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2011.02.02
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カテゴリ:昭和期・歴史小説

 『海坂藩大全・上』藤沢周平(文藝春秋)

 藤沢周平と言えば、改めて私が述べるまでもなく、時代小説作家の第一人者であります。
 近年、山田洋次監督が、藤沢周平原作で三部作の時代映画を撮りましたし、それ以前からも、藤沢作品にしばしば登場する架空の藩「海坂藩」と言えば、かなり高い評価を得ているシリーズであります。

 ところがこの作家について私は、かなり昔、おそらくは10年か20年も前に一冊だけ『一茶』という本を読みましたが、これは「小林一茶」に対する興味から読んだだけで、作者への興味は全くなかった、という貧しい読書状況であります。
 うーん、なぜだったんでしょうねー。

 さてその後、雲は流れ時は移り、「紅顔の美少年」だった私もあっという間に年を重ねてしまいました。(こういうのを「馬齢を重ねる」って言うんですよね。)
 そしてその間(別に加齢のせいとは思わないんですが)、時代小説あるいは歴史小説のジャンルにも、私は読書のウィングを少しずつ広げ始めました。私がもっぱら親しんでいたのは、司馬遼太郎・山田風太郎・海音寺潮五郎などといった作家の小説であります。どの作品もとっても面白いんですね。時代小説って、みんなこんなのなんでしょうかね。とっても腕のいい職人芸という感じです。

 で、今回も、そんな期待を持って読んでみました。(「上」というのはもちろん「下」もあるわけですが、「下」は現在のところ買い損ねております。)

 藤沢周平、お読みになったことございます?
 きっとたくさんの人から、「今更お前に言われるまでもなく愛読している」とお答えいただけるんじゃないかと思います。
 私も今回読んでみて、やはり期待通り面白かったですね。
 ところが、その、面白さの質なんですがね。それについて、うーん、何と言いましょうかー、わたくし、少し、気になるところがある、と。
 いえ、もう少し具体的に言うと、本当は私はとっても驚いたんですね。
 何に驚いたのか、それを順を追い直して、考え考え、書いてみますね。

 さてこの短編集は「士道小説集」ということで、武士が主人公のものばかりであります。
 それゆえ、ややバラエティーには欠けるきらいはありますが、しかし一つ一つがとても丁寧に作られている感じがしました。

 そしてそのトータルなテーマは、一言で言うと

 「時代と社会の価値観に違和感を覚えた者の、その時の虚無と行為」

という感じでしょうか。(この表現はこの小説を読みながら私自身がこれは何なのかなと考えつつまとめた表現で、ちょっとブサイクですが、そんな実感です。)
 実は私の持つ作品への「引っかかり」とは、この「虚無と行為」の重苦しさであります。この感覚は相当重苦しいものがあるんじゃないかと、私は驚いたわけです。

 例えば直木賞受賞作品の『暗殺の年輪』ですが、この作品の主人公を覆っている虚無感は、かなり強烈なものであり、ほとんど社会に対する「呪詛」といってもいいほどではないかと思います。

 そこで私は分かんなくなったんですね。
 何でこんな話が、広く読まれるのかと。
 藤沢周平の愛読者は、なぜこんな「呪詛」に堪えられるのかと。

 しかしその後、少しあれこれ調べて納得致しました。
 要するにその後藤沢周平は、自らの作品のテーマをかなり大きく変貌させていったと言うことなんですね。
 なるほど、私は本書を含めてまだ二作品しか読んでいませんので具体的には分かりませんが、感覚的にはとても理解できます。いくら何でもあの重苦しいテーマでは、読者はついていけないでしょう。

 今回の短編集収録作品は、テーマの重苦しさに加え、少し理のまさった作品や、ステレオタイプな登場人物なども結構多い気はしますが、それでもなかなか面白く、何よりその「話作り」に感心してしまう短編集でした。

 さてそのように考え直せば、私にとって藤沢周平読書体験がまだ二作目であるということは、この先に見晴らしの良い心地よいフィールドがずうっと拡がっているということであり、まるでワクワクする贈り物を、いきなり両手一杯頂いたようではありませんか。
 うーん、これだから読書って、やめられないんですよねー。


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Last updated  2011.02.02 06:50:27
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七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
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今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

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