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カテゴリ:明治~・詩歌俳人
『夢は呼び交す』蒲原有明(岩波文庫) まず筆者、蒲原有明ですが、……えーっとどこかで聞いた名前だがなぁと思いつつネットで調べてみると、詩人であることが分かりました。 なるほど、文学史の本にそんなことが書いてあったなぁと何となく思い出し、さらにああと思い出していったのですが、「薄田泣菫と並び称される象徴派詩人」と書いてありました。 (どうでもいいようなことですが、今「薄田泣菫」と打って、少し恥ずかしくなったのですが、「泣菫」というのは「なくすみれ」とキーボードを打って出したんですね。「泣く菫」って、ちょっと凄すぎると思いません?) ついでにもう少し、ネットでだらだら見ていたら、こんなことが書いてありました。 蒲原有明(1876-1952)について中村真一郎は1953年刊行の『文学の魅力』の中で次のように書いている。 「日本の近代詩の歴史の中で、最も独創的な詩人が萩原朔太郎であり、最も豊富な詩人が北原白秋であるとすれば、蒲原有明は最も完成した詩人であろう。」 えーっ。そんな高評価の詩人だったのですか、この方は。 誠にお見それいたしまして、申し訳ございません、「最も完成した詩人」とは。 ……しかし、上記の中村真一郎の文ですが、朔太郎が「最も独創的な詩人」というのはまぁいいとして、白秋の「最も豊富な詩人」という評価の、「豊富な詩人」って、どゆこと? 「詩人」に「豊富」を付ける形容って、なんかよく分からないことありません? ま、いいですが……。 ということで蒲原有明ですが、さらにもう少し調べてみました。こんな詩を書く人なんですね。 昼の思の織り出でし紋のひときれ、 歓楽の緯に、苦悶の経の糸、 縒れて乱るる条の色、あるは叫びぬ、 あるはまた酔ひ痴れてこそ眩めけ。 ……なるほど、……象徴派、ねぇ、……うーん、以前から私の畏友の詩人のI氏より私の拙ブロクに「詩集を取り上げなさいよ」という注文をいただいているのですが、これではとても詩集を取り上げなどできませんわね、だってちっとも分かりません。 というわけで、今回の報告作は詩人の作品ですが、文章は散文であります。 散文と書きましたが、これは何なのでしょうか。岩波文庫のオビには「自伝的小説」とありますが、そして主人公の名前は「鶴見隼男」ということになっていますが、後は随筆風ですね。もっとも随筆風小説というのは、近代日本文学の「お家芸」みたいなものでありますが。 こんな風に書いてあるんですね。 『阿部一族』のうちで、山崎にある阿部の屋敷に討ち入ろうとして、討手のものが払暁に表門の前に来る。その条下に板塀の上に夾竹桃が二、三尺伸びているように書いてある。徳川時代の初期、寛永年代のことである。夾竹桃がその時分既に渡来していたものか、そこに疑が生ずる。 なんか話題の展開の仕方が、小説っぽくありませんよね。でも、とても面白そうな「問題意識」であります。 小説家や文人という方々は、こんな風に考えながら、例えば森鴎外の『阿部一族』を読むんですかね。 我々凡人は「そんなん、鴎外もテキトーに書いてるんじゃないのか。テキトーでいいやん。」と思いがちですが(えっ? そんなことない? そんないいかげんなのはお前だけだって?)、そのことにつきまして筆者はこのように書いています。 鴎外が『阿部一族』で夾竹桃を使ったのには、何か拠りどころがあったのであろう。『「プルムウラ」の由来』を見ると、脚本を書くとき、その現地の時候や花卉のことまで当って見ねばならぬといってある。鴎外の文の精確であることは、いつもそれだけの用意を欠かさなかったところにある。 なるほど、全然いい加減には書いていないんですねー。えらいものです。 と言うような記述が、分量で言えば全体の半分ぐらいあります。今挙げたような結構面白い話題から、何を書いているのか(私には)さっぱり分からない話題まで、「豊富」にそろってあります。 そして後半になって、やっと自伝のような展開が始まり、焦点が絞られ少しわかりやすくなりますが、でもやはりあちらこちらに筆者の思考は飛び回って、読みにくさは残ります。 そんな本です。繰り返しますが象徴派の詩人の方の書いた本です。悪くはありませんが。 よろしければ、こちら別館でお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解+目指せ文化的週末 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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