「わ~すごいことになっちゃったねぇ。」
毛だらけのお風呂場を覗き込んで、
あたしは彼がちゃんと掃除してくれるのか心配した。
「あなたの息子さんの毛でしょ?」
床屋のプライドを傷つけられたのか、
彼はすこしムッとしながら嫌味をいっている。
一緒に入ったついでにと、はじめた散髪だったけど、
裸で暴れる二歳児のカットは相当大変だったようだ。
「でも、髪型かっこよくなってるよ、ありがと。」
湯船ではしゃぐ子供の頭なんて、
本当のところはよくわからないけど、
とりあえずそういってお礼をのべた。
「またやらそうと思ってんな~。」
すこし唇をとがらせて、
彼がとびちった髪をシャワーで流しはじめる。
独身のはずの彼なのに、
そうやって一緒にお風呂なんてはいってると、
すっかりお父さんみたいに見えるからすごい。
「”アイ”?」
ぼんやりと湯気の中を覗いていたあたしに、
彼が懐かしい名前を口にした。
「・・・なに?”ボス”。」
誰も知らない暗号のようにときおりそんな風に呼びあう。
奇跡のような偶然が重なって、
運良く出会えたのだとあたしは思っているのだけど、
そんなことはないという彼の、
根拠のない自信は一体どこからくるのだろう。