精進
最近精進料理にハマっています。 京都でいろいろなものを食べて それがやっぱり京料理、精進料理だったから 興味が湧いてきました。 今までもできる限り野菜中心の食事にはしていたけど 外食ではあまり気にせずに何でも食べていたし その意味というのはあまり考えてなかった。 カタカナだからか? 「ベジタリアン」というのはなんだかしっくりこなかった。 そこまでベジタリアンしてないしなぁ 勉強不足だからか分からないけど ベジタリアンの発生の仕方 成り立ちがピンと来なかったのよね。 宗教的な理由からきてるのかもしれないけど とにかく肉魚は食べない!ということばかりが前面に出されているような。 で、まぁなぜか精進料理と言うのが今の自分にピッタリきてしまって 色々と本を読んだりしています。 精進料理というのは お寺の僧侶たちが食べる食事のことですが 基本的には殺生をしないということで 肉魚は調理しません。 だしも鰹・いりこ等ではなく昆布としいたけだったりします。 そしてニラ・たまねぎ・にんにく・ネギなど 匂いの強いものは修行の妨げになるということで基本的には食しません。 お寺にお布施としていただいた野菜を無駄にせずに食べるということで その日その日であるもので工夫して作るようです。 そして野菜のすみずみまで無駄にせずにいただきます。 なので結果としてゴミがすごく少なくてすみます。 肉魚だけでなく、野菜や穀類、茸類も同じ命。 大切な命を頂くという思いが精進料理の世界にはたくさん感じられます。 いただきます。ごちそうさま。という言葉もそうだし 精進料理で食べられていたものには 「御」がついているんですね。 御飯・御味噌汁・御野菜・御漬け物・・ 食べ終わったお椀にお茶や白湯を注いでご飯つぶひとつさえ無駄にしません。 そして食事を用意するということも修行のひとつということで どれだけ高僧になっても自身で料理をします。 ごま豆腐なんて、ごまを2時間もすり続けるんですよ! これは修行以外の何者でもないね。 応量器 というのがあって 5つ程度の漆のお椀が入れ子状態になっていて 全部まとめるとコンパクトに持ち運びできる食器で 修行僧が自分専用の応量器というのを持っていて それに食事を入れてもらって 食べてすぐに洗って布で拭くのね。 食べる時も音を立てないように食べて もちろんしゃべるということもない。 それはそれは「命をいただく」ということに集中することなのだと思う。 わたしも応量器を買ってみました。 普段の食事はこれで全てまかなえそうです。 食事を作ることも修行。 食べることに集中していただく 感謝の気持ちで器をきれいにする。 この作業ってすごく精神衛生上いいですね。 修行だと思えば違和感なく取り組めそうです。