物部の影・・・と天女♪
そうそう、こないだ仕事仲間4人で三重の賢島に行った時のことなんだけど、お笑いの「ホンコン」似のルイルイ君、おもろいこと言わはってた。それは近鉄電車の中。伊勢市に入った頃、素盞嗚氏「うーん、こりゃ伊勢神宮に行きたくなっちゃいますなぁ!」ルイルイ君「おもしろいとこあんの?」素「おもしろいって、あーた、 イヤシロチの空間で心を鎮めなアカンよ」ル「ちゃうちゃう、夜の話だってば♪」素「・・・・・」ル「おっぱ○パブならぬ、天女パブとかあったりして♪」素「ぷっぷ・・・・」ル「そんで、アマテラスさーん、1番テーブルおねがーい! なーんて言ったりして♪」おもしろいけど、なんたる冒涜・・・・ルイルイ君にはきっと天罰が下るでしょう。丹塗りの矢でお尻をブスッ!イカンイカン、そんな話じゃなかった・・・・物部氏の件です。神武は大和入りして(実は和睦)ニギハヤヒの娘とも思える物部の血を引く女性を正室に迎えましたね。記紀では神武の死後、後継者間での争いの説話を載せ、その後は10代崇神天皇まで、説話らしい説話は載せず、ただひたすらに系図的なことだけを書いています。一方9世紀の成立と考えられている物部氏の伝承である、「先代旧事本紀」 にも神武後の系図が書かれているんです。ここで重要なことは、この「先代旧事本紀」の資料としての価値です。この資料は蘇我馬子と聖徳太子が編纂した、と書かれてるんですが、これはあきらかに「ウソ」です。また江戸時代に入ると、この資料をデフォルメした「旧事本紀大成経」などの偽書が発刊されるなどして、どうも胡散臭い資料、というレッテルを貼られちゃうんですね。また、神話の部分などは、明らかに記紀や「古語拾遺」の切り貼りであったりするもんだから、なおさら、資料価値を低くしてしまったんです。ただよく分析してみると(安本美典氏)記紀や古語拾遺よりも古い資料をもとに書かれている部分なども多くって、きっちり取捨選択しながら使えば、どうもかなり史料価値として高いものじゃないか、最近はそう考えられている資料なんです。その「先代旧事本紀」と記紀の系図を重ねてみると、天皇家は、神武に始まり、9代の開化天皇まで、ニギハヤヒを中心とした物部系の女性を嫁に迎えているんです。この意味するところは何か!神武以降、9代開化までは、どうもニギハヤヒ系物部氏になかば支配されていたんじゃないか。だから主だった説話も載せられず、細々と大和の一角で小さくなっていたんじゃないか?10代崇神までの天皇家は、さして目立たぬ1地方の異邦人達・・・・素盞嗚氏はそう考えています。さて明日は4時起きで名古屋。おーし!早寝早起き、暴飲暴食でがんばるでぇ♪SEE YOU NEXT TIME