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2016.04.20
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カテゴリ:明治~・詩歌俳人

  『風流懺法』高浜虚子(岩波文庫)

 先日ぶらぶらと神戸に行き時々立ち寄る古本屋さんに行ってみたら、本書を見つけました。買って帰って、またぶらぶらという感じで(このぶらぶらというのは、薄い本だしー、ほかの本も並行して何冊か読みながらだしー、というニュアンスを表す言葉の用い方とご理解ください)、読み終えてさて読書報告などしようとタイトルを打とうとして、えらい難儀しました。

 ははん、とご想像がつくと思いますが、その通り3つ目の漢字が出ないんですね。
 漢字の読み方については文庫本カバーの返しの部分の宣伝文や奥付に振り仮名があったので読めたのですが(「せんぽう」と読みます)、それが出てきません。

 国語辞典と漢字辞典とふたつ調べてみたのですが、私の持っている辞書がそんなに大きな辞書ではないせいか、どちらにも載っていません。ネット検索をしますと「殲法」なんて言葉はあるのですが、漢字がちょっと違う。

 困ったなーと思いながら、仕方がないからこの漢字のところだけ平仮名で書くか、かつて「内田百けん」なんかもそうしたしなー、でも、めちゃめちゃみっともないしなー、おばかさんみたいに見えるしなーなどと思いながら「殲法」の説明文をぼんやり見ていたら「ざんげ」なんて言葉が眼に入りました。

 えっ? と思ってその漢字を見ていると、これやこれやこの漢字、「懺悔」。
 これって、「せん」じゃなくて「ざん」と読むんだー、と気づき、再び漢字辞典を調べましたら、しっかりありました。

 まず「懺」=「ざん・せん」と、読みが書かれてあります。そして「懺法」についても、「懺悔を行う法」と、なんかそのままという感じですが説明が載っていました。
 こうしてやっと、なるほどそういう意味のタイトルであるわけね、というところまで辿りついたのですが、つくずく「無知の悲しみ」でありますなぁ。

 で、さて高浜虚子です。日本の俳句界の巨匠ですね。
 俳句というのは、もちろん文学でもありましょうが、様々な偏見にあふれたわたくしなどが見まするに、ちょっと「習い事」的な感じがします。

 「習い事」のどこが悪いのかと言われれば、いえ、どこも悪くないとはお答えいたします。
 ただ、いつだったか漱石について書いてあった本の中に、漱石が虚子の小説集の序文を書くことがあって、そこにはこれは「写生派」の典型的な作品集であり、そこに意味があるのだと書きながら、弟子たちには、あんな小説ばかりではつまらない、生きるか死ぬかの文学がやりたい、と述べたというのを読みました。

 ……うーん、実に身も蓋もない、といえばその通りでありますなー。
 今回、本書を読みまして、わたくし、なるほどこれが写生文的小説かと感じ入ったと同時に、どこか久保田万太郎のような江戸情緒を主眼とする小説を連想しました。例えばこんなところ。

 稽古日は二七と極つてゐた。今日は其七日の日に當る六月の十七日なので、雨の降る中をぽつぽつ稽古に来た。
 此頃の雨續きに、一間程も深さのある前の溝には大分水が出てゐた。板橋の上に立つて傘をつぼめて狭い格子戸をくぐる時には誰も少しづつ濡れた。師匠のお紫津の流石に意気な長い頸にもはらはらと落ちた。
 お紫津は傘をつぼめた儘で、素足に穿いた軽い小さい足駄で飛石の上に音を立てた。
 「師匠らしい足音だと思つた。」
 障子を開けて剽軽な声で斯う言つたのは主人の平岡緑雨であつた。(『杏の落ちる音』)

 ここは短編小説の書き出し部ですが、なかなか丁寧にきりっとした感じの描写、特に女師匠が傘をつぼめて狭い路地を歩き雨に濡れる場面なんかは、写生の細やかさが際立っているように思います。
 漱石の弟子だった鈴木三重吉の小説なども彷彿とさせる書きぶりのように思います。

 虚子は、生涯の中で一時期小説家を目指しますが、その後また俳句界に復帰し、そして上記にも触れましたがほぼ日本俳句会を牛耳るに至ります。
 しかしその後も、晩年まで脈々と写生文的小説を書き続けたそうであります。

 書き遅れましたが、本作品集には四作の短編小説が収録されていて、成立年度を合わせて挙げると以下のようになります。

  「風流懺法」(明治40年)   「大内旅宿」(明治40年)
  「三畳と四畳半」(明治42年) 「杏の落ちる音」(大正2年)


 寡聞にしてわたくしは、本書以外に高浜虚子の小説はまだ読んだことがないのですが、確かにこの系列の小説だけだと小説界はつまらなくはなりましょうが、時に静謐で美しい随筆があるように、こういった作風の小説は、いつの世も決して多くはないが一定の需要があり続けるように思います。


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Last updated  2016.04.20 16:22:47
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