[ブログ冒険小説]の記事一覧 | ソクラテスの妻用事

ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5３）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット：大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5３）（この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）海峡の呪文（３）　それは突然だった。車椅子傍の白装束の男が声を張り上げた。「艦内放送を流せ！」　艦内放送が響いた。『我々はっ！　ロシアの理不尽な行為であるっ！　我が国固有の領土であるっ！　北方四島の不法占有からっ！　北方四島を我々は奪還するっ！　これは我が日本民族の！　積年の願いであった！　我々はっ！　悠久の大義に！　死を持って！　姑息なロシアとっ！　売国奴であるっ！　日本政府の権力者どもにっ！　鉄槌を下すっ！　我が教祖先生はっ！　美しい日本の夜明けをっ！　お導きされるのだっ！　売国奴の奴隷たちよっ！　よく聞くがいいっ！　黙ってその場に立てっ！」　絶叫する声は、テロ犯たちの声明でもあった。『客室内の者どもっ！　直ちに立てっ！　全員だっ！　立てっ！』　白装束の男が、客室内を見渡す。人質となった客室内の調査団員が前列から立ち始めた。　〝エゾッソ号〟後部、客室外にいる海人と十鳥のドローン担当要員にも、この絶叫が洩れ聴こえていた。海人たちは細いアルミ戸の客室非常口を見つけていたが、こじ開ける機会を狙っていたところだった。これは僥倖か！　それとも死地への入り口か！　そう思いつつ非常口の前にいる。＜十鳥さん。最後部の非常口から客室内に入るが、奴らの目を逸らしてほしい＞海人がインカムで言った。＜分かった。俺がやる＞十鳥が応えた。海人がドアノブに布を被せる。ドローン要員がナタの裏面をドアノブに当てる。そして頭上にナタを掲げた。＜待て！＞十鳥が命じた。　前列の調査団が立ったが、北方四島経済協力に執着していた与党国会議員の一人の男が白装束の男に食い下がったのだ。「話せば分かる……」　白装束の男がその国会議員を罵倒した。「バカ者！　売国奴の僕（しもべ）野郎！　こいつをへらず口が利けないほど殴れ！」　２人の白装束が自動小銃の尾底を振り上げた。　十鳥は、それを逃さなかった。＜いまだ！　やれ！＞　ドローン要員がナタを力いっぱいドアノブに振り下ろした。　白装束の２人が、国会議員の男を上段から叩いた。客室内が騒然となった。十鳥チームの全員が、客室内の床を靴底で叩く。国会議員の男がギャー！　と悲鳴を上げる。客室内からも悲鳴が飛び交う。　非常口のドアが開く。海人たちがその刹那、客室内に入った。海人たちは十鳥の後ろの長椅子にそっと立つ。＜十鳥さん。後ろにいます＞＜黙って立っていろ＞十鳥が命じた。　白装束の男が怒鳴った。「まだ文句ある売国奴はいるか！」　客室内は一転、押し黙った。「そんなもんだよ！　売国奴の僕（しもべ）たちは！　じゃあ、こちらから指名するから手を上げろ！　政府の売国奴役人ども！」白装束の男が前列を睨む。誰も手を上げない。白装束の男が、また怒鳴った。「官邸の警察出身審議官！　まず、お前だ！」前列の男を指した。やれ！　隣の白装束が自動小銃を突きつける。「お前は悪知恵の働くスパイ工作機関の奴だ！　おっと、やはり官邸の犬だったな。小便漏らしているじゃないか！　この犬め！」　自動小銃を持った白装束が、その銃を振り上げた。官邸の犬が泣き喚（わめ）く。「助けてくれ。命だけは助けてくれ。私は上の命令で乗っているだけなんだ」「ほほ、命乞いときたか。助けよう。その代わり、皆に聞こえるように言え！　『私は官邸の犬です。売国奴の僕です』さあ言え！」　官邸の男が四つん這いになり、「私は官邸の犬です。売国奴です。助けてください」と涙声で言った。　それを確認した白装束の男が隣の男に命じた。「こいつを殴り倒せ！　殺すなよ。助けてあげるのだからな」　白装束の男が銃床でしこたまぶん殴った。官邸の犬が悶絶した。「いいか、よく聞け！　これから教祖先生の聖音を放送する。頭を垂れて聞くのだ！」そして白装束の男がインカムに言う。　再び陰々とした曲が流れ始めた。あの葬送曲にような……。　葬送曲が終わった。　白装束の男が「聖音・聖詩」と厳かに発した。その数秒後、艦内放送が流れた。『無常の世界に我等はいる　我らは姿を変え　永遠に生き続ける　それは天壌無窮　だが全ての人間に　その光栄を与えない　我等は天に選ばれし者たち　天の意思を持つ者たち』　この訳の分からぬ「聖音・聖詩」が繰り返し流れている。十鳥は突撃の間合いを見計らった。今か？　今でしょう！　いやそうではない！　まだだ！　館内放送が止んだ。白装束の男が怒鳴った。「これから全員の身元を確認する。外部との連絡機器を没収する」＜皆、奴らに従え＞十鳥がインカムに囁く。＜了解＞全員が応える。＜こちらS班。〝エゾッソ号〟の後ろ１００メートルにいます。狙撃用ライフルあり。いつでも命令を＞S班チームの班長からだった。＜了解。指示を待て＞十鳥が小さく応えた。俺のチーム員は優秀だ。よく頑張ってくれている。俺が選んだだけある。深い溜息を漏らす十鳥。だがこれからだ。　白装束の2人が長椅子列の両端に別れ、調査団のメンバーを点検し始めた。調査団全員がおとなしく来るのを待っている。十鳥の視線が白装束と調査団のメンバー、彼らを追う。ん？　彼は――もしかしたら――。　白装束の一人が３列目にやって来た。「身分証を見せなさい！」　言われた調査団の男が胸ポケットから名札カードを取り出す。「通信機器をこの袋に入れなさい」　言われた男が従う。　白装束がその男の顔に近づく。触れ合うほどに。白装束の手が男の手に触れる。オートマチック拳銃が、誰の目にも触れず渡された。調査団の男が後ろに手を回し拳銃を隠した。それを確認した白装束が隣の調査団の男に行く。身分証の確認。通信機器の没収。次々と確実に終えて行く。この光景を後ろから十鳥は凝視していた。彼だ！　ミハイルだ！　あの白装束は〝彼の妹〟だ！　ミハイルの隣のロシア人は、彼の部下に違いない。ミハイルから何らかのサインがあるはずだ。＜ミハイルがいる。部下もいる。点検中の白装束ひとりは味方だ＞十鳥はインカムに囁いた。＜了解＞　ミハイルの列を点検した白装束が、端で点検中の白装束に言った。「残りは、私がやりますから準備をしなさい」　言われた白装束は回収袋を持って戻って行った。　白装束（〝ミハイルの妹〟）が十鳥の列に来た。次々と作業をこなし、十鳥の番となった。白装束が十鳥を凝視した。そして目出し帽から大きな目を見せ、瞬いた。合図だ！　十鳥も瞬いた。「身分証を出しなさい。通信機器はこの袋に入れ、ないで」白装束が回収袋を出し、「これで全部ですね」と言って、隣に移った。隣もアウトドアスタイル黒づくめの十鳥班の要員である。瞬きし、回収袋を出し、次々と移動して行く。十鳥の部下たちも、通信機器を回収袋に入れたフリをしていた。　白装束が最後部の海人たちのところに来た。白装束の目が瞬いた。「身分証を。私はアキロマ教授の妹ですよ。通信機器を出しなさい。NO」　海人は黙って瞬き、回収袋に手を入れた――通信機器を入れたフリ。「隣の人も――」　そして点検を終えた白装束が前方に戻って行った。（続く）参考まで。１．ミハイル。彼の実像はロシア対外情報局の局長イワノビッチであり、アキロマ教授でもある。既述している。２．〝私の妹〟は、イワン・スワノバ・エカニーナである。彼女は、イワノビッチ局長の妹だが、ロシア連邦内のイスラム原理主義過激派に潜入しているロシア情報機関のスパイである。これまでの物語にそのようなことが水面下で描いている。ユルリ島から脱出して根室で教祖三神らテロ犯たちに合流。他にも数人合流した人物がいる。

