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2012.01.04
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カテゴリ:昭和期・新感覚派

  『ヴァニラとマニラ』稲垣足穂(河出書房文庫)

 この文庫本の総題になっている評論に、タイトルの意味について触れた部分がありますが、それはフランスのサド侯爵が獄中からルネ婦人に宛てた手紙の一節だそうであります。こんな部分。

 ヴァニラガ興奮性ノ植物デアリ、又、マニラトイウ葉巻ガ、適度ニ用イルベキモノデアルコトハ、余モ承知シテイル。

 そもそもこの手紙自体が、サド研究者にとって有名な手紙で、「ヴァニラとマニラ」書簡と呼ばれているそうであります。

 さて、サド侯爵とかそれに関する話題を読むのは、わたくしまことに久し振りでありまして、かつては結構楽しみつつ読んでいました。
 水先案内人は、もちろん澁澤龍彦であります。

 冒頭の本書には5つの文章が収められているのですが、そのうちの4つまでは、実は澁澤龍彦と同種の(同種ってのとは少し違いそうではありますが)、何というのでしょうか、やはり評論なのでしょうかね。もうちょっとはっきり書くと、「A感覚」ならびに「少年愛」の文章であります。

 もちろん稲垣足穂と言えば、イコール「少年愛」みたいなものではありますが、私は実は浅学にして『少年愛の美学』を読んでいません。かつて角川文庫でしたか、『一千一秒物語』の総題のもと、主立った足穂作品が収められていた文庫を私も持っていたんですが、どこに行っちゃったんでしょうか、ごそごそと探してみましたが手元にありません。

 あの文庫中、私が最後まで読めたのは「一千一秒物語」だけだったと思います。
 あとの「少年愛」関係の評論は難解すぎて読み切れなかったです。もっとも、私がこの文庫本に何度か挑戦して跳ね返されていたのは、たぶん高校生の頃だったと思います。ちょっとくらいの背伸びでは、歯が立たなかったわけですね。

 そして今回、本書をネットから注文して読んでみたのは、これまた足穂氏とか澁澤氏とかのお仲間という感じの小説家三島由紀夫が、切っ掛けであります。
 それは、本ブログで何度か話題に取り上げていた『小説とは何か』の一節からなんですが、ちょっとこの話は後回しにしますね。先に、「A感覚」「少年愛」話題の方の感想を書いておきます。

 肛門感覚とは、ひと口に云えば小児の性感である。「らちのあかないもの」「どうしようもないもの」「只それだけのもの」の魅力である。つまりフロイドが「前快」と呼んでいるものに相応する。私が小さかった頃、町のしもた屋と商家に挟まった、細長い、狭苦しい子供相手のがらくた店に、メンコだの、写し絵だの、紅紙の帯がついた肉桂の束だのにまじって、赤、青、黄、紫のゼラチンペーパに似た薄荷が売られていた。薄荷の香りがしていたかどうかは憶えていないが、この半透明のぺらぺら膏薬を細片にちぎり、ツバでしめして下唇に貼り付ける。暫くするとそれがぴりぴりし引攣って粘膜にくっついてしまい、こんど剥がす折には痛くて、仲々取れない。無理に引きはがすとクチビルに血が滲んだりする。只これだけの感覚を愉しむためのものであった。(『ヴァニラとマニラ』)

 ある相手を揶揄嘲笑するには、性的事項を持ち出すのが手取り早い。現今では総体に行儀がよいが、以前は、街の子供同志の喧嘩には決まったように催情部位を以てする罵倒が持ち出されたもので、それにはエイナス関係が多かった。凡そお尻に関する事項ほどに人の虚を衝くものはない。この題目がえてして尾籠に取り紛らわせられたり、笑いのたねに利用されたりしがちなのは、万人の上に適用するからである。そもそも糞たれとは「肛門保持者」の同義語である。(『Prostata~Rectum 機械学』)

 まるで梶井基次郎の文章のようですね。二つ目の文章のユーモアなど、名作『愛撫』の一節のようではありませんか。また、江戸川乱歩の独特のノスタルジーにも通底しているような、少年愛ならぬ少年存在そのものの嗜好・思考であります。

 (ついでに少しだけ述べておきますね。上記のような少々ファンタジーめいた箇所を引用したのは、もっとそれ以外の濃い部分を抜き出しても、「楽天ブログ」では「チェック」が入っちゃうからですね。実はもっときわどく面白いところが、山のように書かれてあるのですがねー。)

 ともあれ、澁澤龍彦の同種の評論を読んでいた頃からも、ひしひしと感じていたことですが、これらの嗜好を説く世界の、いかに広く深いかということであります。

 「フロイトの功績は、何といってもAnaierotik の発見にあると私は思っている。」

 と本文にもありますが、古今東西ほぼすべての人類の持つ、あらゆる文化活動の核に、がっしりと食い込んでいるようなこの「嗜好世界」は、それを説くについても碩学が星の数ほどいて、そして足穂氏もそのお一人で、どうも私としては、とても面白くもありつつ、少々恐ろしくもあります。

 そこでこの世界はこれ以上追求するのはやめにして、冒頭本書の中の唯一の虚構作品、つまり、本来この文庫本を私が手に取った理由であったほうの『山ン本五郎左衛門只今退散仕る』に読み進んでみたいと思います。

 そして私は、こちらの方にも大層感心させられたのであります。
 えーっと、次回に続きます。


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Last updated  2012.01.04 08:31:07
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