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近代日本文学史メジャーのマイナー

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analog純文

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2019.03.03
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  『取り替え子』大江健三郎(講談社文庫)

 本文にこんな部分があります。

​ ――きみはいま、自分の小説が誰に読まれると思ってるんだろう? 新進作家となってからある年齢まで、きわめて大きい読者というのではないが、まあ純文学としては例外的な部数の作家がきみだった。いまも、こうして生活できるだけの本の売れ行きは維持している。そうきみはいいたいだろう? むしろそれがあるために、きみには、自分がいまどういう読者によまれているか、先行きはどうか、という配慮と、どのようにして新しい読者を獲得するか、という企業努力が欠落しているよ。​

 この部分は、小説家である主人公の、自殺した義理の兄が主人公に語っている部分です。
(モデル的に言いますと、作家大江健三郎と友人であり妻の兄でもある映画監督伊丹十三の両者ですね。)
 私小説のような形を取りながら、事実と虚構が渾然一体となっている大江健三郎の一連の作品によく見られる「自虐的」な部分ですが、こんなことが書いてある本書は、やはりいったい誰に読ませようと思って書いているのかなとつい考えてしまいそうな、とっても難解な小説であります。

 小説が難解であるというのは、もちろん読者の読解力と深くかかわる問題であります。まして、作者は現代日本小説界の第一人者大江健三郎であります。
 「勝負」は端から決まっているようなものですが、以下は、わたくし低読解力者の本小説に対する「苦闘のドキュメント」ということで、……えー、よろしく。

 さて、なぜ難解なのかと考えますに、まず大江健三郎の小説と言えば、文体が翻訳調で分かりにくいというのが浮かびます。しかし本書はその辺は、そうでもありません。例えばこんな感じ。

​ 近い将来、新しく調達した田亀を持って向こう側に行き、こちら側からの通信をひたすら待っている自分。もしそれへの応答が永遠にないとすれば、と全身がバラバラになるような寂しさを感じた……​

 一文が短くなり、シンプルに、ある意味そっけなく書かれていますね。一文一文の書いてあることがわからないというのではなさそうです。
 そうすると、難解さの原因は物語展開でしょうか。そうだとも思いますが、ストーリーが難しいというのとは、少し違うような気がします。

 難しいのではなくて、何が今書かれようとしているのかがよくわからないという感覚であります。感覚的にいうと、ストーリーに実体がないという感じです。

 そもそも小説の展開というのはごくかいつまんでいうと、「出会い」と「謎」の二つではないかと、わたくし愚考致します。(もちろん例外も多い、というかひょっとしたら例外のほうが多いかもしれませんが。)それでいえば、この小説は「謎」系ですね。

 義理の兄の自殺原因を探っていくというのが縦糸でしょうか。(そこに浮かんでくる「アレ」の正体を探るというストーリーです。)
 ところがその展開が、謎に迫っていってるという感じが一向にしないんですね。実際具体的に「アレ」が何なのかが最終的に書かれていないという事もありますが、探っていく途中においても謎解きが進んでいるという感じがしません。
 妙だといえば妙なのですが、読んでいてストーリーが深まっているなというリアリティがあまり感じられません。(登場人物が書き込まれていってないという気もしますし。)

 では、作品内部が横に広がっていくタイプのものなのかといいますと、確かに冒頭に挙げたような私小説的主人公の伝記的事実や小説論が描かれたり、これも大江作品にはお馴染みの、深い教養を感じさせるアカデミックな挿話も部分的には興味深くあります。(例えば、おそらく誰が読んでも最も面白い挿話に、主人公がすっぽんを悪戦苦闘しながら解体しその結果激しい徒労感を味わうという自虐的でコミカルかつグロテスクなエピソードがあります。)
 しかしにもかかわらず、何といいますか、全体としては感覚的には「散漫」なイメージです。

 ただ、「終章」に入ると作品の視点が移動したこともあってか、俄然わかりやすく(つまり書かれていることの意味・ねらいがわかるように)なります。しかしそのためだけに、ここに至るまで(300ページほどにもなる部分)が書かれていると考えるのもあまりに「もったいない」気がします。

 ……と、いうふうに、どーも私は本作をうまく読み取れなかったのですが、ここに至って、少しだけあれと思う事に気づきました。

 それは、私が本作の「大枠」をモデル小説的に、筆者大江健三郎が義兄伊丹十三の死の原因を虚実交えて描いた小説ではないかと思っていたという事です。
 そんな風に読むと読書の視点が「謎解き」中心になってしまい、だから私はストーリーが深まっていかないと感じたのではなかったでしょうか。

 特に本作品のようにスキャンダラスな事件を下敷きにすると、事件の「原因」の追及に興味が持たれます。しかし本来小説の読解とは、書かれてあることの意味だけを求めた理解は偏頗なものであります。

 そんな風に考えたわたくしは、なるほど、この小説は少し誤解されやすい小説ではあるなと、自らの読解力不足を棚に上げて少々思ったのでありました。
 ……しかし、大江健三郎の作品はやはり難しいですなー。



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Last updated  2019.03.03 17:50:57
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