2019年12月20日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5２）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット：大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5２）（この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）海峡の呪文（２）　十鳥チームが乗った漁船が、目標の漁船側舷に迫った。海霧で10メートル先が薄い影となって見えるだけだった。＜十鳥さん。60秒後、この船の船首を漁船側舷につけますよ＞船長が言った。＜了解した。40秒後に全員突入せよ！＞十鳥が命じた。＜了解！＞海人たち以外のチーム全員が一斉に応えた。30秒が過ぎた。20秒が過ぎた。10秒が過ぎた。１．２．３．４．５．６．７．８．９．１０＜ＧＯ！！＞十鳥が叫んだ。　同時に十鳥チームの班長を先頭に船首を飛んで漁船側面に突入して行く。漁船の裏側、つまり〝エゾッソ号〟の側舷では列をつくり北方四島観光調査団の一人ひとりが、自衛隊紫藤チーム5人のサポートを得て、漁船に乗り移っていた。20人ほどが〝エゾッソ号〟から避難を終えていた。残りは46人。そうドローン担当者がインカムで十鳥たちに同時中継している。　乗り込んだ十鳥チームのフロント要員が、音を消しつつ漁船側面を取り囲む。海人と榊原、ドローン担当を残し、十鳥が船首に立った。腹に脂肪がついた十鳥である。船が揺れると十鳥の体もふらついた。＜チーフ。早く＞班長が背中を押す。＜分かった。今乗り込む＞と応えた十鳥が、1メートル先に飛んだ。ぶつかった！　側面の壁に体ごと。ドスン！　と鈍い音を立てた。＜チーフ。大丈夫ですか！＞と言って、班長が十鳥の体を支え起こした。＜ありがとう＞十鳥はデッキに立ち深く霧を肺奥に入れると、＜紫藤チームの5人を捕まえろ。それから避難した者たちの身元を確認せよ＞十鳥が命じた。　十鳥チームの要員たちが左右から迫る。自衛隊の背広姿5人は、渡し板と〝エゾッソ号〟の避難口に別れて避難者を誘導している。十鳥チームの4人が海霧に紛れて自衛隊員の背後にいた。そこにいた自衛隊員3人の首筋に特殊警棒を当てると、自衛隊員が後ろ向きに倒れる。それは一瞬の出来事だった。海霧のせいか、逃げるのに必死だったのか、避難者たちの目にとまることはなかった。多分、後者の方だろう。その場に十鳥が行くと、要員の2人が避難者数人を漁船に乗り込ませ渡し板を空けた。そして〝エゾッソ号〟に乗り込んで行った。その１５秒後。＜チーフ。〝エゾッソ号〟避難口を押さえました＞＜よし！　残りの避難者を漁船に誘導せよ！＞十鳥は内心、首尾よく行ったのは良いが、さあこれからが本番だ、と呟いた。　海霧が薄くなった、その時だった。　漁港の監視要員から連絡が入った。＜チーフ。白いワゴン車２台が〝エゾッソ号〟の手前で停車。おっ！　白装束の５人、いや１０人がワゴン車から降りました。おっ！　車椅子の白装束もいます。皆、忍者のような姿で顔が見えません。おっ！８人が自動小銃を構えて……車椅子の奴に付き添っている奴は背中にボンベのような物を背負っています。チーフ！　奴らが〝エゾッソ号〟乗り場の係スタッフ２人、３人、４人を自動小銃で殴り気絶させました。おっ！　奴らが〝エゾッソ号〟に乗り込んで行きます＞　十鳥が叫んだ。＜三神ら１０人が〝エゾッソ号〟に乗り込んでいるぞ。自動小銃で武装している。三神は車椅子だ。傍にダーティーボムを背負った男がいる。避難口を閉じろ！＞＜チーフ。避難口を閉鎖しました＞＜我々は客室内にとどまるぞ！　一か八かだ！　堀田先生たちとドローン担当者はそこにいろ！＞十鳥は早口で告げた。と同時に疑念が増した――紫藤の奴らはどうした！　みすみすと三神らに〝エゾッソ号〟を占拠させるとは？　何かを企んでいるに違いない。何だ！＜十鳥より。倉庫の班長へ。ユルリ島のS班長チームが港に着いたら、用意してある漁船で〝エゾッソ号〟を追尾し、後方支援に当たってくれと＞＜了解。S班長らは１０数分後に到着するとのことです。我々も合流します＞＜十鳥。了解した＞　十鳥たちは急ぎ客室内の乗船者たちに怒鳴った。「私たちは公安警察の者だ！　この船がテロ集団に占拠された。あと十数秒で客室に侵入してくる。静かに椅子の下に伏せてくれ！」乗船者たちは一瞬躊躇したが、十鳥の迫力に危機感を感じてその場に伏せた。　〝エゾッソ号〟に乗り込むなり、三神らの先鋒５人が客室外のデッキ三方を取り囲んだ。そして車椅子の三神と付き添いがゆっくりと客室内のドアを開けた。それと同時に漁港の背後の建物から火炎がかすかに見えた。岸壁側のデッキにいたテロ要員２人が、血飛沫を宙に散らせ仰向けに崩れた。それを見た車椅子傍の白装束が叫んだ。「狙撃だ！　側舷に隠れろ！　２人は操舵室に行き船長に船を出させろ！　残りの者は客室内に来い！　教祖先生を守れ！」　十鳥たちは、客室内で伏せ三神らが入って来るのを見ていた。いきなり殺されるはずはない！　６５秒の時間は与えられるはずだ！　それにしても官邸の犬、紫藤がやすやすと三神らをこの渡航船に乗り込ますのは怪しい。十鳥は心中で呟いた。　ん？　この匂いは何だ？　やけに刺激臭がするぞ！　十鳥が床を嗅いで感じたのだった。匂いを嗅いでいる場合ではない！＜皆、防弾チョッキを被せたバックパイプを盾にして後方椅子に隠れろ！＞＜チーフ。そうしています。了解＞船室内の要員全員が応えた。　車椅子の白装束と５人のテロ犯が客室内に入って来た。白装束は頭から足元まで包む姿だった。目だけを出した白装束のテロ犯たちは車椅子の白装束を除き、帯に刀を差し、両手には自動小銃が握られている。客室内が騒然とした。テロ犯たちの異形の姿を見て驚愕したからだ。乗客の大半が長椅子の下に伏せながら体を震わせている。中には「命だけは、命だけは」と喚く者もいる。　車椅子の傍に立つ白装束が客室内に発した。「この北方四島渡航船を占拠した！　これから国後島に向かう！　無駄な抵抗は命取りになるぞ！　私の指示に従え！」　〝エゾッソ号〟の船底が蠢いた。客室内の床が震え出した。その時、数発の銃弾音が客室のガラスに当たった。が、客室の大型窓ガラスは傷跡を残し割れなかった。　床に伏せていた十鳥がインカムに囁いた。＜三神らは客室内に６人。自動小銃と刀で武装。三神の横の白装束の男が〝ダーティーボム〟を背負っている。ガラスが撃たれたが、窓は防弾ガラスに改修されている。撃ったのは自衛隊の紫藤チームだ。国後に向かうようだ。床がやけに匂う。特殊警棒、催涙弾の用意。バックパイプを盾に突撃の準備。こちらは４人だが、班長らは〝ダーティーボム〟の男。残りの俺たちはテロ犯４人を――俺の指示で一斉に突撃。〝ダーティーボム〟の起爆だけは、何としても止めるんだ＞＜了解＞要員たちの囁く声が応えた。＜十鳥さん。了解した。私と十鳥さんの部下が船の後部に隠れている。後部のデッキには誰もいない＞海人の声だった。十鳥の心中が動揺した。まさか堀田海人とドローン担当の部下が乗り込むとは思っていなかったからだ。ん？　榊原先生は？　＜私の娘はどうした。まさか……＞十鳥がインカムで囁く。＜船に残した。５０メートル離れて追尾している＞ドローン担当要員が応えた。＜分かった＞十鳥が安堵したかのような細い声で応えた。　〝エゾッソ号〟が歩く速さの２ノット強で港を離れている。三神らが時間を稼いでいるようだった。３分経った時だった。突然、大音響の音が船内外のスピーカーから流れ出した。が同時に、船外のスピーカーは操舵室の外上の両脇にあるが、紫藤らの狙撃――消音付きライフル――が２つのスピーカーに集中した。客室にいた十鳥らにもそれが分かった。だが、外部のスピーカーの大音響は止まない。この数秒後、大音響がぷつっと切れた。それに車椅子の白装束が反応し、横の男に何かを怒気鋭く命じた。すると横の男が隣の白装束に顎で合図した。隣の男が慌てて出入り口から外デッキに飛び出した。　船室内のスピーカーから陰々とした曲が流れている。十鳥には、その曲はかび臭い葬送曲のように思えた。だがなぜ外の大型スピーカーが切れたのだ？　銃弾は当たっていないはずだ！　十鳥の脳裏に疑問が残ったが……。　追尾している漁船操舵室にいる榊原にも〝エゾッソ号〟の客室で囁く十鳥の声と、あの葬送曲が聴こえている。〝エゾッソ号〟外部のスピーカーが突然切れたことも。「船長さん。〝エゾッソ号〟の外のスピーカーには銃弾は当たっていませんよね？」榊原が訊いた。「ぜんぜん当たっていないよ。この霧だからな」「あの外部のスピーカーが突然切れましたが？」榊原が訊く。