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2017.08.04
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☆羊と鋼の森・宮下奈都
・文藝春秋
・2015年9月15日 第1刷
・初出:別冊文藝春秋 2013年11月号〜2015年3月号
 単行本化にあたり加筆

〈あらすじ〉
僕=外村(とむら )、17才、高校2年生。
体育館のピアノの前に、その人を案内した。帰ろうとしたとき、背後でピアノの音がした。その人がグランドピアノの蓋を開けると、秋の夜の森の匂いがした。それも9月、夜といってもまだ入り口の、湿度の低い、晴れた日の夕方の6時ごろ・・・。山間の集落は森に遮られて太陽の最後の光が届かない。静かであたたかな、深さを含んだ音。そういう音がピアノからこぼれてくる
振り向いた僕にかまわず、いくつかの音を点検するみたいに鳴らしていた。
僕は何も聞かず、邪魔にならないようただ黙ってそこに立って見ていた。ピアノの音が少しずつ変わっていくのをそばで見ていた。多分2時間あまり、時が経つのも忘れて。作業があらかた終わったとき、その人はグランドピアノの蓋をあけて説明してくれた。このピアノはやさしい音がする良いピアノです。このピアノのハンマーは、いい草を食べて育ったいい羊の毛を贅沢に使って作られていて、今ではこんなにいいハンマーは作れないと。そして「ピアノ調律師 板鳥宗一郎」と書かれた名刺を僕に渡し、「良かったらピアノを見にきてください」と言って帰って行った。

その日のことが忘れられなかった。
一度だけ店を訪ね、弟子にして欲しいと直訴した僕に、板鳥さんは「本当に調律の勉強がしたいのなら、この学校がいいでしょう」と、校名を書いた紙片をくれた。
生まれて初めて道(どう)を出て二年間、本州にある専門学校に、ひたすら調律の技術を覚えるためだけに通った。課題は厳しく、毎晩遅くまで取り組んだ。もしかしたら、迷い込んだら帰れなくなると聞かされた森に、足を踏み入れてしまったのではないか、幾度もそう思った。目の前の森は鬱蒼と茂って暗い。それでも不思議と嫌にならず、2年間の過程を終えた。

無事卒業した僕は、故郷近くの町へ戻り、板鳥さんのいる楽器店に就職した。
店にはピアノが6台あり、それを使っていつでも調律の練習をして良いことになっていた。練習ができるのは、通常業務のあとの夜だけだった。夜の楽器店で来る日も来る日も音叉を鳴らし、一弦ずつ音を合わせていく日が続く。板鳥さんは僕を見かけると「焦ってはいけません。こつこつ、こつこつです」と声をかけてくれた。

入社して5ヶ月が過ぎ、先輩の柳さんの調律に同行させてもらえることになった。調律が終わりかけたころ、双子の姉妹の姉の和音(かずね)が帰宅、僕たちに挨拶をしたあと、壁にそっと背をつけて調律の作業を見ていた。「いかがでしょう」と聞いた調律師の求めに応え、和音がぽろぽろっと音を出した。僕は思わず椅子から腰を浮かし、耳から首筋にかけて鳥肌が立った。間も無く妹の由仁(ゆに)も帰宅。由仁の弾くピアノは、姉の和音とは全く違うピアノだった。温度が違う。湿度が違う。音が弾む。色彩にあふれていた。2人してピアノがうまくて、2人して可愛い双子だった。そんな双子の家から、ピアノの調律をキャンセルしたいと連絡があった。妹の由仁がピアノを弾けなくなったのだった・・・。

時が経ち、双子の母から柳に調律の依頼があった。柳は、是非僕にも一緒に来て欲しいと、双子からの伝言があったという。調律が終わり、姉の和音が短い曲を弾いた。心配をかけたことを詫びたあと、和音は「ピアニストになりたい。ピアノで食べて行くのではなく、ピアノを食べて生きて行く」と、瞳を輝かせて言った。
10日ほど経ったある日、双子が店を訪ねて来た。これからもよろしくお願いしますと挨拶をしに来たのだという。妹の由仁がまっすぐ僕を見て「調律師になって、和音のピアノを調律したいんです」と言った。
「本当は、僕だ。僕が調律したい」そう思うのに、それをいうことができない。僕には力がないのだーーー。
和音はうらやましいくらいの潔さで、ピアノに向かう。ピアノに向かいながら、同時に、世界と向かい合っている。僕にはするべき努力が分からない。分からないから、こつこつ、こつこつ、変わらず地道な調律の練習を続けるしかなかった。
やがて、先輩から調律が変わったねと褒められたり、顧客からもお礼を言われることが、少しずつ少しずつ増えていった。



♣︎宮下奈都
1967年福井県生まれ。上智大学文学部哲学科卒。2004年、「静かな雨」が文学界新人賞佳作に入選、デビュー。2007年に発表された長編『スコーレNo.4』が絶賛される。2011年に刊行された『誰かが足りない』は本屋大賞にノミネートされた。その他の著書に『遠くの声に耳を澄ませて』「よろこびの歌』『太陽のパスタ、豆のスープ』「田舎の紳士服店のモデルの妻』『ふたつのしるし』『たった、それだけ』など。
(カバー掲載の作者紹介文を参考にさせて頂きました)




私にとって真夏は読書のシーズンなのに、このところ読みたい作者に出会わなくて困っていると嘆いていたら、katananke05さんが、この本を勧めて下さいました。
この作者の本を読むのは初めてでしたが、一気に読んでしまいました。文章(言葉)がとても素敵で、読んでいて心地よいのです。この作者の本をもう少し続けて読んでみたくなりました。
katananke05さん、ありがとうございました。





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Last updated  2017.08.06 14:44:59
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