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カテゴリ:昭和期・昭和十年代
『人生劇場・青春篇・上下』尾崎士郎(新潮文庫) えー、作品中に「吉良の仁吉」という人物が、出てくるような出てこないような、本人は開巻早々亡くなってしまい(いえ、作品中に流れるリアルな時間で言えば、開巻以前に既に亡くなっているんですかね)、という設定であります。 それと絡んで、というか、そもそも『人生劇場』といえば、私が幼かった頃の記憶として、村田英雄さんが同タイトルの演歌を歌っていらっしゃったはず、というのがあります。 よく覚えていないのですが、 ♪やぁるぅとぉ おもえぇぇばぁー どこまぁーでぇぇぇ やるさぁーー とかそんな歌詞だったですよね。そして、その中に 吉良の仁吉は男でござる というフレーズがあったように記憶します。 ところが、私にはそういった、何といいますか、一昔前の芸能・演芸に関する一般的常識のようなものが全くないんですね。 先日、すでに亡くなって久しい桂枝雀師匠の『胴乱の幸助』という落語のDVDを見ていたのですが、明治時代においては、一般大衆・子供に到るまで、この落語に出てくる浄瑠璃『お半長右衛門』の話が、広く人口に膾炙されていたことが分かります。 浄瑠璃が、国民全般の文化、一般常識的文化として広く根付いていたんですね、えらいものです。 そういった、国民的芸能常識といったものは現在でもあるんですよね、きっと。テレビドラマがそうなんですよね、きっと。 いえ、この方面においても、私はその「常識」をほぼ寡聞にして存じないのでありますが。 ともあれわたくしは、「吉良の仁吉」とはどんな男でござるかと思いまして、ちょっとネットで調べてみたんですね。 すると「吉良町」という地名がヒットし、そして吉良町の誇る三人の有名人として、出てきました。 うーん。 詳しくは、ネットでお調べいただきたいんですが、その吉良町の誇る三人の有名人がこういうラインナップでありました。 吉良上野介・吉良の仁吉・尾崎士郎 なんと、尾崎士郎が入っているではありませんか。 というわけで、いちおー、「吉良の仁吉」については、目途が立ちました。 で、さて、冒頭の小説『人生劇場』でありますが、うーん、なかなかいいタイトルですよね。上段からの真っ向唐竹割という感じのタイトルであります。 かつて太宰治が、一方的に絡んでいた志賀直哉の『暗夜行路』について、何と恥ずかしいタイトルだ、あの作品のどこに「暗夜」があり、「行路」があるのかと、二日酔いのようなめちゃくちゃな絡み方をしたことがありましたが、いえ、『人生劇場』はいいタイトルです。 こういった種類の小説のことを、確か「ビルドゥングスロマン=教養小説」というのですよね。 若者が成長していき、社会人として一人前になっていく過程を描く小説ですね。 確かドイツが本場で、本場の代表作としては、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの徒弟時代』というのがあったと思います。この作品、実は私が大学時代に読んでいて途中で「ケツ割り」した小説です。 私の読んだ有名どころの教養小説といえば『デヴィッド・コッパーフィールド』ってのがそうではなかったかしら。そういえばロマン・ロランの『ジャン・クリストフ』ってのも途中ケツ割りしました。 (途中でやめた小説って、思い出せば結構あるものですよねー。そしてそんな小説って、なかなか読み直す切っ掛けが掴めないものなんですね。) ともあれ、よーするに、教養小説って、長いんですよねー、全体に。 ということで、全く『人生劇場』内容に及ぶことなく、情けない形で(いつもながらですが)次回に続きます。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2011.05.14 08:32:13
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