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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2011.01.29
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  『近代日本人の発想の諸形式』伊藤整(岩波文庫)

 えーっと、この本は文芸評論ですかね。それとも日本文化論ですかね。
 文学作品や文学者を取り上げながら、タイトルのようなテーマを述べていらっしゃいます。
 しかしテーマもさることながら、私としては、例として取り上げられた文学作品や文学者の話がとっても面白かったです。

 さてこの本には、五つの評論文が収録されています。これです。

 『近代日本人の発想の諸形式』(昭和二十八年)
 『近代日本の作家の生活』(昭和二十八年)
 『近代日本の作家の創作方法』(昭和二十九年)
 『昭和文学の死滅したものと生きているもの』(昭和二十八年)
 『近代日本における「愛」の虚偽』(昭和三十三年)


 このうち、総題にもなっている一つ目の評論が最も長く、全体の分量のほぼ半分の長さを締めています。
 というより、実はこの一つ目の評論を、各パートに分けて小出しにしたのが残りの四つの文章という感じの構造になっています。そして私としては、「バラ売り」されたうちの、特に文学に関連した部分が、とても興味深かったです。

 例えば二つ目の評論ですが、ここには江戸末期から明治維新を経て、大体白樺派あたりに至るまでの作家たちの「生活」についてが書かれてあります。
 その時期ごとに様々な集団が主張する「文学的信条」とか「文体」に至るまでのこと、つまり普通「文学的な思弁」と思われているものが、実は極めて「形而下」的な事情や都合によって形成され主張されていったということが、手品の種明かしのように書いてあってとっても面白かったです。

 「形而下」的事情の一番手といえば、想像がつきますように、やはり「金銭」のことですね。経済問題は火急の用件であります。
 例えば江戸時代は、作家が原稿料だけで生活できるということはほとんど考えられなかったそうです。こんなふうに本文には書いてあります。

 山東京伝は、銀座一丁目の東側で店を開いて売薬を営んだ。読書丸、小児無病丸などが彼の売った薬である。また彼は煙管や煙草入れなどを売った。銀座と言うと、その当時は場末であって、木賃宿や大衆食堂などの並んでいるような町であった。

 江戸時代、作家の副業といえば伝統的に売薬業が有名であったそうですが、それ以外にも作家が実に様々なアルバイトをしていたかが書かれてあります。
 そしてそのような文人達の生活にも、明治維新は大きな変化をもたらしていきます。
 その変化こそが、実は各流派の文学的立場や主張を形作っていったのだと、以下書いてあるんですが、とっても面白そうでしょ? はい、とっても面白いんです。

 でもみんなを紹介できませんので、キーワードだけ書いておきますね。
 キーワードを結ぶ内容を想像してみてください。

  西洋文明紹介--新聞の誕生--鹿鳴館風俗の反動--
  文壇の形成(文壇徒弟制度の残存)--出版資本の成立--
  新進作家の登場--国家経済の発展--出版商業主義の隆盛--
  さらなる新人作家の発掘


 とまー、ここまでが、大体芥川などの「新思潮派」や武者小路・志賀などの「白樺派」の出現くらいまでの「形而下」的事情ですかね。
 何となく、このキーワードだけで、流れが分かりそうな気もしますね。
 ただ、この「形而下」的事情によって「言文一致運動」の担い手までが決定されていったと説く伊藤整の論理展開は、なかなかアクロバティックに面白いです。

 さて伊藤整といえば、そもそも詩人としてデビューした後、翻訳をしたり小説を発表し、ベストセラーも書きつつ、かつ裁判被告にまでなって、そしてさらに名著『小説の方法』では、日本文壇を「逃亡奴隷」と「仮面紳士」というふたつのキーワードを用いて、見事に解体説明しきった、極めてマルチな才を示した文学者であります。

 かつて私も、その名著を読んで大いに啓蒙されたのでありますが、今回取り上げた評論からも、そのカミソリの如き切れ味のよい分析と、一種対象を放り投げたようなクールで明晰な文体は十分に味わうことができ、私としては改めて、この亡くなって既に久しい文学者に、「フェイヴァレット」の信仰告白をするのでありました。


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Last updated  2011.01.29 09:48:19
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