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2011.02.12
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カテゴリ:昭和期・後半女性

  『母の発達』笙野頼子(河出文庫)

 リベンジの笙野頼子であります。
 ……って、いきなり何のことか、わかりませんわね。いえ、実はごくごく個人的なことなんですが。

 以前私は、一冊だけ笙野頼子の本を読んだことがありまして、『タイムスリップ・コンビナート』という本でした。
 芥川賞受賞作です。
 筆者は、ちょうどこの受賞と前後して立て続けに、純文学小説において一定の権威ある新人賞を三つ(芥川賞・野間文芸新人賞・三島由紀夫賞)受賞したんですね。
 なかなかそんな小説家はいません。
 筆者が俄然注目されだしたのはそれゆえなんですね。
 現在はこの三作をまとめて、筆者らしい諧謔を込めて『三冠小説集』というタイトルで文庫本が出ています。

 で、私も三冠の内の一つを読んでみようと思い、読んではみたのですが、これがまぁ、えー、何といいますかー、……「歯が立たんかった」ですかね、やっぱり。
 さっぱりわかりませんでした。

 で、まぁ、そのリベンジだ、と。
 あの頃よりは、私の鑑賞能力も向上しているだろうから、と。
 と勇んで(でもないですか、たまたまブック・オフで見つけただけですから)読み始めたのですが、うーん、さすがに笙野頼子、なかなか、なかなか、手強い、というより、……あ、返り討ちに、あいそう、……やっぱり……。

 母の声が聞きたい。母の踊りが見たい。母が敵を倒し母がピストルを撃ち、母が聖域を爆破し、母がことことと大根を刻んでいる。母が三千人を前に革命を叫んでいる。どんな母でも母はいいものなのだ。たとえ子供がなくても母は母なのだ。独裁虐殺変態者の母だって母に違いない。凶暴残忍冷酷の母も、頭脳明晰職人気質で天才肌の母も、モルヒネ一本たちまち元気で家事万能の母も、母だ母だ。おお、母よ母よ、良母なおもてお母さんと呼ばるる、ましてや悪母をや。いわんや決して悪母をアクボなどと読んではいけない。そう、悪母は「わるかあ」と読むしかないのだ。どこにいるかも判らない母に、私は毎夜呼びかけ誓いを立てる。
 ――お母さん、きっとな、私は立派な母になってみせるで、しかも子供のない母ていう新ジャンルに今は、挑戦しているんや。永遠に子供のままでな、お母さんを求めるんや。それでお母さんを子供にしたり新国家を産んだりして、お母さんとは何かを追求するんや。そうしてお母さんを越えるような、私は宇宙一の悪母になるわ。(『母の大回転音頭』)


 どうですかね、こんな話です。
 しかし、改めてこの部分だけ読むと、それなりになんか、まとまっていそうな気もしますよね。
 いえ、私もそう思います。
 それがね、何といいますかあたかも「だまし絵」のように、……「だまし絵」っていうんですかね、見る視点をちょっと変えると別の絵になっていたり、絵のそばから離れると違う絵に見えたりする、あれなんですが、まさにあれと同じなんですね。

 つまり、全体としては明らかに統一したトーンがあったり、場合によっては社会批判、特に「フェミニズム」寄りの社会批判と読むこともできそうな、そんな統一感が明らかにあります。

 一方、作品に近寄り、ずーーーっとズームしていって、上記引用部のように一つの要素といいますか、フラグメントとして見た時も、それなりの「像」を結ぶんですね。それも、わりとくっきりしたイメージを。

 ところが、その中間地点あたりの単位で見ると、話と話の繋がりが、ほぼ意味を持ちません。何が展開されつつあるのか、さっぱり判りません。

 うーん、これはひょっとして、意味による繋がりを動力部として推進してはいかないというタイプのお話なんですかねー。
 つまり、意味によって進んでいかないというのは、要するに「物語の解体」ですか。
 単なる「物語の解体」というのなら、以前より、まー、文学の世界にまるでなかったわけではありませんがー。

 ……やはりどうも、私は返り討ちにあってしまったという思いが強いのですが、その際の「ダイイング・メッセージ」をひとつだけ、指摘しておきたいと思います。

 上記に「意味の解体」と書きましたが、物語の底ではやはり意味は繋がっていると思います。なにより作品としての構造的な統一感を強く感じます。
 だとすれば、意味を繋いでいる「物質」が、かつての小説のものと大きく異なっているということでしょうか。

 その「物質」が何なのか、私にはよくわかりません。(常識的に考えると「イメージ」でしょうが。)
 ただ、言語芸術において、意味以外のもので物語を紡いでいくというのは、これはなかなか力業の作業・才能であるということです。

 なるほどその力業は、読み進めていくに従い、きわめて「威圧的」に読者の感覚に迫ってきます。
 連想ゲームのように跳躍する展開と文体のパワー、諧謔性、色彩感、疾走感など、極めてスリリングなオーバードライブ感覚に、とにかく圧倒的な存在感の感じられる小説であります。

 高速で跳梁する訳のわからない火の玉のような小説と、どうにも動きの読めない作者のパワーファイターぶりに、私はリベンジならずあえなく返り討ちされたのでありました。


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Last updated  2011.02.12 09:17:50
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