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2020.02.17
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カテゴリ:昭和期・後半女性
  『母の遺産――新聞小説・上下』水村美苗(中公文庫)

 上下2冊の力作長編小説です。
 といっても、この筆者の過去の作品『本格小説』などに比べたら、ほぼ半分の分量です。
 この方は、天性の長編小説作家ですね、きっと。

 この度私は文庫本上下2冊で読みましたが、実は1冊の単行本も持っていました。
 少し以前から、我が本棚にありながら買っただけの本とか、一度は読んでなかなか面白かったという感想を持ちすぐには捨て難い本について、少しずつ増えてきますとそれなりにかさ張りますし、どうしたものかなー、と思っていました。

 で、ある時例の極めて安価な古本屋チェーン店で気づいたのですが、「そうだ、この110円の中古文庫本に買い替えて、家の単行本は売るか捨てるか誰かに上げるかしてしまおう」と。
 そして、ぽつぽつとそのようにしていきました。
 例えば、大江健三郎や安部公房の新潮社純文学書下ろしのシリーズとか、丸谷才一の風俗小説とか、そして、本書もそんな1冊(文庫本では2冊)でありました。

 文庫本2冊になると、きれいに真ん中で分かれて一冊ずつ、つまり第一部と第二部に分かれています。これはたまたまではなくてそのように筆者が揃えたのだと思いますが、ちなみにページ数を書きますと、上巻は314ページで、下巻は321ページです。本当にきれいに揃っていますね。
 そして、内容的にも、きれいに上下巻で切れています。

 このきれいな上下巻の切れ目は何なのでしょうね。
 何となくぐずぐずとそのことについて考えていた私がはっと気付いたのは、志賀直哉の『暗夜行路』でした。
 私も昔に読んだきりなので詳しいことは忘れてしまったのですが、ひょっとしたらテーマも含めて両者は酷似してはいないか、いや、水村美苗は『暗夜行路』のパロディを意識して本書を書いたのではないか、と。

 本書の第一部のテーマが母との確執で、『暗夜行路』前半は父(尊属親族)との確執。本書の第二部のテーマは夫の裏切りで、そして『暗夜行路』後半は女房の過ち。
 なるほど、これはたまたまのはずはないですよね。つまり筆者は、フォームを借りた志賀作品をちらりと頭のどこかに置きながら読んで欲しいと言っているのだな、と。

 しかしそんなことに私が気付いたのは読み終えてからで、少しは全体の構造に気を配りながら読みだしたのは、下巻に入ってしばらくしてからでありました。
 それまでは、なかなか筋運びが面白く、次々と描かれる主人公「美津紀」の母親並びに祖母の人生の波乱万丈のエピソードに、とても興味深く魅了されていました。
 加えて、第一部のテーマが、年老いてしかし死なない母親に対して「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの」という、親の介護に潜む心の底の感情の迸りであることも、ぐいぐいと迫ってきた理由のひとつでありましょう。

 ところが、第二部に入って、そんな母も亡くなり、美津紀が一人冬の箱根のホテルに泊まって、夫の不倫から起こる夫婦の関係や離婚へと至る道のりの描写が前面に出てくると、第一部の迫力は急激に失われてしまいます。

 その中心の理由は明らかで、第一部の「母親」と第二部の「夫」では、作品内での存在感に甚だしい差異があるからです。第一部の「母」にあった「凄み」が、主人公の夫「哲夫」にはまるで感じられません。とても「母」の代わりにはなれず、要するにサブキャラクターとしての魅力がありません。

 そしてそれに合わせるかのように、美津紀の心の流れも何だか凡庸なものになっていきます。
 例えば、美津紀は夫の哲夫に愛されなかったという過去をこの時期に初めて正面から見据えることになるのですが、同時に浮かび上がってくる自らも哲夫を愛してこなかったという認識については、その原因についてなど深く切り込んできません。

 また、離婚を前提とした時の、今後の経済生活に美津紀があれこれと心を巡らせる場面は(そんなお金の計算を夫の愛人にさせるという展開は、なかなか秀逸ではありますが)、その際の自らのブルジョワ性については、やはり深く踏み込んでいきません。
 第一部で祖母や母の生涯を描いていた時に、どこか破れかぶれな凄みのあるブルジョワジーへの「侮蔑」が描かれていたのと比べると、いかにもお茶を濁し手綱を緩めた書きぶりになっています。

 そんな風に見ていくと、第二部でほとんど唯一興味深い描写となっているのは、美津紀が哲夫に最後のメールを送る時、哲夫からの後戻りを拒絶するために、哲夫の愛人へもCCで同じメールを送るという場面でありましょう。この箇所は、いかにも第一部の母にしてこの娘ありというような迫力がありました。

 さて、本書はサブタイトルとして「新聞小説」とあります。
 この筆者が過去に『本格小説』『私小説』という題の作品を書いてきたその流れもありましょうが、作者の作品への意気込みのひとつに、通俗性への挑戦というものがあったのは確かでしょう。
 そんな意味では、夫の不倫から離婚決意へと至る一連の第二部こそが、筆者の腕の見せ所であったように思います。
 そしてそれは、レベルの高い文学作品を作り上げたのでしょうか、通俗性を盾にとって優れた文学性を表現するという。
 (ふと思い出したのですが、横光利一の説いた「純粋小説」という概念も、このようなものではなかったでしょうか。)

 その試みの意欲は、改めて素晴らしいものだと思います。
 しかし、それはなかなか難しいものであるような気もします。


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Last updated  2020.02.17 09:38:30
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