夢の中であたしは、どこか遠くへ行こうとしている。
荷物はもう持ち出さずに、会社も無断で辞めた。
いつもそれでばれてきたから、今回はさすがに大丈夫だ。
誰にもみつからないように、いい天気の青空の下、
どこまでも、ただひたすら遠い場所へと向かう。
やがて電車をおりて、これほどまで離れたのだから、
もういいだろうと思っていると、
「クレハ。」
と呼ぶ声がして、
「忘れてるよ。」
なんていいながら、カズくんがなにか持って走ってきた。
(ハンカチとかそういうものだった。)
「・・・・・。」
あたしがジッとみていると、
あたしの”行方をくらませたい”という意思を尊重してくれて、
「じゃあ。」
と手をあげて、どこかへ立ち去ってくれたのはいいけど、
植垣に隠れたところでワン蔵の吼える声が聞こえていて、
シンとの話し声なんかもしている。
あたしは仕方がないので、もう一度電車に乗ろうと思って、
駅のベンチに座ると、
隣には新聞を広げて読んでいる諌山さんが先に座っていた。
「クレハ、せっかくだから今日はこの辺で泊まってくか?」
穏やかな口調。
あたしはおかしくなってしまって、少し笑った。
これではちっとも行方不明にはなれない。
「どうしたの?」
目を開けると、カズくんがあたしの顔を覗き込んでいた。
諌山さん家のベットの上、
もちろんワン蔵の声もしているし、
シンと諌山さんも向こうにいるようだ。
「クレハ、今笑ってたんだよ?」
カズくんの口から自分の状況をもう一度説明された。
もちろんわかっている。
あたしは夢の中でまた、いつものように、
ややこしくなってきて、逃げようとしていたのだ。
外は夢と同じとてもいい天気で、
まだ少し寒いけれど、どこにだって行ける。
あたしは自分が行きたい場所にいくのだ。
誰にどう思われようとも。
「なんか楽しかったの?」
カズくんの優しい口調を聞きながら、
わざわざ立ち去らなくても、もういいのだと思った。
「・・・あのね。」
少しまどろみながらも、彼の顔がどう変化するのか確かめていた。
「ん?」
言葉を切ったあたしに、シンも近くまでやってきてくれる。
ますますおかしくなってくる。
諌山さんは?彼はどんな顔をするだろう。
遠くのソファーで、
夢の中と同じように新聞を読んでいる諌山さんをさがす。
「どうした?」
目があうとすぐに立ち上がってきてくれた。
あたたかくて居心地のいい場所に包まれながら、
あたしは、
「赤ちゃんできたみたいだよ。」
と言った。
あたしが居たい場所は、わざわざ移動しなくても、もうここにあった。