ずっと愛してる。
私の祖母は私が高校生の時に亡くなったが それはそれはとても優しく強い人だった。 看護婦をしていた祖母は勤めていた病院で祖父と知り合い 18歳の年の差を越えて結婚した。 年が離れていたせいか、早くに夫と死別してしまった祖母は その後、再婚する事もなく女手一つで家庭を守りぬいた。 しかし、毎日の過酷な仕事で無理をし過ぎたためか 糖尿病が悪化し全盲となる。 オマケに肺結核まで患って長期の入院生活を余儀なくされる。 私が物心付いた時には祖母はすでに目が見えなくなっており、 小さい私の手をにぎって 「もみじの様な可愛いオテテだ」 と良く言ってくれた。 「賢い子だね」 と言って髪を撫でてもらうのがとても好きだった。 遠い病院に入院してる祖母とは滅多に会えないし 目の見えない分たくさん触って欲しかった。 そんな祖母の入院生活も20年近く経った頃だろうか、 突然病院から退院してくれと言われた。 肺結核が治っていないのに何故?と疑問だったが 歳のせいで痴呆が出てきた祖母の面倒を見ることを 病院側が拒否したせいだった。 突然長期の入院生活から自宅療養となったわけだが 慣れ親しんだ病院の環境と生活リズムが急に変わった為 祖母の痴呆はますます悪化していった。 終いには、私や実の息子(私の父)の事も 全く分からなくなってしまった。 しかしそんな状態でも、ある一人の人物の事だけは 良く覚えていて、折に触れてはその人の事を話して聞かせてくれた。 その人物とは、 「サクラガワの先生」 祖母が若い頃働いていたサクラガワという病院の医師の事らしいのだが、 ボケた祖母の話が本当だったとしたら この「サクラガワの先生」とんでもなくスケベ。 当時の若くて可愛い祖母にいろいろと悪さ(もちろんエロ系) を仕掛けてきたらしい。 そんなイタズラの数々を祖母は実に楽しそうに笑いながら話す。 ちょっと下品なイタズラ話でも話す。 そんな祖母の事を私は 「ボケてるから昔のインパクトの強い出来事しか思い出せないんだなぁ」 と、ちょっと悲しい気持ちで見ていたのだった。 それから数年後、祖母は他界する。 さらに数年たった後、何気なしに母としていた会話の中で 祖母がよく語っていた「サクラガワの先生」というのは 祖母の18歳年上の旦那様の事だったという事が判明した。 (要するに私の祖父の事だった) ボケて息子の事も孫の事も 何もかもわからなくなってしまった祖母だったが だんな様の事はずっと忘れなかったんだね。 ずっとずっと大好きだったんだね、サクラガワの先生が。 だから忘れなかったんだね。 早くに死別してもずっと愛していたんだね。 きっと祖母は祖父に愛されて大事にされてたんだろうな。 ずっと病気して苦労して、最後は何もわからなくなっちゃって 可哀想な人生だったなぁと勝手に思っていたが、 祖母は死ぬまで愛せる人と出会えて とても幸せな人生だったに違いない。