「操舵室内にスイッチがあるからな」船長が応えた。「船長さん。テロ犯が操舵室にいるとしたら……？」「船長が切るとは思えないな。外部リモートコントロールもあるよ」「船長さん。電波のリモートコントロール？」「そうも言えるな」　やや間があって、榊原が船長に訊いた。「外のスピーカーを切ったとしたら、なぜでしょう？」　船長も間を置き応えた。「あの外部スピーカーからの大音響を阻止したかったからかな。だってさ。根室港一帯に轟く大音量だよ」「そうね。船長さん。教えていただき感謝するわ」　榊原の勘が働いた。榊原がインカムに言った。＜十鳥さん。榊原です。外部スピーカーは、外部からリモートコントロールでスイッチを切った可能もありそうですって。船長さんが言っています＞＜おお、ありがとう。ピンと来るものがあるぜ。船長によろしく＞と言った十鳥は、得心出来るものがあった。官邸は、この事件を国民に伏せる必要があるからだろうと。密かに事を、我々をも始末したいからだと。他にも紫藤１佐は企んでいるはずだ！　そう思った十鳥は、妙に腹が据わった。　嫌に明るく落ち着いた十鳥の声を聴いた榊原は、急に心配が増してきた。海人さん！　絶対ですよ！　無事に戻って！　後ろ横８時方向から追尾している、榊原が乗った漁船から〝エゾッソ号〟が、白い影となってスピードを落としているのが見える。その光景を見つつ、榊原が胸で十字を切った。『どうか海人さん、十鳥さんたちが無事に戻られますよう天上の御神に、イエスキリストの御名を通してお願いいたします。アーメン』　祈り終えた榊原は呟いた――今の祈りは不完全だわ。祈りは私的な事からお願いするものではないわ。祈りなおそうかな。でも神様は一度しか聞いてくれないとも、高校の神父さんが言っていたような……気もするわ……本当かしら？　この漁船には、〝エゾッソ号〟から避難した２０人ほどが乗っていたが、ドローン担当要員が避難者の身元を確認し、スマホなどの外部との連絡手段を取り上げていた。自衛隊の紫藤1佐が用意した漁船の船長ら乗組員を残し――その漁船の通信機器を壊し、船長たちが持っていたスマホ類は取り上げていたが――この漁船に移動させていた。その時、ドローン担当要員は彼らに告げていた。正確には成りすまして言ったのだ。『我々は北海道警察です。危険性のある情報があったので、一応ですが避難していただきました。〝エゾッソ号〟に残った方々も安全です。ただし、本部から指示があるまでは、スマホ、携帯の使用は禁じられていますので、この袋に入れてください』　避難者たち全員が快くスマホ等を袋の中に入れていたのだった。避難者の中には政府・政権与党の国会議員・北海道庁関係者はいなかった。皆、年配の男女だけだ。また、捕まえた自衛隊員たち5人は、避難者たちに知られることなく狭い穴倉で眠らされていた。（続く）

2019年12月18日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5１）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット：大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5１）（この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）海峡の呪文（１）　十鳥チームが霧で煙る根室港に着いたのは、午前１０時１５分だった。海霧はいつになく濃かった。　十鳥チームの乗ったワゴン車は、根室港の西側、港が見渡せる標高５０メートルほどの小高い道路脇に停車した。ここから東３００メートル先に〝エゾッソ号〟がその白い船体を横づけしているのが見える。北海道庁が借りている〝エゾッソ号〟――排水量８００トン。操舵室の背後には会議室と１００人分の長椅子式の客室がある――に、日露北方四島経済協力の一環である北方四島観光事業事前調査団の一行が、数台の貸し切りバスから降り乗船階段を、列を成しゆっくりと登って行くのが見えた。政府関係者、関係する国会議員、道庁関係者、そして観光事業者の総勢６６名が乗り込み始めていた。「Tより。Wへ。今地点に着いた」十鳥が根室港の漁港倉庫内に配置していた、W要員（苗字の略）にインカムで伝えた。＜Wより。チーフ、お待ちしていました。電波妨害、ジャミングはないです＞「了解した。じゃあストレートで言うぞ。自衛隊の紫藤１佐のチームは？」十鳥が訊いた。＜奴らの５人は、すでに〝エゾッソ号〟に乗り込みました。服装は普通の背広を着ていました＞「官邸のお墨付きがついた警備要員としてだな？　武器類は持っていたか？　紫藤１佐は乗ったか？」十鳥が矢継ぎ早に訊く。＜カバン一つだけです。武器は持っていないと思います。紫藤は乗りませんでした＞「武器を持っていない！　カバンだけか！　紫藤は乗らなかったのか――何故だ！」と言った十鳥は、はたと気づいた。「５人だけか？　１５人ではないのだな？」＜チーフ。５人です＞「カバンひとつだな？」＜チーフ。そうです＞「よし分かった。W班二人には改めて指示する。監視を続けていてくれ」と言った十鳥は、怪訝な表情を浮かべた。乗船したのは５人だけで武器も持っていないって！　カバンだけだが危険な匂いがするぞ！「W班へ。これからが本番だ。しかも命の保証はない」＜了解しています＞W要員は毅然として応えた。　この数分後、十鳥の特殊携帯が鳴った。札幌公安調査局の野村局長からだった。十鳥は特殊携帯を見据え、ゆっくりと耳に当てた。始まったか！　三神ら悪魔どもは来たか！　いや！　紫藤も三神も悪魔どもだ！　いや！　悪魔どもを操る背後霊が真正なる悪魔なのだ！＜十鳥さん。教祖三神のワゴン車２台が根室郊外のアジトを出ました。根室港には１０分で行く。こちらの要員は定点で監視しているので、都度報告します。それと紫藤が率いる自衛隊チームが港外の一軒家に陣取っています。それと〝幸福の道義〟信徒の自衛隊員の怪しげな動きが道内各地の駐屯地で……本庁の同僚からは東京でもみられるとのことですが、こちらは監視のみにとどめていますよ＞　十鳥は少し間を置き野村局長に訊いた。「紫藤１佐のチームは、狙撃の準備はあるのか？」＜あると思います。そう考えた方が安全です。十鳥さん＞「あのあくどい官邸のやることだ。さすがに港では狙撃はないだろう？」野村に十鳥が訊いた。＜十鳥さんの言うとおりだ。官邸サイドは緘口令を敷いている。いつものことだがね。だが、何かの方法で十鳥さんたちと教祖三神らを抹殺するはずだ＞「何かの方法――分かった。その前提で行動しよう。またな」　通話を終えた十鳥は、海人と榊原に告げた。「堀田先生たちは、我々の後ろにいてくれ。紫藤チームが我々を狙撃する可能性があるからだ」　海人は榊原と頷いた――死中に入ったぞ！　考古学とは無縁だが墓堀人のツケが廻って来たぞ！　十鳥が部下たちに訊いた。「手配の漁船に乗るのは何時だ？」「まもなく港の西端に現れます。そこに我々は今から移動し、漁船に乗り込みます」要員が応えた、その時、双眼鏡で港を監視していた他の要員が言った。「チーフ。漁船が現れました。数分で港端に着きます」「来たか。行くぞ」十鳥が指示した。いよいよ最終決戦だ！　やるかやられるか！　やるに決まっているんだ！　ワゴン車は坂道を下りて行く。相変わらず海霧が煙幕を張っていた。「W班。今漁船に向かっている。三神と紫藤チームの監視に注視してくれ」十鳥が言った。＜W班。了解しました＞　根室港の西端には１０隻程の漁船、遊漁船が停泊していた。海霧の帳がぼやっとそれらの影を映している。十鳥のワゴン車が港の岸壁に着くと、札幌公安調査局の野村が私的にチャーターした４．９トンの遊漁船がタイミングよくその姿を大きくし、ほどなく岸壁に来た。十鳥チームは、ワゴン車から大型のバッグを人数分降ろしていく。最後に海人と榊原がバックパイプを背負いワゴン車から降りた。もちろん、十鳥チームは、ワゴン車を盾にして側面を船に向けている。狙撃を警戒してのことだ。　十鳥チームの全員が漁船に乗った。「船長よろしく。これからの手順は野村さんから聞いているように。銃撃の危険があることはご存知ですね？」操舵室の窓越しに、十鳥は船長の顔を見て言った。「ええ、任せてください。十鳥さん」インカムをつけ日焼けした屈強の船長が応えた。