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カテゴリ:昭和期・後半女性
『オリガ・モリソヴナの反語法』米原万里(集英社文庫) 長い小説です。500ページほどの本文があります。 作者米原万里ですが、少し前に亡くなられましたね。2006年でした。訃報を新聞で読んだ時、私はあっと声を出して驚き、そして大いに残念だと思いました。 ご本人はきっと、無念やるかたないものがあったと思います。 だって、本格的な小説をいよいよ書き始めて間のない頃でしたよ。 米原万里は、そもそもロシア語の同時通訳をなさりながら、沢山のエッセイを書いていた方でした。 私は、彼女のエッセイのちょっとしたファンで、本屋で目に付くととりあえず買っていました(ただし、ほとんど文庫になってからですが)。 どのエッセイもとっても面白い上に、極めて「過激」なんですが、一冊だけちょっと取り上げてみますね。この本です。 『ガセネッタ&シモネッタ』(文春文庫) 考えれば当たり前ですが、世の中にはいろんな業界があり、そのすべてに業界外の人間には信じがたいようなことがいっぱいあって、通訳業界の内輪話も同様、ちょっと唖然とすることが書かれてありました。 例えば、この図。 書かれている如く「先進国首脳会議」の同時通訳のありようの図です。1975年、先進国首脳会議の発足以来、この本の書かれた現在(2000年の沖縄サミット)まで、一貫してこの形であるそうです。 これって、この情けない現実って、私が知らないだけで、世間の常識なんでしょうか。でもでも、いくらなんでも、今(2011年)はもう変わっていますよねー。ですよねー。 それとも、変わってないのかしら? この図の横にこんな文章があります。 同時通訳だから、時間差はあまり生じない。しかし、二カ国語間の直接の、しかも同時ではない通訳でさえ、微妙なニュアンスや感情の機微が通訳のプロセスで抜け落ちたり誤情報とすり替わったりしてしまうものだ。同時で別な言語を経由した場合、その確率は数倍になる。それに、どの言語にも特有の発想法や世界観が内包されているものだから、この方式でいくと、日本首脳の発言は、常に英語的解釈のフィルターを経て他の言語に伝わるということになる。これを四半世紀も良しとしてきたということは、日本独自の見解など期待されていないのだろう。 百歩ゆずって、サミットなんか所詮セレモニーみたいなものだとしても、そして、日本語以外は同族の言語達であると考えたとしても、それにしてもやはり、情けない……。 ただこのように、我が国の国際社会における「窓口」の歪さについて考えていくと、実はそれは私という個人のレベルにおいても、外国の情報や現代文化の摂取の「窓口」が極めて限られた国、具体的に言えばアメリカですね、ほとんどアメリカ一辺倒なことが、ひしひしと、そしてうんざりするほど身につまされてわかります。 いえもちろん、それは私の個人的な無知のせいなんですが。 これ以外にも、日本の外国語教育を始めとする「国際化」と呼ばれているものの中身が、全く英語一辺倒、アメリカ追随一辺倒になっていることについて、それがどれほど愚かしいことであるのかや、また、ロシア語通訳者の筆者らしくロシアの状況についても、ソ連がロシアに変わった後、広がった市場経済というものがいかに多くの「文化・芸術」を崩壊寸前に追い込んでいるかなどが書いてあり、とても「過激」に面白い本でした。 このようにエッセイだけでも十分面白いのですが、そんな何冊かの「過激」なエッセイが書かれた後に、満を持して発表されたのがこの小説だったんですね。 (その橋渡しになったようなエッセイが『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』ですかね。この長編エッセイもまた、実に素晴らしい作品です。) さて本小説の舞台は、苛酷なスターリン時代のソ連とチェコです。その地での、国家権力に人生を翻弄された様々な個人群像が、ほぼ同時代の「記録」として(小説の形を取りながら)描かれています。 私が何も知らないせいだと思いますが、スターリン時代のソ連って、本当にメチャメチャだったんですねー。 しかしその状況は、おそらく水面下に潜り少しずつ形を変えながらも、現在も続いているだろうことが想像されます。 本書を読んでいると、国家権力の持つ恐ろしさは、決して過去のものや他国のものであるとは思えません。 本当に我々も、そう遠くない将来、ある方向において自らの生存を賭しての選択を激しく迫られるような日が来るかも知れないとつくづく思います。 最後に、本文庫には巻末に筆者インタビューがあり、次作についても触れられてありましたが、その作品ははたして完成されたのでしょうか。 本当に惜しんで余りある筆者の死でありました。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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