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2011.01.26
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カテゴリ:昭和期・後半女性

  『緑色の濁ったお茶あるいは幸福の散歩道』山本昌代(河出書房文庫)

 上記作品読書報告の後半であります。前回はこんな内容でした。

 1995年……阪神淡路大震災(1月)、オウム真理教事件・麻原彰晃逮捕(5月)
        山本昌代の本作、三島由紀夫賞受賞(5月)
        保坂和志『この人の閾』上半期芥川賞受賞(7月)


 と並べまして、この二作品はとても似ており、そしてそれぞれが受賞したのには95年最大の二つの事件が関係していると、舌鋒鋭く展開したと思ったら、あれっ? その論は成立しないことが分かってとっても困りました。(なぜ成立しないかは前回に書いてあります。)

 困った私は「可愛さあまって憎さ百倍」と(この諺の用例、だいぶ違っているような気がしますー。)あっさり前言撤回いたしまして、この保坂作品と山本作品は似ているように見えて実は似ていないのだという、正反対の主張をするに至りました。(無節操!)
 そして、そのことを以下の三点において説明してみよー、と。

 (1)作品中のエピソード (2)語りの視点 (3)作品を覆うイメージ

 さて、果たしてどうなりますやら。(前回のまとめ、おしまい。)

 何級かの等級分けのある身体障害者手帳は一級、つまり最重度の扱いである。
 手帳は、何がしかの福祉事業の恩恵を被ることができるための、身分証明書のようなもので、顔写真と、本人の生年月日、それに黒い大きな文字で病名が記されている。
 鱈子さんのそれは、バリリロロニ四肢機能全廃、とある。
 イタリアの酒のような名前だが、そうではなく、これはバリリさんとロロニさんという二人の医学者が研究をした病気であるという意味である。
 この二人がどこの国の人かは、鱈子さんは知らない。
 この病気の治療法について、どんな可能性が望めるのか、それも知らない。
 鱈子さんだけでなく、誰も知らないのである。
 それにしても「機能全廃」とは、またいやにはっきりとした表現の仕方があるものである。
 鱈子さんはどう感じているかわからない。ただ可李子は、初めてこの手帳を本人の了解を得て開いた時、何かいうにいわれぬ気持ちに囚われた。

 牧師の書く小説というのは、いったいどういう性質のものなのだろう、それが知りたいような気がした。立派な牧師だったのだろうかと、疑われた。
 鱈子さんの不安をやわらげるために、今ここでほんの少し、著者スターンについて説明を記しておく。あくまでも簡潔に。もっとも詳しく述べろと求められても、多くを知っているわけではないので、少しだけ。


 以前、保坂和志の小説の際だった特徴として、私はこんな感じの説明をしました。
 「小説には、必ずその日常の裂け目のようなものが描かれるものだが、この小説にはそれがまるでない。(本当ーーーに、まるでない。)それのない作品自体が、ひとつの裂け目であるといういい方はできるだろうが、実に不思議な読後感を持つ。」

 そんな保坂作品に『緑色の……』は酷似していると、初め私は思ったわけです。
 しかし丁寧に読めば、山本作品には「日常の裂け目」が間違いなくあります。上記のように登場人物の設定そのものにすでにある上、展開においても、家族に次々と病気が襲ってくる様などが(しかしとても飄々とした描写で)描かれていきます。

 定年をすでに過ぎた六十二歳の父親と六十歳の母親、三十二歳の独身文筆業の姉に、二十代後半(たぶん)の上記引用部にある障害を持つ妹、という四人家族を描いていますが、その描き方が、上記二つ目の引用部分からも分かるように、その描写主体について微妙に際だって特徴的です。

 これは三人称文体なんでしょうが、語り手の作品内部への「入り込み」の度合いが、一般的な三人称文体より遙かに大きいですね。(ついでに、登場人物の称呼のバラバラさも少し「変」で特徴的です。)
 この視点は、まるで五人目の家族のようにこの家族に寄り添い、我々読み手には、ゆったりとした親密感と不思議な見通しのよさを感じさせます。

 そればかりではありません。
 こんな、少し意地悪く眺めると「緩い」ともいえそうな展開と文体を、くっと引き締めているのが、作品全体に微かに漂う、まるで血の臭いのような仄暗いイメージです。
 少なくない登場人物の病気を描いていますから、さもありなんと思うそれ以上に、このイメージは、その他の細かいエピソードにも刷毛で擦ったような影を落としています。

 さてこんな風に見ていくと、この小説が極めて技巧的に作られていることが分かります。
 そして実は言い忘れましたが、そんな技巧に散りばめられたこの小説の読後感は、決して悪くない、あたかも保坂和志の小説が、まるで事件が起こらないにもかかわらずある種の面白さを継続して保っているように。

 しかししかし、この「緩さ」は、ストーリーやフィクションの軽視に繋がりかねないかとの気がかりは、迷い迷いしつつ、やはり私にはあることも、最後に申し添えておきますね。


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Last updated  2011.01.26 06:21:08
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七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

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