「じゃあ行くとしよう」十鳥が言った。　漁船は〝エゾッソ号〟の背後に向け岸壁を離れた。十鳥チーム全員が左舷に身をかがめて装備を確認していた。左舷は海側。陸からの狙撃と監視を避けてのことである。海上の霧は深く濃い。天は味方している。そう十鳥は思った。　船尾側舷にいた十鳥のインカムに船長から連絡が入った。＜十鳥さん。レーダーに不可解な漁船が〝エゾッソ号〟の海側側舷に寄り添うように接舷しました。肉眼では見えません。どう見ても不可解です＞「分かった。船をその漁船の外側に近づけてくれ」＜そうします＞　十鳥がインカムで言った。「ドローンを飛ばしてくれ。聴いていたと思うが、〝エゾッソ号〟の背後に怪しげな漁船がまもなく接舷する。ドローンの赤外線カメラで人影を捕捉してくれ」＜了解＞十鳥のインカムにW班から連絡が入った。＜W班より。チーフ。乗船が終わりましたが、三神等の輩はまだ来ていません。さらに紫藤１佐のチームの動きもありません＞「〝エゾッソ号〟の出航はもう間もなくだな？」十鳥が訊いた。＜この濃霧ですので、一時間ほどは遅れそうです＞W班が応えた。「根室海峡の日露中間線にはどれほどで行くのか？」十鳥が訊いた。＜一時間ほどです＞そうW班が応えた時、ドローン担当要員から十鳥のインカムに大声が入った。インカムの必要がないほどだった――十鳥から５メートルしか離れていない。＜チーフ！　〝エゾッソ号〟背後の漁船に〝エゾッソ号〟から続々と乗り移っています！　今、６人が＞「何っ！」と叫んだ十鳥が思わず霧空を見上げた。その低空を口ばしの赤い南国調の鳥がつがいで飛んで行った。「堀田先生たちよ。今あの霧の中を口ばしの赤い鳥２羽が飛んで行ったが、温暖化のせいかな？」＜十鳥さん。その鳥はエトピリカではないでしょうか＞榊原が応えた。　十鳥はエトピリカを知らなかった。北の空に南国の鳥が……ん？　そういうことか……十鳥は固定観念を取り払った。それは何が目的なんだ！　決まっているじゃないか！「〝エゾッソ号〟の一団は、背後の漁船に避難しているのだ。今でも乗り移っているのか？」＜続々と乗り移っています。チーフ。今まで１５人です＞ドローン担当が応えた。「自衛隊の５人を除けば５６人の乗客関係者と船長をはじめとした乗組員だけだな。船長！　５６人が背後の漁船に乗り移ると同時に、この船を背後の漁船に接舷してくれ！　そして〝エゾッソ号〟に乗り込むぞ！」十鳥が言葉を強くした。＜了解しました。あと５分で背後の漁船に接舷できますが、指示で接舷しますよ＞船長が応えた。「全員に告ぐ。漁船に乗り込んでから〝エゾッソ号〟に避難口から乗り込むぞ。戦闘の準備だ！」＜了解した＞海人と榊原を除く全員が応えた。　戦闘準備と十鳥が言ったが、武器類は無いに等しい。あるのは催涙弾と特殊警棒だけである。その中、海人はバックパイプから〝手製のパチンコ〟を取り出す。玉はどこかのパチンコ店でかすめ取った１００発ほどを、防弾チョッキ裏、アウトドアジャケットのポケットに入れた。何かの役に立つかも、と呟きながら。以前、雪中ソロキャンプで試したものだった。３０メートル先の的を命中するほどの腕前だ――少年時代に友達から教わったパチンコ遊びだった――榊原は知らない。（続く）

2019年12月16日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5１）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット：大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（5１）（この物語に登場する人物、団体名はフィクションである。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）ユルリ島の決戦（２）　朝７時。昆布森漁港の駐車場にSチームの要員４人に釧路湿原から駆け付けた２人が合流した。そこに一台の黒いSUV車が来て停車した。札幌公安調査局のスタッフがSチームの班長に近づいて言った。「あの漁船です。船長は変わった苗字の〝若狭丸〟さんですが、ユルリ海峡とユルリ島に熟知した方ですので、この濃霧でも安全に行けます。ああそれから放射能検知器２個と催涙ガス弾、それからゴム弾銃６丁を用意しました。我々は、この港で待機しています。何かあれば連絡ください」「感謝する」S班長は手を差しのべて言った。「ご無事に奴らを捕まえるのをお待ちしています」公安の男が手を差し出し強く握った。　若狭丸船長の漁船は、濃霧の海にゆっくりと小さな港を出た。船のディーゼル音だけが霧の中に響いている。　船尾側にSチームらの要員がいて、装備を着けていた。S班長の特殊携帯が震えた。十鳥からだった。＜どうかね？　塩梅は？＞「無事出航しました。濃霧の中を船は進んでいます。１５分程かけてユルリ海峡を渡る予定です」S班長が緊張を押さえて応えた。＜ゆるりと行ってくれ。頼んだよ。我々は、今根室港に向かっている。朗報を待っている＞「ええ、ゆるりですね。チーフの方こそ、首尾よくいくことを祈っています」S班長は、十鳥の親父ギャグを軽くかわして応えた。＜ありがとう。じゃあまたな＞　昆布森漁港からユルリ島までの距離は２．６キロメートルだ。いつものように濃い濃霧が立ち込めている。船は南側に回り込んで航行している。〝敵のアジト〟は、周囲７．８キロメートルほどの島の東側にある。船は風下の西側に向かった。１０分後。そこは断崖になっているが、若狭丸船長は巧みに船を動かし船首を断崖に着けた。ベタ凪が幸いし、船は断崖にへばりついている。「今だ！　皆降りるぞ！」インカムでS班長が告げた。　次々と降りて行く。バックパイプを背負った一団。高さ１０メートルの断崖を登ると、平地に出た。濃霧は1メートル先しか見通せないほどである。S班チームは島を西から東へと横断して行く。笹が茂った高原を縦列で進んで行く。先頭のスタッフは赤外線ゴーグル（赤外線ゴーグルは全員がかけているが）をかけ、GPS位置表示器を見ながら歩く速度だった。2番目のスタッフは集音機を手に持ち続く。3番目のスタッフは、赤外線人感温度計器を見つつ続く。他のスタッフの手にはゴム弾銃があった。30分程歩くと、3番目のスタッフがインカムでささやいた。「班長。100メートル前方に何かがいます」「それは人か？」「人にしちゃ大きい形です」「馬じゃないか？」班長は事前にユルリ島の現況を確認していた。ユルリ島には野生化した馬がいることを。　3番目のスタッフが赤外線人感温度計器の映像を確認する。人の形ではない。何だ？　馬？　「班長。馬のようです」「了解。あと１００メートル行くと廃墟の番屋がある。そこが奴らのアジトだ。ここで攻撃態勢を整えるぞ」班長が告げた。「了解」全員が応えた。　釧路湿原を後にした十鳥のチームが乗ったワゴン車は、根室港に向かって国道４４号を時速８０キロメートル前後で疾駆していた。薄い霧が広がっていたが、見通しは良かった。すれ違う対向車線は。釧路・帯広・札幌に向かうトラックが多かった。どのトラックも同じスピードを出していた。つまり――速度違反で捕まる可能性が極めて低い。　車が厚岸を通り過ぎ山間部に入った時、十鳥の私用スマホが鳴った。＜やあ、十鳥さん。〝エゾッソ号〟は、１３時３０分に根室海峡の中間点に向かう。私も乗る＞ミハイルからだった。「今向かっている。１１時前には着く」十鳥が応えた。＜ああ、これだけは伝えて置く。ユルリ島のアジトに〝私の妹〟がいる。彼女は私の協力者だ。奴らを捕まえたら、上手く彼女を過激派の仲間から離してくれ。奴らの情報元でもある＞「おおそうか、了解したぞ！　名前は？」＜ミハイルの妹と言えば分かる＞「彼女は美人か？」＜私の妹だよ＞「そうか。じゃあ美人じゃないなあ」＜相変わらずだね、十鳥さんは＞「何っ！　この事態の始めに〝魔女〟がいたんだぞ！　魔女って、おおむね美人だろうに！」＜いずれにせよ、敵は二組いる＞「分かっているよ。イスラム過激派と組んだ教祖三神の一派と官邸の犬どもの一派だな？」＜そうだ。私が注視しているのは、官邸の犬ども、十鳥さんの言葉を借りればだがね＞「官邸の犬以外に如何なる表現が出来ようか」＜まあそうだがね。奴らにも十分気をつけてくれ。命取りが命を取られることになりかねない、いや、官邸の犬どもは、必ず十鳥さんたちの命を狙うだろう。