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analog純文

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2011.05.07
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  『暢気眼鏡・虫のいろいろ』尾崎一雄(岩波文庫)

 やー、久々に、実に爽やかな「小説論」を読みましたよ。こんなんですが。

 (略)
 「よかないよ。あたしは小説なんて嫌いだし、あなたの小説なんてなお面白くない。しとの悪口ばっかり書いてるんだもの」
 「そりゃ悪口もあるが、あれで褒めてるとこだってあるんだぜ」
 「ほめてないよ。今度書いたらほめてよ」
 「ほめるよ」
 「それに、あんまりいろんなこと書いちゃ困るよあたし。あなたのお友達に会うと恥かしくって。みんな知らん顔してるけど、お腹ん中で笑ってるんだよ。きっと」
 「小説は小説だよ。小説というのは元来支那から来た言葉で、早くいえば出鱈目な話とい意味だ。だから、誰だってそのまま本当と思やないよ。安心し給え」
 「そうかしら。それなら安心だけど」
 「それにね、俺は自分のことを書いたって君のことを書いたって、ただ単に自分のことだ君のことだという気持で書いているんじゃないよ。実際経験してる時は、自分のことだが、書くとなるともう自分を離れている。君のことを書いたって俺の女房の君として書いてやしないんだ。恥かしいも痛いもないよ」
 「ふーん。何だか判らないけど、たまにはとっても美人で善い子に書いてよ」
 「書いてもいいけど、そこがそれ小説だから、他人は本当にしないぜ」
 「そういう理窟かァ。つまんないの」


 どうです、実に爽やか、かつ本質的な小説理論が展開されているではありませんか。
 小説中に小説理論が展開される作品はたまに目にしますが、なかなか作品内にカッチリとはまっているという感じのものは少ないのですが、本作はそんな数少ない作品のように思いました。

 えーっと、もう少し順を追って考えてみますね。
 本短編集には十五編の短編小説が収録されているんですが、それらを読みまして、わたくし二つのことに気が付きました。

 (1)やはり表題作は面白い。
 (2)「芳兵衛シリーズ」はとても爽やかだ。

 そもそも短編小説集の総タイトル=表題というのは、一体どのようにつけるものなんでしょうね。
 新刊書の場合は、何らかの意味で、筆者が「力を入れた」と自分で感じている作品名を付けるんでしょうか、そんな感じがします。

 しかし文庫本の場合は、それも私が好んで読むような、すでに筆者が亡くなって久しく、ほぼ歴史上の人物となっている作家の短編集の場合は、また別の命名基準ですね。
 それは、よーするに、収録作中のもっとも評価の高い作品・名作・話題作であります。
 (だから、収録作品のうちの一つが突然映画化なんかされると、総タイトルが代わったりしますね。)

 で今回の短編集についてですが、上記命名基準のごとく十五作のうち、えらいもので、私は総題作二作が一番できがいいと感じました。

 (ところで、昔の短編小説集には、なかなかおしゃれなタイトルがありましたよね。例えば漱石の『鶉籠』なんてタイトルの短編集は、とってもおしゃれですね。収録された作品の中に『鶉籠』なんてタイトルの小説は入っていませんのに。)

 そして二点目ですが、「芳兵衛」というのは作品の主人公の女房「芳枝」のことであります。この「芳兵衛」の名で女房を呼んでいる作品が、四作入っています。
 冒頭に抜き出した個所もその一部なんですが、この「芳兵衛」シリーズが、何といいますかー、とても爽やかですばらしい。

 実は、爽やかな日本文学というのは、割と少ないものであります。
 もちろんまるでないわけではありません。例えば太宰治『黄金風景』とか、志賀直哉『好人物の夫婦』とか、夏目漱石『趣味の遺伝』とか、他にも幾つかありそうですが、でも総量としては、明らかに少ないと思います。
 (しかしそれもまー、当たり前といえば当たり前な話で、何らかの不如意意識が小説を生み出すことが多い以上、そうならざるを得ません。)

 筆者尾崎一雄は、志賀直哉の直系と言っていい私小説作家でありますが、例えば志賀直哉の『和解』などに見られる、主人公の「癇癪」の姿を、尾崎一雄も受け継ぎつつ、しかし、これも志賀一門である阿川弘之のようには「わがままっぽく」ならなかったのは、ひとえに「芳兵衛」のおかげでありましょう。

 尾崎一雄の小説を読んだのは、実はわたくしこれが初めてでありまして、そのような尾崎作品全てをカバーしたような評は書けるべくもないのですが、しかし、たぶんそれは当たらずといえども遠からずと思っています。

 いえそれは、私の「眼力」ではなくて、尾崎一雄作品に描かれている「芳兵衛」の、十二分に鍛え上げられた「筋金入り」の「爽やかさ」表現のゆえであります。


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Last updated  2011.05.07 06:48:20
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