<『中国茶の魅力』の発刊>
1970~80年代、中国茶について語れること・商品PRといえば、ほとんどの場合において「効能」でした。
これではお茶を選ぶのにも、メーカーの主張する「一級茶葉」とか「福建省」というキーワードを信用するぐらいしかありません。
ワインやコーヒーなどを見てもそうですが、そこに語れる何か(製法だったり、歴史だったり)が無いと、嗜好品としての魅力は生まれてきません。
そんな中、1990年につぼ市製茶舗の故・谷本陽蔵先生の手による『中国茶の魅力』が刊行されます。
これは中国のお茶の概略について、歴史や種類、生産方法、飲み方に至るまで、こと細かに記した本です。
当時の日中間の往来や中国茶業界の状況を考えると、驚異的な情報量が詰め込まれた一冊だったのではないかと思います。
茶業関係者が書いた本、という意味でも貴重なものでした。
この本がある意味、日本における中国茶のバイブルのような存在になります。
日本において、中国茶の専門的な情報を形作った一冊といっても良いかもしれません。
1997年には改訂版も出版され、長らく読まれた本となりました。
翌1981年には、故・布目潮フウ先生の『中国 名茶紀行』が発刊されます。
現地の旅行記の体裁をとった中国茶の本で、龍井茶や烏龍茶などについての言及も時には細かく行われています。
このように立て続けに良書が出てくることで、一部の愛好家にとって中国茶は、もはやただの健康茶では無くなっていきます。
この他にも松下 智 先生がやや専門的な本も出版されていました。
こうした書籍が日本における中国茶知識の下地となり、1996年頃からの中国茶本の発刊ラッシュに繋がります。
※書籍以外の面でも、高橋忠彦先生とラサ企画の亀岡さんが1985年から続けてこられた、東京中国茶文化研究会や茶館銀芽の地道な活動があったことも、ここで触れておきたいと思います。
<中国茶関連本の発刊ラッシュ>
1997年、香港が中国に返還されました。1999年には、マカオも返還されます。
その数年ぐらい前から、香港・マカオや中国に対しての関心が一時的に高まった時期があります。
返還ブームというやつです。
この時期を目がけての出版業界の戦略?だったのだろうと思いますが、1996年頃から中国茶の本がたくさん出版されるようになります。
書名をいくつか年毎に挙げていきます。
#簡単な内容紹介は中国茶情報局の中国茶の本棚でご覧下さい。
<1996年>
『岩茶-究極のウーロン茶「大紅袍の世界」』 左能 典代 著
『中国茶と茶館の旅』 平野 久美子・布目 潮フウ 著
『中国茶 雑学ノート―「清香(チンシャン)」世界へのいざない』 成田 重行・工藤 佳治 著
『中国茶読本』 島尾 伸三 著
<1998年>
『香り高き中国茶を楽しむ-中国茶入門』 菊地 和男 著
<1999年>
『中国茶の楽しみ 雑学ノート』 成田 重行・工藤 佳治・兪 向紅 著
『中国茶・アジアの誘惑』 平野 久美子 著
<2000年>
『香りを楽しむ中国茶の事典』 成美堂出版
『中国茶図鑑』 工藤 佳治・兪 向紅・丸山 洋平 著
『中国名茶館』 左能 典代 著
『満里奈の旅ぶくれ―たわわ台湾』 渡辺 満里奈 著
<2002年>
『はじめての中国茶』 工藤 佳治 監修
『中国茶の本―選び方・いれ方・楽しみ方入門』 平田 公一 監修
『中国茶めぐりの旅』 工藤 佳治 著
『中国茶・五感の世界―その歴史と文化』 孔 令敬 著
<2003年>
『中国茶で楽しむ十二か月』 黄 安希 著
『おいしい中国茶。』 林 聖泰 著
『中国茶 風雅の裏側―スーパーブランドのからくり』 平野 久美子 著
『中国茶文化』 棚橋 篁峰 著
これらの本ですが、多くが出版関係の方によって書かれたものであり、いずれも本としての完成度が高かった印象があります。
たとえば左能先生や工藤先生、平野先生は元々、出版社勤務。
編集者としての実力もある人たちが書いた本ですから、それは完成度が高くなります。
”いわゆるお茶の専門家が本を書いた”のではなく、”本を書く力のある人がお茶の本を書いた”というのがこの時期の中国茶関連書籍が売れ、またハイペースで出版が続いた理由ではないかと思います。
こうした完成度の高い書籍が次々に書店の棚に並べば、手に取って見る方も多くなります。