三神のグループもだが＞「ミハイルさんよ。冗談抜きで――了解した」＜では、根室漁港の〝エゾッソ号〟でお会いしましょう＞「会いたくないが、会わざるを得ないからな」　十鳥とミハイルのやり取りには、２人だけの阿吽の意気が吸うことなく吐き出されていた。　仮名ミハイルは、ロシア対外情報局局長のイワノビッチだが、日系ハーフの２世であり顔は日本人の父親のDNAを受け継いでいる。（初めから読まれている方なら、イワノビッチの父親が満蒙青少年義勇軍の志願少年だったことを覚えているはずだ。また海人の父親・堀田大和とノボシビルスクの収容所ラーゲリで死生を共にしていたのだった。この長編冒険小説のプロローグでは、堀田海人と内調の十鳥、この二人が絡んだ出来事から始まった。最終章に入って、二つが一つに収斂していき、日本の現政権の陰謀とロシアの内在する問題、そして新興宗教教祖の三神らの野望が三つ巴形となり、意想外の結末を迎えつつある）　イスラム原理主義過激派のアジト手前１００メートルのところで、S班チームは円形をつくり待機していた。時刻は午前８時になった時、十鳥からS班長へ連絡が入った。その内容は、ミハイルの話したものである。＜〝私の妹〟＞についてだ。十鳥の話を聞いたS班長は、「了解」と短く応えた。それも十鳥から事前に言われていた。S班長は、全員にそれらを伝えた。＜〝私の妹〟＞を殺すな！　怪我もさせるな！　我々の大切な潜入協力者だ！　ユルリ海峡は海霧で覆われていた。S班チームが動き出した。直径８０センチメートル大の赤外線ドローンが海霧の中を上昇して行った。バッテリーの容量は３０分だが予備のバッテリーは３時間分ある。操作画面のモニターを担当要員が見つめている。ドローンがアジト上空５０メートルをゆっくりと旋回している。ドローンの立てる音は、ほとんど聞こえない。操作員がドローンを西側に回した。その時だった――廃屋の中で〝赤い影〟二つが入口へと動いたのが見えた。「班長。奴らが地下アジトから出始めました」　S班長が命じた。「取り囲め。正面に２人。左右に各2人」　全員が這うように持ち場に歩を進めて行く。S班長にはドローン担当要員が後ろから付いて行く。ドローンが5人の〝赤い影〟が廃屋の中で動いているのを捉えた。「今、5人が廃屋の中に出て来て何かをやっている。催涙弾の用意だ」「了解」「了解」　S班長が催涙弾を構えた。「中に8人の〝赤い影〟が見えます。何かを広げています。班長」ドローン担当要員がインカムで言った。その時、S班長から指示が出た。「催涙弾撃て！」　この０．５秒後、三方から催涙弾がブスブスと音を立て撃たれ廃屋の壁をぶち抜いた。「全員、ガスマスクを被れ！　催涙弾を撃ちまくれ！」　３０メートル先の廃屋の壁がぶち抜かれる音が轟いた。ドローン担当要員がモニターを見た。「班長！　8人の〝赤い影〟が床に伏せました！」「全員ゴム弾を床に伏せている奴らに向かって撃て！　撃ちながら中に突入せよ！」　左右のチーム要員が、バラバラとゴム弾を撃ちながら廃屋へと突進した。廃屋の中の8人は、無防備の常態でいた。左右の要員が廃屋の板壁を破って中に入った。催涙ガス弾の煙で、中は真っ白。「奴らは床にいる！　動きがない！　捕まえろ！」S班長が怒鳴った。　中に入った4人の要員がゴム弾銃で床下を払うと、奴らの体に触れて行く。「１名確保」「1名確保」「2名確保」「2名確保」「２名確保」「〝私の妹〟は、この中にいるだろう」「ゴム弾では怪我をしていないはずだ」「催涙弾で、奴らは無抵抗だ」　次々と奴らの腕に後ろ手錠をかけて行く。反撃はない。「8名確保」と要員がインカムで発した、その時、廃屋の中から拳銃音が連射された。地下入口から敵の一人がメクラ撃ちしたのだ。要員たちが入口に向けゴム弾、催涙弾を集中させて撃った。「撃たれた」とインカムが叫んだ。要員の一人が拳銃の弾丸に当たった。S班長が廃屋の中に突入した。「どこにいる！」「2時の壁にいます」この声が正面入り口の右方から聞こえた。白煙の中、S班長が壁に走った。「おい！　大丈夫か！」とS班長が怒鳴ると、足元から、「ここです」と部下が言った。S班長が手で探ると部下に触れた。「どこを撃たれた！」「胸ですので、肋骨が痛みます。防弾ベストで助かりました」「外に出すぞ」S班長が部下を側面の壁を足で蹴飛ばした。白煙が流れ薄まった。地下入口付近でゴム弾の音が連射されている。「そっちはどうだ！」S班長が訊いた。「反撃はありません。突入します」ゴム弾の音が止んだ。「先ず8名を外に引きずり出せ！　地下には2人で行け！　私も行く！」「了解！」「了解！」　後ろ手錠をかけられたアジトの輩、8人が外に引きずり出された。ユルリ島の決戦（３）　　地下室内に突入したS班長と要員２人がガスマスク越しに部屋の奥を見た。奥の方に数センチメートルのコの字形となった明るい隙間があった。白煙がその隙間から部屋内に入り込み、少し視界が開けた。「地下室の奴は、あそこの裏口から逃げたぞ」S班長がインカムに言った。「班長。先に私が行きます」要員が言った。「気をつけてくれ。罠が仕掛けられている恐れもある。後ろに私もついて行く」S班長が言う。「了解」　残った要員は、地下室内を見渡した。煙る部屋の片隅にPC等の機器類が整然と配置されていた。近寄って確認する。監視カメラのモニターが４台、外の四方を映していた。東側を映す画面を見た。「班長！　逃げた奴らは２人！　今、浜辺のゴムボートに乗りました！」「了解！　先頭と一緒に浜辺に出る」S班長が応えた。　要員は画面を見ていると、ゴムボートが高速で浜辺を離れて行く。「班長！　ゴムボートは浜辺を離れて行きます！　高速です！」要員が叫んだ。「見えた！　霧の中に消えて行く！　我々は戻る！」と言ったS班長は、特殊携帯を手に持った。「Sチームより。アジトから２人がゴムボートで逃げた。東の方へ。Sチームは、８人を確保した。これから昆布森漁港に戻る」S班長が昆布森漁港で待機している札幌公安調査局の要員に告げた。＜了解……何だあ！　ちょっとSチーム待ってくれ！　１分以内に連絡する……やばい……＞公安調査局の要員が動揺した声を出し、通話が切れた。やばい！　何がだ！　嫌な予感がS班長の脳裏を走った。１分が１時間に思えた時、公安調査局の要員から連絡がきた。＜緊急事態発生！　自衛隊レンジャー小隊がユルリ島に上陸攻撃する。１０分後だ！　完全武装でだ！　逃げろ！　直ちに！＞「まずい！　了解した！」S班長が叫び返した。そしてチーム全員にインカムで告げた。「自衛隊レンジャー小隊が攻撃に来る！　捕まえた８人を急ぎ船に乗せろ！　昆布森漁港に逃げるぞ！」「了解した！」一人を除き全員から同時に返事があった。　地下室内にいた要員のインカムにも伝わったが、彼は一台のPC画面にくぎ付けになっていた。モニター画面に『ミハイルの妹より。私はダミーのダーティーボムと一緒に。このPCモニターの裏にUSBを張り付けてあります。奥横に武器庫のみ。そこにも避難トンネルがあり、西側の断崖上に出ます』と書かれていた。彼は即座にS班長に伝えた。「班長！　全員を地下室内に連れて来てください！　逃げ口があります」　この数分後、S班長チームの６名と〝捕虜〟８人が地下室内に来た。　S班長がPC画面を確認した。監視モニターを見ていた要員が、来たあ～！　と叫んだ。S班長が急ぎ監視モニター画面を見た。自衛隊レンジャー小隊を載せた揚陸急襲船が、東の浜約１００メートルの前方海上、霧の中から姿を現し近づいていた。やばい！「班長！　武器庫へ！」「分かった！　全員を連れて逃げろ！　私は武器庫の入り口で防ぎ時間を稼ぐ！」「班長！　自分も班長と一緒に行動します！」「自分も」「自分も」　S班長が怒鳴った。「俺と彼一人だけだ！　皆、急げ！」彼とは、モニターとPC画面を見つけた要員だった。S班長は〝私〟から〝俺〟に変えていた。戦闘モードに入り、アドレナリンがそうさせたのだった。「了解！　USB一個を渡します！　班長！」「それは他の者が持って行け！　俺たちは時間稼ぎするだけだ！　ゴム弾と催眠弾はすべて置いて行ってくれ！」言い終えたS班長は、インカムで若狭丸船長に伝えた。「若狭丸船長。聴いていた通りだ。皆がそちらに行く。３０分以上はかかるだろう」「若狭丸は待っているよ。皆さんを昆布森漁港に運ぶよ」落ち着いた声、若狭丸船長の返事だった。