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analog純文

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2012.01.11
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  『冬の宿』阿部知二(講談社文芸文庫)

 本文庫カバーの裏ページに宣伝用の文章が載っていますが、こんなふうに書いてあります。

 昭和初期の暗く苦しい時代に大学生活を送る「私」の下宿した霧島家の人々の息苦しい生活。絶望と苦悩の中での結婚生活、知識人の内面的葛藤と、精神的彷徨の冬の日々。

 なんか、書き写していてもくらくらしそうな「暗さ」ですよねー。
 この文章って、宣伝効果があるんでしょうか。こんな呪いのような文を読んで、「面白そうだ、読んでみよう。」って感じる人はいるんでしょうかねー。(まー、私は、この文章を読んだからということではないですが、この文章も読みつつこの本を購入したひとりではあるんですが。)

 タイトルがまた、なんか凄いですよね。『冬の宿』
 ……なんか、「一人勝ち」みたいな気がしますね。
 いえ、なぜ「一人勝ち」なのか、言い出した私にもよく分かりませんがー。

 「冬の…」とくれば、有名な芸術作品としては、例のシューベルトの三大歌曲集の一つ『冬の旅』がありますね。有名な『菩提樹』なんかが入っている、三つの歌曲集の中でももっとも人気の歌曲集ですが、まことに不明を恥じるんですが、私はこの連作歌曲の良さが今ひとつ分かりません。
 何といっても、暗すぎませんか。

 初めて「シューベルティアーデ」の友人達の中で発表された時も、その暗さに一同は圧倒されて、驚き呆れたというではありませんか。(そもそも「シューベルティアーデ」と呼ばれたシューベルトのファンクラブみたいな面々と、シューベルトは今ひとつ噛み合っていなかったんじゃないかということを、確か村上春樹が書いていましたが、全くその通りという気がしますね。)

 さてそんな「冬の…」シリーズですが、本書もその暗さにおいてはきっと『冬の旅』に勝るとも劣るまいと思いつつ、私は本書を読み始めたのですが、あに図らんや、さほど暗くないではありませんか。

 そもそも今まで私が読んだ小説のうちで、同じ昭和初年の風俗を描いて圧倒的に暗かったのは、何といっても田宮虎彦の作品であります。暗さ一等賞は『絵本』ですね。
 この田宮作品のあまりな「暗すぎさ」(あ、ヘンな言い回し)に、筆者の根本的な人間理解の歪みを指摘する文芸評論家もいるほどであります。

 そんな作品に比べますと、本書にはそこはかとないユーモアが流れているといって十分であります。そしてそのユーモアの源泉は、霧島家の当主「霧島嘉門」の存在にあることは間違いありません。

 描かれる彼の極端な性格破綻が、作品内にユーモアを生み出しているんですね。
 一方確かに、そんな「嘉門」がもたらす霧島家の没落自体は、事象だけを追うならば極めて息苦しく陰惨なものであります。
 しかし、前述の田宮虎彦の作品に比べ、どこか「明るさ」があると感じられるもう一つの理由は、本小説には死者(特に「自死者」)が出ないところであります。

 いえ、本作にも肺結核で亡くなる女性が出てくる事は出てくるんですが、その扱いについてはやや遠景的であり、作品の焦点である霧島家の人々に死人が出てこないのは、何といってもほっとする「風通しの良さ」を感じさせます。

 途中、病気になる霧島家の幼い娘は、一時死の近くまで行きますが、診ていた医者が「私」とこんな会話を交わすごとくに、死の淵から蘇ってきます。

 「それはどこもかしこも悪いのですが、あの子は不思議に強靱なところがあるんですよ。あんなに弱そうに見えていても、あの子の生命力にはわけのわからぬほど強い力がありそうです。」
 「つまり霧島の大将があの子にゆずり与えた唯一の贈りもの、というわけですね。弱そうにみえて、やっぱり親父の生命力を受けついでいるんですかね。」


 ここに描かれるのも、霧島家の一大悪因である「嘉門」の正の側面であります。
 嘉門と妻は、最後には住みかをも追われて、いよいよ貧民街へ向かうのですが、そこに二人の子供達はいません。子供達は親戚に預けられ、それが彼らにとって幸福な事かどうかは一概に言えないながら、とにかく、子供達はさらなる没落生活へとは向かいません。

 こんな細かい登場人物の扱いが、全体として本作品の何といっても救いとなっており、それを描く理知的な文体が、時に湿った叙情性を生み出しているのと相俟って、読後感にどこか落ち着いた感じをもたらせます。

 なるほど雑誌『文学界』に連載された時、本作がその同人より絶賛を受けたというのも宜なるかなと、最初、その「暗さ」を怖い物見たさのようにして読み出した私は、思いがけないしっとりとした読後感を抱いたのでありました。


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Last updated  2012.01.11 06:25:53
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