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2014.03.08
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  『性的人間』大江健三郎(新潮文庫)

 この本は、わたくし再読なんですが、初めて読んだのは確か高校三年生の時じゃなかったかと思います。
 それは当時の私が文学的にませていたのではなくて、何も分からずタイトルからエッチな興味で手に取ったんですね、きっと。

 で、何にも分からず(ましてエッチに興奮することもなく)、見事にうっちゃられてしまった、と。
 だって今回読んでみましても、まずとっても読みづらい文体ではありませんか。
 例えばこんな表現。

 地下鉄の電車は冬の夜明けの遅れた新聞配達夫みたいに震えながら大急ぎで駈けていた。

 えっと、この個所を抜き出したのは、他の作家のよく似た表現を思い出したからであります。この表現です。

 真昼である。特別急行列車は満員のまま全速力で駈けてゐた。沿線の小駅は石のやうに黙殺された。

 似てますよね。でも全然違ってもいますよね。
 全く隔世の感がある後者の文章は、日本文学史の教科書などでわりと有名な横光利一の『頭ならびに腹』、昭和初年の新感覚派の文章であります。
 よく川端康成の『雪国』の冒頭、「夜の底が白くなつた。」と並んで引用されていますね。
 (典型的な新感覚派の表現と言うことでしたら、この部分よりもタイトルの『頭ならびに腹』の方がびっくりすると思いませんか。少なくとも私は、このタイトルにかなり驚き、こんなんありか?と感じたものでした。)

 さて上記引用の前者の文章ですが、いかにも大江健三郎的といえば、まぁその通りですね。現代に生きる青年の実存的な惨めさの象徴みたいな文章であります。
 本文庫には『性的人間』『セヴンティーン』『共同生活』という三作の小説が収録されておりまして、全作にこの実存的惨めさは描かれています。例の、サルトルに影響を受けたという、初期の大江健三郎の大きなテーマですね。

 というような表面的知識を、高校三年生の私は、同じく生半可な知識しか持っていない「文学青年」の友人に、知ったかぶりして喋っていたのですが、もちろんサルトルなんて全然分かっていませんでした。(自慢ではありませんが、今でも全然分かっちゃいません、エヘン。)

 総タイトルになっている『性的人間』は1963年の発表であります。
 既に半世紀も前となり、この作品に描かれたもの(例えば、思想とか嗜好とかイメージとかいったものですかね)は、社会に理解され定着し、一定の安定した評価を得たんでしょうか。なかなか判断の難しいところであります。

 例えば電車の中の痴漢行為を描いた『性的人間』の第2章なんかは、「厳粛な綱渡り」という詩を書くために痴漢行為を行うという少年の動機付けそのものはいかにも時代的なものを感じますが(そしてこの動機付けが作品の中ではとても重要なんでしょうが)、そこを外すと何となく物語としてはそれなりに納得できそうな展開であります。

 『セヴンティーン』なんかも同様で、というよりむしろ、『セヴンティーン』第二部の『政治少年死す』が日の目を見ない現在では、この作品はリアリズムでそのまま読まれてしまいそうな風潮が、特に現在はあって、うーん、どういったもんかね、という気がしますね。

(『政治少年死す』は、わたくし高校三年生の時、図書館に行って掲載雑誌を借りて読みました。こういう「発禁」めいた小説を読むって、かなりゾクゾクする楽しみがありますよね。あ、そうだ、わたくし、深沢七郎の『風流夢譚』もそんな風にして読みました。でも今では、そんな作品ばかり集めた本があるとも聞きますが。)

 ともあれ、40年ぶりくらいに本書を再読しましたが、分かったことは、大江健三郎の文章は相変わらず読みにくく、でもその読みにくさの中に独特のイメージの奔流があって、読書の喜びの一つである新しい発見意欲を充たしてくれること、そしてもう一つは、描かれた物語は、改めて読んでみればかなりオーソドックスな、お話しのツボを押さえた「本道」のものであるということでした。

 なるほど、文体が新鮮で優れていて物語が魅力的でということは、新しさと伝統を兼ね備えているということで、……うーん、作品発表から半世紀を過ぎた今、いよいよもって本作が古典的素晴らしさを身に纏おうとしているということではありませんか。


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Last updated  2014.03.08 09:59:53
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analog純文@ Re[1]:父親という苦悩(06/04)  七詩さん、コメントありがとうございま…
七詩@ Re:父親という苦悩(06/04) 親子二代の小説家父子というのは思いつき…
analog純文@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03)  おや、今猿人さん、ご無沙汰しています…
今猿人@ Re:方丈記にあまり触れない方丈記(03/03) この件は、私よく覚えておりますよ。何故…

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