S班長は、ほっと溜息をついた。何故？　若狭丸船長は落ち着いていられるんだ！　との疑問もあったが。「自衛隊が上陸しました。こちらの様子を見ています」「武装装備は？」S班長が訊いた。「自動小銃と機関銃だけのようです」「よし！　分かった！　さあ皆行け！」　地下室内にS班長と要員１名が残った。「班長！　武器庫にライフル銃など１０丁と手榴弾が山ほど。それに弾丸１０箱あります。それと閃光弾も２箱」事前に武器庫を調べていた要員が伝えた。気が利く男だ！「閃光弾は使えるが、自衛隊員を殺すわけにゃいかない。催涙弾と閃光弾、ゴム弾で時間稼ぎだ。ん？　手榴弾？」「班長！　自衛隊小隊が動き出しました」「小隊だから、十数人かな？」「班長！　１５人です！」「少なくて助かりそうだ」S班長が本音を吐いた。彼には根拠があった――この廃墟を１５人の自衛隊員が取り囲むはずだからだ。地下室の入り口は一か所。１５人が束になって急襲するには狭すぎる。他にも。俺たち警察SATの方が、自衛隊員よりも実戦経験が多い。（ちょっと皮肉な事ではあるが）「おい！　自衛隊員は俺たちを殺すことが目的だから、これからいきなり撃ってくるぞ！　自衛隊員が撃ってきたら、俺がゴム弾を乱射するから、東トンネル、あの出口を手榴弾で崩壊させろ！　それと外に向け閃光弾をばら撒け！　突入する直前に、俺はこの廃屋を爆破する！」そうS班長が言ったと同時に、銃弾がバラバラと廃屋に飛び込んできた。要員が腹ばいになって手榴弾３発を東トンネル入り口ドアの中に放り込む。S班長も閃光弾を廃屋の外にばら撒く。弾丸がS班長の顔をかすめた。東トンネル内部で手榴弾が鈍い音響とともに爆裂！　「武器庫に入るぞ！」S班長が叫んだ。要員と武器庫に飛び込んだ。バラバラと銃弾が廃屋内を飛ぶ。室内のすべてが木っ端みじんとなって宙を舞う。自衛隊員の雄たけびが聴こえた。「突入してくるぞ！　先にトンネルに入れ！」S班長が命じた。「班長が先に行ってください」「バカ野郎！　俺の命令に従え！」S班長が要員の背中をどんと押した。銃弾が武器庫付近に集中し始めた。「班長！　待っています！」「当たり前だろう！　我々は死ぬわけにゃいかない！　十鳥チーフが望まぬ！」そう言ったS班長が、手榴弾数発を廃屋内に放り込んだ。５秒後、手榴弾が破裂。一瞬、自衛隊員の雄たけびが止むと同時に、廃屋の屋根がどっと崩壊した。S班長は武器庫内のトンネルドアを開け飛び込む。そこに要員が待っていた。「まだいたのか――逃げよう！　先に行け！」１０数メートル行くと、S班長は赤外線ゴーグルを着け、武器庫に向け催涙弾と閃光弾、そして手榴弾数発を投げた。そして逃げた。トンネルは人ひとりが立って歩ける代物だった。後ろで爆裂音が轟く。トンネルは崩落したはずだ。これで逃げる時間は稼げる。そう呟き、S班長は要員の後ろに続いた。トンネルの中は真っ暗だった。船とインカムは通じない。S班長と要員は、出口へと競歩選手のように歩いた。トンネルの中は暑かった。くそ！　真夏の競歩じゃないか！やけに距離が長く感じた。これじゃ、東京でマラソン・競歩競技は無理だ！　俺はバカだな！　そんな場合ではないのだ！　２０数分が経った。S班長の紫外線ゴーグルに赤い人影が映った。「班長たちをお待ちしていました。ご無事で良かった」待っていた要員が言った。「船に乗ったか？」S班長が訊いた。「他の者は乗りました。ここを２００メートル行くと岸壁です、降りたところに若狭丸船長の船〝あかまち号〟が接岸しています」「急ごう」とS班長が言い、ゴーグルを外し隠し扉を開けた。外は冷えびえとした外気が顔を撫でた。相変わらず濃い霧が覆っていた。幸いにも。　S班長らが〝あかまち号〟に乗り込むと、船は岸壁を離れた。インカムに若狭丸船長の声が入った。「ご無事で――。急ぎ昆布森漁港に戻ります。レーダーでは、周辺には危険な船は見当たりません」「自衛隊の上陸船は？」S班長が訊いた。「映っていません。もしかしたらステルス船ではないでしょうか」若狭丸船長が応えた。余談だが、若狭丸船長は沖縄から移住して来た。本人が言うには、家内が昆布森の出身で実家が漁師だったとか。彼は沖縄では海上自衛隊の３佐で哨戒艇の船長だったが、現政権が強引に推し進める（沖縄県民の意志を無視した）辺野古埋め立て米軍基地移転に嫌気を差し退職。趣味の船釣りを活かして昆布森漁港で遊漁船兼観光船をやっていた。札幌公安調査局の野村局長とのつながりがあった。詳しい事は分からないが。　〝捕虜８人〟の確認は終わっていた。イラン人のラムディ・ムハンマドと妻の〝狸ババ〟、留学生のイスラム原理主義過激派の輩だった。だが、〝ミハイルの妹〟であるエカニーナとモサード・アブラム、そして替え玉の三神はいなかった。　S班長が公安調査局の要員に告げた。「エカニーナとモサードはゴムボートで花咲港方向に向かっている。多分、根室港に行くのだろう。我々も港に着いたら、根室港の十鳥チーフと合流する」「了解した。〝捕虜〟は我々が秘密裏に拘留する。ご無事で――またお会いしましょう」　この１０分後、若狭丸船長の船が昆布森漁港に接岸した。　Sチームの要員たちが、用意してあったワゴン車に乗り込んだ。その時、霧中の空からバタバタと唸るヘリの音が聴こえてきた。音は明らかに富士重工ライセンス生産陸自の戦闘ヘリ・AH-ISのそれだった。音は根室方向、東に向かって遠ざかって行く。　午前１０時過ぎ、十鳥たちのワゴン車は根室市内に入った。根室の街はいつものように静かだった。警察も動いていない。官邸の指示があったからだ――この状況を国民には秘匿せよ！　参議院選挙の結果が出た。政権与党は辛うじて過半数を占めた。十鳥がそれをスマホで確認した。官邸の騙しが利いている。なんて国民は騙されやすいんだ。そう呟いた十鳥は、ぐいっとスマホのスイッチ押し画面を消した。　十鳥の特殊携帯に連絡があった。「おお、S班長か。無事で良かった。こちらはこれから根室港に行く。待っている」十鳥は短く言った。すでに札幌公安調査局の要員から詳細な報告があったからだ。十鳥は内心ほっとしたが、罵った。犠牲者を出す訳にゃいかないのだ。官邸の野郎どもめ！　人でなし！　売国奴め！　こんちくしょう！　殺されて堪るか！（続く）

2019年12月06日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（50）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。写真は、Huちゃんさんの「大阪港ダイヤモンドスポット：大阪港夕景・茜空」激写作品から借用させていただきました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（50）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）ユルリ島の決戦（2）　朝７時。昆布森漁港の駐車場にSチームの要員４人に釧路湿原から駆け付けた２人が合流した。そこに一台の黒いSUV車が来て停車した。札幌公安調査局のスタッフがSチームの班長に近づいて言った。「あの漁船です。船長は変わった苗字の〝若狭丸〟さんですが、ユルリ海峡とユルリ島に熟知した方ですので、この濃霧でも安全に行けます。ああそれから放射能検知器２個と催涙ガス弾、それからゴム弾銃６丁を用意しました。我々は、この港で待機しています。何かあれば連絡ください」「感謝する」S班長は手を差しのべて言った。「ご無事に奴らを捕まえるのをお待ちしています」公安の男が手を差し出し強く握った。　若狭丸船長の漁船は、濃霧の海にゆっくりと小さな港を出た。船のディーゼル音だけが霧の中に響いている。　船尾側にSチームらの要員がいて、装備を着けていた。S班長の特殊携帯が震えた。十鳥からだった。＜どうかね？　塩梅は？＞「無事出航しました。濃霧の中を船は進んでいます。１５分程かけてユルリ海峡を渡る予定です」S班長が緊張を押さえて応えた。＜ゆるりと行ってくれ。頼んだよ。我々は、今根室港に向かっている。朗報を待っている＞「ええ、ゆるりですね。チーフの方こそ、首尾よくいくことを祈っています」S班長は、十鳥の親父ギャグを軽くかわして応えた。＜ありがとう。じゃあまたな＞　昆布森漁港からユルリ島までの距離は２．