さらに、女性誌などでの特集も多く組まれていました。
2001年には、脇屋シェフが出演し「NHK趣味悠々」でも中国茶が採りあげられるなど、完全にブームの様相を呈します。
<この時期の本の特徴>
この時期に発刊された本は、これまでの健康一辺倒の中国茶では無く、むしろ中国茶の種類の豊富さ、バリエーションの魅力を伝えたものが、ほとんどでした。
単なる「ウーロン茶」ではなく、安渓鉄観音や大紅袍のような細かな銘柄が出てきたほか、気分に合わせてお茶を選ぶ、という感覚を打ち出したものが多いように思います。
さらに多くの本では、お茶の謂われやその歴史といった点も紹介されていることが多いです。
そこで紹介される話の中には、俗説に類するものも多かったのですが、当時はそれも1つの新鮮な切り口でした。
本の中では、最初に六大分類の紹介がされ、その後、中国各地の数十種類のお茶が複数ページにわたって掲載。
さらに淹れ方や茶器の紹介とお店のリストが載っている、というのが定番のつくりです。
↑この本がある意味、この時代の完成形かも
なかでも工藤先生が書かれた各種の本は、完成度がとりわけ高かったように思います。
『中国茶図鑑』などはコンパクトな新書形態をとっていたこともあり、これを辞書のように引きながらお茶を飲む、といった姿も多かったです。
『はじめての中国茶』などは、中国や台湾でも訳書が出ているほどです。
そもそも、全国各地からお茶を取り寄せて飲む、という習慣は、中国や台湾ではありませんでした(台湾に大陸のお茶は入ってきませんし、その逆もありませんでしたから)。
これ、中国の長い歴史の中でも王侯貴族か特権階級ぐらいしかできなかった、贅沢な行為なんですよね。
それを庶民レベルでやってしまおう、というのを本を通じて、分かりやすく魅力的に提案していたわけです。
これは、いわば日本発の中国茶の楽しみ方です。
グルメな方はあちこちからのお取り寄せは、普通にやることかもしれません。
が、地産地消になりがちなお茶でこれをやったことは、画期的というほかありません。
これこそ工藤先生の最大の功績ではないかと私は思います。
<インターネットで情報の流れが加速>
また、これまで一部の人たちの間でやり取りされていた情報は、インターネットの時代になって様変わりしていきます。
パソコン通信の閉じられた世界の中で情報発信をしていた方々がWebサイト(当時風に言えばホームページ)を作り、情報を発信したり、掲示板などを使って、情報の交流を行うようになります。
これまで地道に情報を蓄積してこられた、お茶に詳しい一般の愛好家が有する情報が、外に出始めてきたのです。
こうした中でも、積極的に情報を発信していた平田公一さんは、その後All About 中国茶のガイドに就任されます。
当時、斬新な情報サイトとして、かなりの存在感を見せていたAll Aboutで、多くの情報を精力的に発信されていました。
それを毎週のように楽しみにし、バックナンバーを片っ端から見たりして、中国茶を入門していった人も多いと思います。
#私もその一人です。
このほか、大手の検索サイトであるExciteでも時々、旅に絡めた中国茶情報が掲載されていたり、あちこちに中国茶関連のコラムや紹介記事なども流れていました。
また、ネットショップの時代もスタートしはじめており、老地方茶坊さんのように、詳しい情報を掲載するお店も出てきました。
インターネットの普及によって、お茶に関する情報の入手性が飛躍的に高まったことも、ブームを後押ししていたと言えると思います。
<情報が手に入りやすかったことが第2次ブームを生んだ>
香港返還をきっかけに、多くの優れた書籍が出版されたことやインターネットが一般的になったこと。
これらによって、中国茶の情報の入手性は飛躍的に高まりました。
これが中国茶の第二次ブームを起こしたとも思えます。
しかし、ブームはこうした情報だけでは起こりません。
これまでよりも遙かに品質の高いお茶を提供・販売する新世代のお店が、この時期に一斉にオープンしていたのです。
続く。
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香港返還は、きっかけとして大きかったと思います