まいまいつぶろ・村木嵐
・(株)幻冬舎
・2023年5月25日 第1刷発行
第170回直木賞候補作
14になる長福丸(ながとみまる)は、8代将軍吉宗の嫡男として生まれた。通常なら、明年には元服し、その後は次の将軍として江戸城西の丸の主となる。けれど、長福丸の身体には重い病があり、それに相応しい扱いを受けてこなかった。
生まれたとき生死の境をさまよったことで口が回らず、誰にも、彼の話す言葉が聞き取れない体となった。歩いた後には尿を引きずった跡が残るため、陰では「まいまいつぶろ(カタツムリ)」と呼ばれていた。
そんな彼の言葉を聞き取る少年が現れたのだ。名を大岡兵庫と言い、江戸町奉行、大岡越前守忠相の遠縁にあたるという。江戸城中奥で、上臈御年寄の滝の井(長福丸の乳母)から話を聞かされた忠相は絶句してしまった。
麻痺を抱え廃嫡を噂されていた若者は、兵庫という、自らの「口」を得て、やがて9代将軍 徳川家重となった。
大岡忠相から「決して長福丸様の目と耳になってはならぬ」との言いつけを生涯守り、大岡忠光(幼名兵庫)は、生涯9代将軍 家重の「口」であり続けた。
忠光の最後の時が近づいたと知った家重は、忠光の伝える最後の言葉を言った。「四月朔日をもって家治に将軍職を譲る。皆に申し伝えよ」と。老中、田沼意次が即座に手をついた。