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analog純文

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2011.01.12
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  『嘉村礒多集』嘉村礒多(新潮文庫)

 この文庫本は、『嘉村礒多集』ということで、小説ばかりでなく、日記抄があったり、書簡が入っていたりと、ちょっと不思議な構成になっています。
 ただ読んでいくと編者の意図が何となくわかるんですが(編者は文芸評論家の山本憲吉です)、これは「私小説の極北」と呼ばれる嘉村礒多の作品集ゆえですね。(全集のハイライト版みたいなもんですね。)

 さて今、「私小説の極北」と書きましたが、この嘉村礒多の「師匠筋」にあたる葛西善蔵とか、近松秋江とか(実はどちらの作家も私はよく知らないんですが)、といったいわゆる「私小説作家」について、まー、何といいましょうかー、はっきり言って私は余りよい印象を持っていないんですね。

 ただ、自分でいうのも何ですがー、このよい印象を持っていないというのは、それらの作品を一応は熟読し、その後に初めておのれ自身の判断をするという、批評をする際の最低限の条件をクリアしてのものではない、つまり、「いい加減きわまる」ものであります。
 えー、どうも、すみません。

 (ところで、この批評の最低条件を守らないコメントというのが、ネット空間にはとっても多いですよねー。って、お前がそうじゃないかといわれれば面目ないんですがー。先日もある作家の本のコメントを読んでいたら、批判的コメントを書いている人の多くが最後までその作品を読んでいなかったり、その一作しか読まずに筆者をほとんど全否定していたり、また褒めているコメントにしても、今から読み始めまーす、ワクワク、などと、おーい、そんなんありかー、が多すぎると思いません?)

 えー、話を戻しましてー、なぜ私がいい印象を持っていないかということを述べますと少し大変なので、今回はそこはパスさせてもらって、とにかく、冒頭の一作を読むに際しても、私はあまり期待して読み始めたわけではなかったと、とりあえずそんなところで、えー、よろしいでしょうか。

 で、読了しましたが、相反する二方向の感想を持ちました。
 ひとつは、これ、けっこうおもしろいかな、と。

 その理由は、何といっても、文章力ですね。例えばこんな部分。

 妻の過去を知つてからこの方、圭一郎の頭にこびりついて須臾も離れないものは「処女」を知らないといふことであつた。村に居ても東京に居ても束の間もそれが忘れられなかつた。往来で、電車の中で異性を見るたびに先づ心に映るものは容貌の如何ではなくて、処女だらうか? 処女であるまいか? といふことであつた。あはよくば、それは奇跡的にでも闇に咲く女の中にさうした者を探し当てようとあちこちの魔窟を毎夜のやうにほつつき歩いたこともあつた。縦令、乞食の子であつても介意ふまい。仮令獄衣を身に纏ふやうな恥づかしめを受けようと、レエイプしてもとまで思ひ詰めるのだつた。(『業苦』)

 こんな内容の部分は、現在は笑いながらでないと読めない(事実私はぎゃははと笑いながら読んでしまいました)でしょうが、文章としてみると、まるで志賀直哉からわがままな「自我」を抜き取ったような文章で、巧まぬユーモアも含めてとても丁寧に描かれているのがいいなと思いました。

 ところがこんな一種ユーモラスな表現は、この筆者の作品の中では実はきわめてまれなんですねー。
 後は、マゾヒスティックに暗いです。まるで、傷口に塩を擦り込むように、いいいーーーっとなってしまうくらい、これでもかこれでもかと、とっても暗いです。

 自分は、幼い頃から醜い容貌のせいで周りから蔑まれ、学業成績も著しく劣等で、母親からも愛されずと、そんないじけた青春期を送り、そして結婚後も、上記の引用部からもわかるように、女房が「処女」じゃなかったからとのたうち回るほど運命を悲観し、あげくに仕事先で知り合った若い女と故郷を捨てて東京へ駆け落ちをするというのが、何作かの連作短編の基本的な設定なんですね。

 ……あのー、現在の「高み」に立って過去の作品を評価批判することの愚かしさについては、私も分からないではないですが、しかしこういうのって、やはり酷くないですかね。

 人間性の歪み、いえ、小説に歪んだ人格を描くことそのものは、いっこうに悪くはないです。
 ただ私が少し気になるのは、主人公を徹底的に低めた表現の中に、それゆえの反動のように随所にちらちらと姿を現す「偏見性」、そしてその事に筆者自身気付いてないのではないか、ということです。

 そんな後味の悪いものが、残りました。
 ただ、読みながら、一般に言われるほどには、筆者は事実そのままに書いているのではないだろうなと感じました。

 そして、たぶん事実以上に(事実の歪曲といってもいいほどに)、おのれを被虐的に描くという小説技法を採用した作家という存在について、これは「地獄のようなプライド」なのかも知れないなと、少し背筋の冷たくなるものを感じました。


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Last updated  2011.01.12 06:51:10
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