６キロメートルだ。いつものように濃い濃霧が立ち込めている。船は南側に回り込んで航行している。〝敵のアジト〟は、周囲７．８キロメートルほどの島の東側にある。船は風下の西側に向かった。１０分後。そこは断崖になっているが、若狭丸船長は巧みに船を動かし船首を断崖に着けた。ベタ凪が幸いし、船は断崖にへばりついている。「今だ！　皆降りるぞ！」インカムでS班長が告げた。　次々と降りて行く。バックパイプを背負った一団。高さ１０メートルの断崖を登ると、平地に出た。濃霧は1メートル先しか見通せないほどである。S班チームは島を西から東へと横断して行く。笹が茂った高原を縦列で進んで行く。先頭のスタッフは赤外線ゴーグル（赤外線ゴーグルは全員がかけているが）をかけ、GPS位置表示器を見ながら歩く速度だった。2番目のスタッフは集音機を手に持ち続く。3番目のスタッフは、赤外線人感温度計器を見つつ続く。他のスタッフの手にはゴム弾銃があった。30分程歩くと、3番目のスタッフがインカムでささやいた。「班長。100メートル前方に何かがいます」「それは人か？」「人にしちゃ大きい形です」「馬じゃないか？」班長は事前にユルリ島の現況を確認していた。ユルリ島には野生化した馬がいることを。　3番目のスタッフが赤外線人感温度計器の映像を確認する。人の形ではない。何だ？　馬？　「班長。馬のようです」「了解。あと１００メートル行くと廃墟の番屋がある。そこが奴らのアジトだ。ここで攻撃態勢を整えるぞ」班長が告げた。「了解」全員が応えた。　釧路湿原を後にした十鳥のチームが乗ったワゴン車は、根室港に向かって国道４４号を時速８０キロメートル前後で疾駆していた。薄い霧が広がっていたが、見通しは良かった。すれ違う対向車線は。釧路・帯広・札幌に向かうトラックが多かった。どのトラックも同じスピードを出していた。つまり――速度違反で捕まる可能性が極めて低い。　車が厚岸を通り過ぎ山間部に入った時、十鳥の私用スマホが鳴った。＜やあ、十鳥さん。〝エゾッソ号〟は、１３時３０分に根室海峡の中間点に向かう。私も乗る＞ミハイルからだった。「今向かっている。１１時前には着く」十鳥が応えた。＜ああ、これだけは伝えて置く。ユルリ島のアジトに〝私の妹〟がいる。彼女は私の協力者だ。奴らを捕まえたら、上手く彼女を過激派の仲間から離してくれ。奴らの情報元でもある＞「おおそうか、了解したぞ！　名前は？」＜ミハイルの妹と言えば分かる＞「彼女は美人か？」＜私の妹だよ＞「そうか。じゃあ美人じゃないなあ」＜相変わらずだね、十鳥さんは＞「何っ！　この事態の始めに〝魔女〟がいたんだぞ！　魔女って、おおむね美人だろうに！」＜いずれにせよ、敵は二組いる＞「分かっているよ。イスラム過激派と組んだ教祖三神の一派と官邸の犬どもの一派だな？」＜そうだ。私が注視しているのは、官邸の犬ども、十鳥さんの言葉を借りればだがね＞「官邸の犬以外に如何なる表現が出来ようか」＜まあそうだがね。奴らにも十分気をつけてくれ。命取りが命を取られることになりかねない、いや、官邸の犬どもは、必ず十鳥さんたちの命を狙うだろう。三神のグループもだが＞「ミハイルさんよ。冗談抜きで――了解した」＜では、根室漁港の〝エゾッソ号〟でお会いしましょう＞「会いたくないが、会わざるを得ないからな」　十鳥とミハイルのやり取りには、２人だけの阿吽の意気が吸うことなく吐き出されていた。　仮名ミハイルは、ロシア対外情報局局長のイワノビッチだが、日系ハーフの２世であり顔は日本人の父親のDNAを受け継いでいる。（初めから読まれている方なら、イワノビッチの父親が満蒙青少年義勇軍の志願少年だったことを覚えているはずだ。また海人の父親・堀田大和とノボシビルスクの収容所ラーゲリで死生を共にしていたのだった。この長編冒険小説のプロローグでは、堀田海人と内調の十鳥、この二人が絡んだ出来事から始まった。最終章に入って、二つが一つに収斂していき、日本の現政権の陰謀とロシアの内在する問題、そして新興宗教教祖の三神らの野望が三つ巴形となり、意想外の結末を迎えつつある）　イスラム原理主義過激派のアジト手前１００メートルのところで、S班チームは円形をつくり待機していた。時刻は午前８時になった時、十鳥からS班長へ連絡が入った。その内容は、ミハイルの話したものである。＜〝私の妹〟＞についてだ。十鳥の話を聞いたS班長は、「了解」と短く応えた。それも十鳥から事前に言われていた。S班長は、全員にそれらを伝えた。＜〝私の妹〟＞を殺すな！　怪我もさせるな！　我々の大切な潜入協力者だ！　ユルリ海峡は海霧で覆われていた。S班チームが動き出した。直径８０センチメートル大の赤外線ドローンが海霧の中を上昇して行った。バッテリーの容量は３０分だが予備のバッテリーは３時間分ある。操作画面のモニターを担当要員が見つめている。ドローンがアジト上空５０メートルをゆっくりと旋回している。ドローンの立てる音は、ほとんど聞こえない。操作員がドローンを西側に回した。その時だった――廃屋の中で〝赤い影〟二つが入口へと動いたのが見えた。「班長。奴らが地下アジトから出始めました」　S班長が命じた。「取り囲め。正面に２人。左右に各2人」　全員が這うように持ち場に歩を進めて行く。S班長にはドローン担当要員が後ろから付いて行く。ドローンが5人の〝赤い影〟が廃屋の中で動いているのを捉えた。「今、5人が廃屋の中に出て来て何かをやっている。催涙弾の用意だ」「了解」「了解」　S班長が催涙弾を構えた。「中に8人の〝赤い影〟が見えます。何かを広げています。班長」ドローン担当要員がインカムで言った。その時、S班長から指示が出た。「催涙弾撃て！」　この０．５秒後、三方から催涙弾がブスブスと音を立て撃たれ廃屋の壁をぶち抜いた。「全員、ガスマスクを被れ！　催涙弾を撃ちまくれ！」　３０メートル先の廃屋の壁がぶち抜かれる音が轟いた。ドローン担当要員がモニターを見た。「班長！　8人の〝赤い影〟が床に伏せました！」「全員ゴム弾を床に伏せている奴らに向かって撃て！　撃ちながら中に突入せよ！」　左右のチーム要員が、バラバラとゴム弾を撃ちながら廃屋へと突進した。廃屋の中の8人は、無防備の常態でいた。左右の要員が廃屋の板壁を破って中に入った。催涙ガス弾の煙で、中は真っ白。「奴らは床にいる！　動きがない！　捕まえろ！」S班長が怒鳴った。　中に入った4人の要員がゴム弾銃で床下を払うと、奴らの体に触れて行く。「１名確保」「1名確保」「2名確保」「2名確保」「２名確保」「〝私の妹〟は、この中にいるだろう」「ゴム弾では怪我をしていないはずだ」「催涙弾で、奴らは無抵抗だ」　次々と奴らの腕に後ろ手錠をかけて行く。反撃はない。「8名確保」と要員がインカムで発した、その時、廃屋の中から拳銃音が連射された。地下入口から敵の一人がメクラ撃ちしたのだ。要員たちが入口に向けゴム弾、催涙弾を集中させて撃った。「撃たれた」とインカムが叫んだ。要員の一人が拳銃の弾丸に当たった。S班長が廃屋の中に突入した。「どこにいる！」「2時の壁にいます」この声が正面入り口の右方から聞こえた。白煙の中、S班長が壁に走った。「おい！　大丈夫か！」とS班長が怒鳴ると、足元から、「ここです」と部下が言った。S班長が手で探ると部下に触れた。「どこを撃たれた！」「胸ですので、肋骨が痛みます。防弾ベストで助かりました」「外に出すぞ」S班長が部下を側面の壁を足で蹴飛ばした。白煙が流れ薄まった。地下入口付近でゴム弾の音が連射されている。「そっちはどうだ！」S班長が訊いた。「反撃はありません。突入します」ゴム弾の音が止んだ。「先ず8名を外に引きずり出せ！　地下には2人で行け！　私も行く！」「了解！」「了解！」　後ろ手錠をかけられたアジトの輩、8人が外に引きずり出された。（続く）

