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2012.07.15
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カテゴリ:明治期・自然主義

  『魔風恋風・前後編』小杉天外(岩波文庫)

 本作の真ん中当たりにこんな場面が出てきます。
 貧乏な主人公・女学生「萩原初野」の友人「夏本芳江」と、その母親との会話場面です。夏本家は資産家であります。そして彼女の母親は、娘がそんな貧乏な友人と付き合うことを快からず思っています。

 「第一身分が違います、彼様な者と交際しては、夏本家の恥になります。貴女が交ると云つても母親が許しません、今後は、今迄の様に、然う屡々家へ入れる事は出来ません。」
 芳江は忽ち涙ぐんで、
 「何故です? 是迄親くした人を、急に其様な……、」とはらはらと涙をこぼし、「なんぼ母様の仰有る事でも、此の事許しは私は厭です、何と仰有つても厭です。」
 「其様な分らない事を云つて、」と夫人は娘の涙を見ては此の上強い事も云へず、「友達友達と、大層らしく云ふけれどね、最う此夏からは、貴女も良人の有る人ぢやないかね。」
 「だッて、何に成つたッて、友達は友達ぢやありませんか?」
 「いいえ、良人が有れば、最う友達と云ふ物は要らないものです。」と夫人は、今に母親の言の解る時が来るから、と云ふ様に片頬に笑を浮べたが、(略)


 ……うーん、こういう社会的なモラルというのは、実はつい最近、といってもまぁ、1945年くらいまででしょうが、その辺までは当たり前のように、ある意味「常識」や「世間」や場合によっては法律にまで守られて、日本に存在していた考え方なんでしょうねぇ。(いえ、今でもまだ存在していると言えるのかも知れませんが……。)

 と、何でこんな表現にしみじみするのかといえば、そもそも主人公の「初野」が貧乏になったのは、父親が死に、腹違いの兄によって学費を出されていたのが、兄の意に逆らったため生活費の送金を止められてしまったからであります。

 この時代(本作は明治36年読売新聞連載であります)、そんな風になった時、女性が学業を続けながら自立していく方法は、見事に、完璧に何もないということが、わたくし、この度本書を読んで解りました。

 初野には、生活を徹底的に切りつめて、そして着物などを順番に質屋に持っていくことでしか、暮らしていく手だてはありませんでした。
 それ以外にあるとすれば、それはパトロンを見つけることで、これは今でいえば「援助交際」ですかねー。あるいは森鴎外の『雁』の無縁坂のお玉になってしまうことであります。そして女性としての世間的評価は、圧倒的に下がってしまいます。

 そもそも一家のすべての財産の継承権が、長男にのみあるという旧民法には、かなり苛烈なものがあったと思うのですが、例えばよく似た事例として(ひょっとしたら似ていないかも知れませんが)「姦通法」というのも(これについては、漱石の『それから』に取り上げられていますね。それ以外にも、文学者としては北原白秋が同罪で訴えられ、有島武郎の心中の一因でもあったと聞きます)、やはり1945年あたりまであったのですものねぇ。

 女性の経済的自立を徹底的に認めない(そして「友達」の不要を説く)という社会モラルに、根深い女性差別の歴史を今更ながら思い、私はあれこれしみじみとしてしまいました。

 さて、この新聞小説のテーマは「三角関係」であります。三角関係テーマの小説というのは、古来たくさんあるんでしょうねぇ。
 四迷の『浮雲』や、紅葉の『金色夜叉』なんかが明治初期のものとしては有名です。江戸時代の「世話物」や「浮世草子」などにまで遡ると、きっと山のようにあるんでしょうね。そう言えば『忠臣蔵』のストーリーにも、確かそんな展開がありましたよね。

 しかし、「勧善懲悪」ではない三角関係を小説に定着させたのは、漱石の『こころ』あたりが、時代に先んじているのではないでしょうか。(同じ漱石でも、『坊っちゃん』はもちろん、『それから』でも「勧善懲悪」に近いか、その「変奏」という感じです。)
 そしてそれに続く有名どころの作品でいえば、武者小路実篤の『友情』でしょうか。

 三角関係を勧善懲悪でなく描くには、結局の所、どこに断罪の基準を持ってくるかに掛かるように思います。
 具体的にいえば、『こころ』の場合は「倫理性」でありましょうか。
 生き方の中心を、倫理的であるか否かに絞って三角関係を描いたとき、『こころ』はあの形で成立したのだと思います。
 『友情』でいえば、断罪の基準は、「恋愛感情の純粋さ」くらいの言い方でどうでしょうか。この基準で『友情』のテーマは明快に読めると思います。

 そして今回の本書ですが、問題は、通俗的モラルからどんな「断罪の基準」をもって飛び立っていくかということでありましょう。しかし本作品は、通俗的モラル以外の「断罪の基準」を、結局作ることができませんでした。
 
 それは、『こころ』は大正3年、『友情』は大正8年だが、本書は明治36年の作品であるということを考えに入れても、しかしはっきり言って作品は、終盤目を覆うような展開になってしまいました。

 と捉えつつも、やはり本書の価値は、明治36年という早い時期に、少なくとも作品の中盤までは、「恋愛感情の純粋性」とでもいうべきものを追求したことにあると思います。
 残念なことにそのテーマは、後年漱石が一定の成功を示した「新聞小説」という連載形態に十分対応することができず(鴎外の、読者への「逆ギレ」とまでは行かないまでも)、様々な外野からの声に絡め取られてしまったようになったのは、少々残念なところではありますが。


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Last updated  2012.07.15 20:09:51
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