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カテゴリ:お散歩日記
沢を越え、峠を登る。
顔を上げて少し先を見渡すと、こんなに急で足場の悪いところ、自分にはとても進めないと思う。 けれど地面に目を落とし、一歩ずつ足元をたしかめながらゆっくり歩けば、どんな坂もちゃんと登り切れる。 登った後で後ろを振り返り、こんな道をわたしは登ってきたのか、とおどろく。 初めて履いたトレッキングシューズというものが、思いのほか頼りになるパートナーだということも、体がようやく理解しはじめる。 「もののけ姫」でモロ一族が暮らす岩屋のモデルになった、大きな岩。 一体どこからどうやって、こんな場所に大岩がやってきて、このバランスで転がるのをやめたのか、誰にもわからない。 岩屋の陰でお弁当。 屋久島には何軒かお弁当屋さんがあって、民宿を通じて頼んでおくと、早朝の出発に合わせて用意してくれる。おにぎりおいしい。幸せ。 Nさんが、持ってきたやかんと携帯コンロでお湯を沸かし、お茶をいれてくれる。 腹ごしらえの後は、いよいよ最後の急な坂道。 両手も使って体を押し上げると、ぐっと視界がひらける。 頭上に青空が広がる。 森に向かって張り出した「太鼓岩」という大きな岩の上に立つ。 眼下に広がる緑の海。新緑の黄緑。 口を開いて見とれた次の瞬間、足がすくんで座り込む。 今まで忘れていたけれど、そう言えばわたしは軽い高所恐怖症なのでした。 「こっちへおいでよ」「だいじょうぶですよ、滑らないから」とみんな口々に言ってくれるけど、木にしがみついて動けず。情けないなあ。 いっぽう恋人は、Nさんに足を押さえてもらって、岩の先端で仰向けに横たわり、首を反らしてぶら下がり、逆さまの絶景を楽しんでいる。 周りの女性や子供から悲鳴と歓声が上がる。 こわいよう… せっかくここまで来て景色を楽しめないのは悔しいので、ヨガの要領でゆっくり深呼吸して、身体のこわばりを解いていく。 リュックサックを下ろして身軽になり、ゆっくり、ゆっくり前に進む。 怖くなったらまた深呼吸。 森を揺らして吹き抜ける風。 ふとおそれが遠のく瞬間に、木や風や岩との一体感が身体のなかを駆け上がってくる。 よしよし、いい調子。 日に照らされてあたたまった岩の上に横になって、目をつむる。 風の音。鳥の声。遠い水の音。 森と抱き合う。 * わたしはもともと怖がりなほうだが、そのことを差し引いても、森の中では「死」というものをいつもより身近に感じた。 高くてこわいとか、足元が滑りやすいとか、そういうことだけでなく、死ぬことが当たり前にすぐ隣にあって、だからこそ「生」もくっきり濃く感じられる感じ。 樹齢五百年の杉の大木が、屋久島では「若い木」と呼ばれる。 千年、二千年、三千年生きている屋久杉もいるのだ。 キリストが生まれ西暦が始まるよりもさらに昔から、ここで生きてきた命があるということ。 その間、せいぜい百年未満の命をリレーしてきたわたしたち。 わたしたちの目には、ほとんど止まっているように見える木の時間だけれど、それはわたしたちがあまりに生き急いでいるから。 本当は、木のいのちはひとときも立ち止まらず、荒々しく動き続けている。 * 下りの山道は、上りよりしんどかった。 太ももの前側の筋肉が、悲鳴を上げはじめる。 なだめながら、何とか足を運ぶ。 わたしが自分の足を動かすことでいっぱいいっぱいになっている間、ガイドのNさんは、山道で見つけたゴミをひとつずつ拾いながらのんびり歩いていく。 沢を渡るたび、水の流れるかわいい音にほっと息をつく。 このせせらぎが、ひとたび大雨が降れば大きな流れに姿を変え、荒々しい流れを作るのだよなあ。 水は森のいのち。 森が水を育て、水が森を育んでいる。 * 午後4時、登山口到着。 あっという間だったなあ。 またきっと来よう、白谷雲水峡。 それまで元気で待っていてね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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