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素盞嗚(スサノオ)の日本古代史

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May 6, 2006
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テーマ:日本の歴史(1070)
カテゴリ:神話

今日はつらい一日になりました。

落ち込んでいます。

酒を呑んでもダメ・・・・

寝ようにも眠れない・・・・

こんなの初めてです。

つらいこと、一瞬でも忘れるために、

好きな古代史のことを書きます。

出雲王朝からホホデミ朝まで、少し整理します。

縄文時代晩期頃から、

黒曜石をもとに勢力を伸ばしてきた出雲王朝は、

弥生時代に入って、

列島に伝わった金属器のハンドリングを

勢力下にあった「天国」に任せていた。

その結果、力を付けてきた天国の天照大神に、

ついに国譲りを迫られ、出雲は衰退していった。

一方天国は、出雲を抹殺して天下を牛耳ることは、

かえって危険をはらむことと感じ、

第一の目的である、稲作に適した土地である九州北部を侵略した。

天照大神の孫「ニニギ」の天孫降臨だ。

考古学的にみると、九州北部の遺物が、

紀元前100年前後にドラスティックに変化している。

いわゆる「前末中初」と言われている大変化だ。

この時期に急激な異文化が流入したことが考えられる。

恐らくこの頃に天孫降臨があったのだろう。

意気揚々と九州北部に降り立ったニニギだったが、

イワナガヒメとコノハナサクヤヒメとの女性問題を起こした。

サクヤは、ニニギ以外の「男」の子供を生み、

その三男坊だったホホデミが

ワダツミの勢力をバックに兄弟間の権力争いに勝ち、

新たな王朝を開いた。

そしてその王朝は290年続いた。

紀元前100年ぐらいから2世紀末ぐらいのことだろう。

この間の中国文献、後漢書には、

あの有名な「漢委奴国王」

と刻印された金印の記事が書かれている。

西暦57年のことである。

中国から「倭国」と認識されていたのは、

この「ホホデミ朝」だ。

そしてホホデミ朝は2世紀末に幕を閉じる。

ひとつの王朝が幕を閉じるということはどういうことか。

他の「権力」に取って代わったか、

混沌とした戦乱の時代になったか・・・

このどちらかだ。

時代は2世紀後半。

何か痕跡はないのか・・・

ある!

倭人伝に出てくる、あの有名な

「倭国大乱」

約80年続いたという。

「二倍年暦」で言うと約40年の戦乱だ。

そしてその戦乱を治めたのが、

邪馬壹国の卑弥呼だ。

卑弥呼が魏の国に使いを送ったのが、西暦237年。

ホホデミ朝の滅亡が2世紀末、

そして40年の戦乱、

邪馬壹国連合の成立・・・・

時代的にドンピシャリ符合する。

これをもって、神話と史実の融合を確信した。

さて、ここで新たな問題がある。

神話ではホホデミのあと、

「ウガヤフキアエズ」が後継となる。

後の神武天皇の父親である。

この神話は史実とどう反映するのだろうか。

この辺りも過激な仮説を立ててみました。

・・・・

まだ眠れそうにない・・・・

散歩でもしてきます。

SEE YOU NEXT TIME

 

 

 






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Last updated  May 7, 2006 01:41:52 AM
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