回の鏡花の戯曲集ですが、三つの戯曲が収録されています。この三作品です。

 『海神別荘』(大正2年・1913年)
 『山吹』 (大正12年・1923年)
 『多神教』(昭和2年・1927年)


 この三作品ですが、作られたのは傑作『夜叉ヶ池』や『天守物語』の発表された時期とほとんど変わらないんですがね。傑作側の二作品の成立はこんな感じです。

 『夜叉ヶ池』(大正2年・1913年)
 『天守物語』(大正6年・1917年)


 えー、冒頭より奥歯に物の挟まったような書き方をしていることからおわかりかなと思いますが、今回の三作品、実は私はあまり面白くなかったんですね。

 うーん、ちょっと困ったことですが、なぜそんな風に感じたかと言いますとですね、よーするに、何か変に理屈っぽい感じがするなー、と。

 例えば『海神別荘』の中に、西鶴の『好色五人女』にも取り上げられた「八百屋お七」についての解釈じみたやりとりがあったりしています。
 また『山吹』においては、「マゾヒズム」の世界に入り込めない人物に、その理由を語らせてみたりしています。

 しかし何といいますか、私の勝手な思いこみかも知れませんが、鏡花の書くような作品は、お話の中に何かのメッセージ性が強く含まれていたりすると、作品としての幻想的な広がりや象徴性が、一気に薄められてしまうような気がするんですね。
 私の好みとしましては、もっとあっけらかんと、子供っぽく書いていただきたいと、まー、思うんですね。

 ただ、そんな子供っぽくもわくわくするような、その場面を見ているだけで何も考えずに楽しく、「凄いものだなー」と思えるようなシーンが、まるでないかと言えば、それはそれ、仮にも天下の泉鏡花であります。
 もちろん、あります。

 一つあげますと、『多神教』の「お沢」という女性を男達が寄ってたかって嬲り、折檻し、「素裸にして、踊らせろ。」と言う場面であります。
 こんな場面は、ト書きにまで気合いが入っています。こんな感じです。

 お沢  ヒイ……(歯をしばりて忍泣く。)
 神職  いや、蒼ざめ果てた、がまだ人間の婦の面じゃ。あからさまに、
    邪慳、陰悪の相を顕わす、それ、その般若、鬼女の面を被せろ。
    おお、その通り。鏡も胸に、な、それそれ、藁人形、片手に鉄槌。
    ――うむその通り。一度、二度、三度、ぐるぐると引廻したらば、
    よし。――何と、丑の刻の呪いの女魔は、一本歯の高下駄を穿くと
    言うに、些ともの足りぬ。床几に立たせろ、引上げい。

渠は床几に立つ。人々お沢を抱きすくめて床几に載す。黒髪高く乱れつつ、
一本の杉の梢に火を捌き、艶媚にしてしなやかなる一個の鬼女、すっくと
立つ――


 えー、こういった加虐趣味につきましては、実は我が国の伝統芸能には「歌舞伎」という大物があるんですよねー。
 先日、鶴屋南北について書いた本を読んでいたのですが、特に彼が活躍した、江戸文化の爛熟期である「文政期」について、こんな説明がなされていました。

 「人間性が熟れて、爽やかな道義を失い、漂うような泥流の闇となる。正直者は存在の影が薄く、欲望の燃えさかる者は悪の道へ走るしかない。忠義は生きてゆくための標榜でしか過ぎなく、金ですべての欲望は購える。女は身を売るしかなく、愛や信頼は裏切られるために存在し、逞しく死して復讐を遂げる亡霊が、最後に残された人間性を表出している。」(『鶴屋南北』郡司正勝・中公新書)

 ただ、鏡花のこういった趣味については、私はかつて鏡花の小説を読んだ時にも感じたことがありました。
 それは鏡花は、自作品中に幽霊や怪異や妖怪を書きながらも、ひたすらそれにのめり込んで書いているのではなく、そのように書いていることに対する「エクスキューズ」も同時に書いている、と。

 今回の戯曲についても、私はそれを感じました。
 そして、私がわがまま勝手ながら、今回の作品に少し不満な思いを抱いたのは、その「エクスキューズ」のバランスが、少し気になったと、まぁそういうことで、お許しいただけますでしょうか。
 泉鏡花には、かつてよりかなりディープなファンが数多く存在すると、側聞いたしますゆえ。


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Last updated  2010.12.25 08:30:39
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