遊女世界の描き方
『ゆうじょこう』村田喜代子（新潮社） このタイトルは漢字で書くと『遊女考』となるんでしょうね。 なぜ平仮名になったのかは、一応読んでみればそのニュアンスはわかります。 でも、……んんー、「なになに考」って感じの内容じゃないような気がするのは、わたくしの勝手な思い込みなんでしょうか。 ちなみにちょっと「ググッ」てみますと、賀茂真淵の『万葉考』『国意考』とか『赤蝦夷風説考』（この本って、何でしたっけ）なんて書名が出てきました。 わたくしは普段小説のタイトルにはあまり文句を言わない人間なんですが、（あ、思い出しました。かつて『小説・何の誰兵衛』みたいなタイトルは、さっぱり意味が分からないと文句を言ったことがあるような気がします。）とにかく、今回はちょっと、何か違うような気がしました。でも一応謝っておきます。すみません。 話題を変えまして、実はわたくしこの度、村田喜代子さんの作品を初めて読んだことに気が付きました。確か『鍋の中』という小説で芥川賞を受賞なさっていましたよね。そしてそれを原作に、黒澤明監督が映画を撮った、と。 うーん、読んだはずだが、いえ、もちろんストーリーはまるで思い浮かびませんが、でも、読んだ本の内容をほぼ失念しているなんてことは、自慢ではないですが私には度々あるケースで、……と、本書を読みながら何となく考えていたのですが、しかし、やはり『鍋の中』は読んでいないと結論付けるに至りました。読んだと思っていたのは錯覚である、と。 で、何を感じたかと言いますと、中盤あたりまで読んで（特に出だしから２,３章あたりがよかったのですが）、これはなかなかの文章だぞということでした。 無手勝流で天衣無縫、まるで川端康成張りではないですかと（ただし徐々に、川端を挙げるには少し密度に欠けるかなと思いだしはしたのですが）、少しゾクゾク感じていました。 まず、主人公を取り巻く「空間」がとてもいいではありませんか。 「身体＝性」の話が中心にあって、平仮名と方言で書かれるまるで詩のような主人公の「心」の記録があって、主人公のふるさと硫黄島の「自然」の記憶が描かれ、そして、「人工」の極地である色里の風俗事物が描写されるという設定。見事であります。 取り巻くといえば、主人公を取り巻く人物についても、まさに顔見世公演のようなラインナップ、顔ぶれであります。 共に学ぶ同性の先輩、同輩、また後輩がいます。彼女たちを見守る厳しくも優しい「師匠」がいます。そしてすぐそばに、究極の優れた職業人「房事の達人」の「花魁」がいます。 特に、「師匠」と「花魁」の存在が、同時に生きることの難しさと辛さを語って見事な奥行きを作っています。 というように私は、本書を、特に中盤あたりまでをほぼ完ぺきな「ビルドゥングス・ロマン」＝「教養小説」として読みました。本当にとても興味深く読みました。 しかし、真ん中過ぎたあたりからふと、これは「ビルドゥングス」では、やはりいかんだろうと感じ始めました。 何と言っても、この小説は「遊女」のお話です。遊女になる過程を、職業人のそれと同様に見なすのは、やはり間違っていると言わざるを得ません。学んだ先に、主人公たちの未来が、自由と広がりをもって現れるとは言えないからです。それは「ビルドゥング」に値しません。 そうして私の読書は、このお話を筆者はどのように収束していくのかと、中盤から少しはらはらとしたものになっていきました。 そして中盤以降の展開。 ……うーん、こう持っていくかー、と思いました。 かといって、他にどう持っていきようがあっただろうか、とも思いました。 （一応何パターンか考えてみました。主人公が精神的に追い詰められてしまう。或いは何か象徴的なものを持ってきて非リアリズムにしてしまう、など。） しかし本書は、要するに、名作『蟹工船』的展開になったわけですね。 例えば、中盤まで、登場人物にほぼ「悪人」が出てきません。なぜか。 「遊女」という全体のシステムが最大の非人間的な「悪」であるからですね。 最後をこうまとめるもなら、前半にもっとこの主人公を取り巻く巨大な「悪」のシステムを描く必要があったのではないでしょうか。 例えば主人公はなぜ売られねばならなかったのかとか、終盤俄然「カッコよく」現れる花魁「東雲」の人間性はどのようであったのか、究極の「性」の売人の中に人格的なゆがみや苦しみはなかったのか、などなど。 そこに納得できる書き込みの不足を感じるから、終盤の展開が、偶発的すぎると思いますし、書き割りのように、また段取りのように感じてしまいました。 どうでしょうか。 真ん中あたりまでの主人公の少女「イチ」の自然の子としての魅力が、まるで人が未熟であることの尊さや明るさを十二分に表しているように描かれていただけに、少し残念な気がしました。 いえ、ひょっとしたら、筆者は中盤に及ぶ前、本来はもっと早くに自然児「イチ」の姿を書き終えて、直ちに売春という「悪」のシステムに深く切り込もうとしていたのかもしれません。 ところが、自然児を書いているのがあまりに楽しかったために、つい家に戻る時間が遅くなってしまったのかも知れません。 それくらい、半ばあたりまでの主人公の姿は、実に魅力的でありました。 （だから、読後感はちっとも悪くなかったです。） よろしければ、こちらでお休み下さい。↓ 俳句徒然自句自解＋目指せ文化的週末 にほんブログ村 本ブログ 読書日記
出産・子育て
ファッション
美容・コスメ
健康・ダイエット
生活・インテリア
料理・食べ物
ドリンク・お酒
ペット
趣味・ゲーム
映画・ＴＶ
音楽
読書・コミック
旅行・海外情報
園芸
スポーツ
アウトドア・釣り
車・バイク
パソコン・家電
そのほか
すべてのジャンル