あと二つですべてのクルスが揃う。
さすがにふえてきた、テスの胸元の首飾りを眺めながら、
タイミルは愚痴をこぼしていた。
「お前、選ばれてたらどーしたの?」
王子はひかえめな娘がご所望だったので、
コンテストの準備段階から、審査の対象になっていたのだ。
ドレスやメイクには、まったくの興味がないテスは、
立派に候補にあがっていた。
「だから、選ばれるわけないって言ってるじゃない。」
実際にはそうだったのだが、
それはタイミルが友人である王子にこっそり頼んだからで、
本当なら、妻には選ばれなかったとしても、
多数いる王子の恋人にはなっていたのかもしれない。
「お前わかってんの?
王子が気の向いた時にだけ会いに来る、
その他大勢になってたかもしれないってのに。」
「いいじゃない別に。」
テスは、
しつこいタイミルにうんざりしながら、適当に答えていた。
「家族みたいで楽しそうだし。
そしたらこの首飾り全部、あんたにあげたわよ。」
「なに言ってんの?」
もしや、とタイミルは思う。
テスの願いとはそういうことなのか。
「それならそれでよかったのよ、
お城の奥に大きな建物があって、
たくさんの人と暮らせるんだって・・・。」
そのシステムをマーニャに聞いたのだろうか。
テスは別に何もわかっていないわけではないようだ。
「まったく、やっぱり自分の力でなんとかしないと、
神様なんて信用できないわね。」
もうすぐ手に入りそうだった理想の状態を惜しんで、
彼女はため息をついた。
何者にもゆるがない大地の上、
タイミルが持っているボロボロの麻袋に負けないくらい、
ボロボロの格好をして二人は歩き続ける。
しばらく行くと立て看板に
”幸福の谷”と書いてある場所にたどりついた。
「なにが幸福なのよ!」
見上げれば崖のてっぺんに子供が、
今にも落ちそうにぶら下がっている。
あわててかけあがり、テスが子供の手を掴んだと同時に、
テスの胴体をタイミルが支えた。
「今助けてあげるから!」
叫び声で子供にそうテスが伝えると、
なぜかガクンと、男の子の体が重くなった。
「おい、なんだよ!」
「知らないわよ!」
それをテスごとささえているタイミルもたまったものではない。
「お前・・・クルスが・・・。」
手に力を込めながら、近くにある木につかまって、
タイミルはテスの胸元にある、
複数の首飾りが光を放っていることに気が付いた。
「今・・・それどころじゃないでしょ?」
必死で男の子を抱こうとしいるテス
「関係あるぜ、そのコの手の先見てみな。」
掴んでいないほうの子供の手には、クルスが。
新たなクルスが握られ、同じように光っていた。
「お姉ちゃん、重いよ、どんどん重くなって行くんだ。」
下にむかってひっぱられている子供が声をあげる。
「捨てなさい!手を離して!」
テスが言うけど、離れないのだ。
磁石のように、クルスは子供の手にくっついている。
「もう限界だぞー、枝が・・・。」
疲労してきたタイミルが言うと、
バキリ、と音を立ててつかまっていた木の枝が折れてしまった。
その瞬間、
“神様!”
とテスは心の中で叫んだような気がする。
不思議と落ちていく感覚はなかった。
フワフワした感覚がして、
目を開けるとお互いに掴まりながら、
クルスの力に支えられるように、三人は空中に浮いている。
「浮いてる・・・浮いてるわよ・・。」
「ああ・・そうみたいだな。」
(ラピュタ?)
はるかに下に見える草原をゆっくりと見渡す。
ゴツゴツした岩場や、あざやかな森の緑が視界全体に広がる。
広がる。
言葉をなくしたまま、三人は下におりるまで、
その景色を充分に眺めていた。
子供の名前を呼ぶ母親の声が聞こえて、
男の子はたちあがると無言で手に持ったクルスをテスにさしだす。
そして彼が走っていく後姿を二人はぼんやりと眺めていた。
「なぁ、神様だって、たまには信じてみるもんだろ?」
疲れきったタイミルが、ごろんと横になり、
大空を眺めながら言った。
「・・・・うん、そうね。たまにはね。」
テスも同じように力を抜きながら、
遠くに見える、青い青い空につぶやいた。
libra-結接蘭・破接蘭-