|
カテゴリ:起業のお話
お腹が空いたら、「ご飯が食べたい」と思い、
疲れたら、「ぐっすり寝たい」と思うことでしょう。 このようにただ生きるための生命摂理の願望だけではなく、 人間にはもっと高尚で複雑な「やりたいこと」が、 次々と溢れるように現れて来るものです。 例えば、学生なら、 〇〇大学や××専門学校に、 「入学したい!」と思うだろうし、 「こんな勉強、こんな研究をしてみたい」と思うことでしょう。 学校を卒業したら、 「こんなに会社に入社したい!」、 「こんな仕事をしてみたい」と思うでしょう。 「あの人と一緒に、こんな人生を歩んでみたい」、 あるいは、「結婚したい!」と、 夢を膨らませている人もいることでしょう。 そして、その目標が叶うと...。 その次に必ず訪れることがあります。 それは...、 この学校に入って何をしよう? この会社に入って何をしよう? 結婚してから...、どうしよう? と、迷うのです。 それは、何故か? それは、 「スタート=ゴール」 と思い込んでいるからかも知れません。 入学も、入社も、勉強も、仕事も、結婚も...、 総ては次のステージで活躍するための、 スタートラインに過ぎないはずです。 それなのに、 学校に入って何をするか? 入社して何をするか? 勉強研究を重ねてどうするか? 結婚してどうしたいか? 等々。 次の活動をする展望を持てないまま悩んでいる人が、 案外多いのも事実なのです。 それは、スタート台に立つための 試練があまりにも大きく厳し過ぎるから、 「スタート=ゴール」のように、 錯覚してしまっているからなのかも知れません。 学校や会社、結婚等のスタートラインを目指すのは、 一体、何故なのでしょうか? 少し離れて、客観的かつ冷静に、 「目標の次の展開」に思いを巡らせてみませんか。 「目標の次の展開」に思いが及ぶと、 「だからこれを目指す」という、 自分自身の真にやりたい事が、 クリアに浮かび上がって来ることでしょう。 自分自身の本当にやりたい事が明確になれば、 きっと、それを目指して、 明るく楽しくやりがいを持って取り組めるでしょう。 「目指すこと」は、 先ずはあなた自身のためではあるのですが、 ひいては、「周囲の人たちや世の中のため」に 必ずちゃんと通じているものなのです。 苦労してスタートラインに立ったのに、 次の展望が見えなくなって、 そこがゴールになって燃え尽きては、 残念なことです。 「努力というのは、極端に言うと、 やりたくないことを嫌々するということ」 と言い換えられるのかも知れません。 今までの社会では、 「努力」を「美学」と捉えることが常識でした。 その考え方を否定するものでは全くありませんし、 一理ある考え方だとは思います。 けれど...、目標達成のために、 限られた人生の時間を切り裂いて、 やりたくないことを延々とやっていることが、 果たして本当に幸せに通じる事なのでしょうか。 今すぐ、あなた自身の真の価値観を問い、 あなたが、「心の底から楽しくやりたいことは何なのか?」、 あなた自身に真剣に問いかけてみましょう。 この設問から逃げたり、意識しないでいると、 一般的な社会常識にどんどん囚われてしまい、 きっと身動きが取れなくなってしまうでしょう。 一般常識に囚われ、惑わされて、 あなた自身の目標を見失ってはいけません。 あなたは、あなた自身の充実した人生を送るために、 この世に生まれて来た、大切で唯一の人なのですから。 <ご参考> 今の仕事は好きですか? -手に持つお花を...- http://www.nbn.ne.jp/bellnet/sougyou/essay/h19/tenimotu.htm 父の地図 -誰かのために働く- http://www.nbn.ne.jp/bellnet/sougyou/essay/h19/titinotizu.htm お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年04月19日 10時57分28秒
コメント(0) | コメントを書く
[起業のお話] カテゴリの最新記事
|
|