2019年12月05日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４９）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４９）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）（60）　参議院選挙投開票の日（１）　７月２１日（日曜日）。現政権がこれまでの勢いである、３分の２の議席数確保を維持できるか否かが最大の関心事となった参議院議員選挙の投開票が始まった。官邸の読みでは、わずかな差だが３分の２の議席を取ったとしていた。　官房副長官の瀬戸際は、官邸内の選挙情報責任者でもあった。彼は官房副長官室で、民間の調査会社と与党選挙対策本部から逐次入る（FAX）投票集計データを官僚の官房審議官と分析していた。「予想外に苦戦している選挙区があるな。東北圏が軒並みひっくり返りそうだ。これだと３分の２が危ういぞ」眉間に皺を寄せて瀬戸際が呟く。「君たち。率直に言ってくれ。原因は何だと思う？」瀬戸際が審議官たちに訊いた。「秋田のイージス・アショワの件が東北全体に悪影響を……」審議官が瀬戸際の顔を覗いながら応える。「やはりな。私もそう思っているよ。上が急かしていたからな。防衛省の設置根拠が杜撰だった」「さらに２人区独占ができそうにありませんが……」他の審議官が言った。「そこなんだ。これは私見だが、政権の勢いに下降線の端が見えてきたな」瀬戸際が呟いた。審議官２人は押し黙った。瀬戸際も政界の風見鶏の１羽だ。ポスト首相の有力派閥の重鎮でもあったが、ポスト首相宣言に煮え切らない派閥の領袖の背中を、いつ押すべきか迷っていた。背中を押すとは、俺も一緒にドボンと渦巻く池に落ちる。それは議員生命にかかるが、やらなければ俺の立場の維持ができない――そう瀬戸際は自己保存本能で考えていた。＜だが、まだポスト首相を論じるのは早い＞＜現首相を頼り過ぎたのだ。上塗りにも限度がある。現首相の厚化粧は……＞　深く息をついた瀬戸際が審議官たちに言った。「今日は夜９時で、私は自宅に帰る。あとは君たちに任せたよ。上は了承済みのことだ」　ほどなく副官房室から審議官たちが去った。それを見届けた瀬戸際が、私用のスマホをカバンから取り出した。「瀬戸際だが、紫藤君、話せるか？」＜スマホは安全ですか？＞紫藤は盗聴を念頭に言った。「大丈夫だ。このスマホは他人名義のものだよ」＜了解。報告すべき情報があります。我々が知る三神は替え玉でした。自衛隊情報部からの情報で分かったことです＞「何っ！　三神にAとBがいるのか？」瀬戸際は唖然として脳内を巡らせた。「なぜ石原完彩は俺たちに黙していたのか？」＜石原完彩は、二枚舌を使っていたようです＞「何のためだ？」＜その理由はまだ分かりません。三神Aは根室に入りました。三神Bは釧路湿原の別荘にいて、明日、根室の花咲港に行きます。今手分けして三神Aと三神Bを追跡中です＞「そうか。三神Aの動向を注視せよ。奴を生かすな！　三神Bは安静中だろうに。花咲港に行っても何も出来ないはずだ。三神Aのあとに替え玉のBを始末せよ」＜了解しました。状況を随時報告します＞「紫藤君。くれぐれも抜かりなくな。頼んだぞ」＜了解＞　三神にAとBがいるが、三神Bは替え玉だった。‶幸の道義〟は、この数年間、三神B、替え玉を信徒の前にその姿を現せていた。当の教祖・三神は地中に深く潜り、密かに目的の準備工作をしていたのだった。軽井沢に行った三神は替え玉のBだ。公安調査庁が追っていたのも替え玉だったが、義父の石原完彩しかそのことを知る者はいない。だが、陸自情報部の紫藤１佐と瀬戸際は知った――　この会話を官邸の５０メートル傍にあるビル、その７階の‶日本野鳥研究所〟の‶壁の耳〟が聴いていた。〝壁の耳〟の責任者は、十鳥チーフ――今は自称のチームになっているが――の特殊携帯の会話の録音を送信した。夜９時過ぎ。この責任者も、瀬戸際が話した内容が最重要なものだと思っていた。ほどなく十鳥から〝感謝！　最重要な情報だ。あと数日、頼む！〟との返信があった。（続く）ユルリ島の決戦（１）　７月２１日の早暁。釧路湿原の別荘を撤収した十鳥の一団は、対岸のキャンプ地に戻っていた。　榊原が熱い珈琲を淹れていた。「これはありがたい」　マグカップの珈琲をすすった十鳥が告げた。「前夜の９時頃、盗聴チームから連絡があった。驚くことに、別荘の三神は替え玉だったのだ。追尾班から、替え玉の三神は根室の昆布森漁港に行き、港近くの漁師の家に入ったそうだ。１カ月前、ミハイルから無人のユルリ島に‶ダーティーボムテロ〟をやらかすイスラム原理主義どものアジトがある、との連絡があった。替え玉の三神は、恐らくそこで合流するのだろう。奴らはジハードを叫び、自爆覚悟だ」「じゃあ、本物の三上（三神）は？」海人が訊いた。「間違いなく三神たちは根室港に行く。今日の午前１１時に根室港から北方四島に渡る日露北方四島共同経済協力調査団の船‶エゾッソ号〟に乗るはずだ。乗る？　そうじゃない！　その船を襲撃し、日露の政府要人らを人質にして北方四島に渡るらしい。だが……ダーティーボムはどこで爆発させるのか……」そう言って十鳥は、東方の地平線を見た。湿原一帯は靄が立ち込め、どこまでも無限の灰色の光景だけだった。「くそ！　天空は奴らを助けていやがる」十鳥は罵った。「十鳥さん。ダーティーボムは２個あるんですか？」海人が訊いた。海人には、ユルリ島のダーティーボムと根室漁港の三上（三神）が持つダーティーボムが、十鳥の話から浮上していた。「ああそう考えるべきかな。教祖三神が手ぶらで根室港に行くとは思えないからだが……ユルリ島の奴らも持っていることは間違いないが……」少し呻吟して十鳥が応えた。「じゃあその二個のダーティーボムは危険ですね」海人が十鳥に訊く。「三神B。つまり替え玉は、ユルリ島で決着をつけるぞ。そこに〝見せかけのダーティーボム〟があるだろう。イスラムの過激派テロ犯たちを捕らえるのだ」と言って、十鳥は黒づくめのスッタフを見た。すると傍にいた榊原が訊いた。「十鳥さん。ユルリ島には〝見せかけのダーティーボム〟と言われましたが？」「先生たちよ。内緒にしていてすまん。三神らがロシアの政治マフィアから入手した〝ダーティーボム〟は、ミハイルの手、ロシアの情報機関の手で〝見せかけ〟とすり替えられていたのだ。しかも、その起爆装置も紋別漁港で〝無害化〟の物とすり替えていたのだよ。だから、〝見せかけのダーティーボム〟なんだ」十鳥は、７０年代の米兵の反戦忌避逃亡組織――海人の父が関わっていた――のことを触れなかった。この北海道道東のベトナム反戦組織は、ミハイルと海人の父である堀田大和がつくったものだった。　灰色に霞む釧路湿原が一層濃くなって、海人と榊原には見えた。「十鳥さん。では根室港の三神が持っているダーティーボムは、本物かも知れませんが？」榊原が訊いた。「まだ真偽のほどは分かっていない。本物だとすると――ロシア製ではない。日本製だな。それも根室港に行けば分かるはずだ」十鳥は目を泳がせて言った。海人と榊原は、目を合わせた。根室のは、どうも本物のようだな。そう思うわ。　十鳥は改めてスタッフに指示した。「頼めるか？　昆布森漁港にいるSチームとユルリ島に行ってほしい」「チーフ。任せてください。私と彼が昆布森漁港に行き合流します」「ユルリ島の海峡もガスっているはずだ。Sチームの４人とで、奴らを捕まえてくれ。奴らは飛び道具を持っているから、即応体制をとってくれ。殺しちゃ駄目だ。奴らこそが〝証拠〟だからな」そう十鳥は命じた。「事前にチーフから教わっていますので、完全装備で行きます。ガスっていても、赤外線ドローンで索敵します」「小一時間で着くだろう。５分後にここを去ってくれ」「チーフ。了解しました」「残りの我々は、これから根室に行く。２時間で根室港に着く。何が待ち構えているか分からぬが、車中、想定外の事態を想定するとしよう。堀田先生と榊原先生にも防弾ベストを渡してくれ」十鳥が他のスタッフに言った。そして十鳥は付け加えた。「先生のランクルは、ここに置いていくことにする。我々のワゴン車１台で根室港に行く」「テントは？」海人が訊いた。「先生たちのテントも、我々のテントもそのままにするぜ。事態が片付いたら皆ここに集合し、豪勢なバーベキューパーティーをするからな。そうなってほしいものだ」「十鳥さん。じゃあランクルのリュックをワゴン車に載せますよ」海人が言った。「体一つで良いのだが――」十鳥が応えた。「十鳥さん。危険な事態に参加するのですから、体一つでは嫁げませんよ」榊原が冷たく言い放った。「そうだった。お二人は前途洋々だから、リュックの二つは良いのか――」十鳥は、海人と榊原に笑みで返した。俺が司祭するから、結婚せよ！　司祭？　いや、牧師だった！「チーフ。特殊携帯が震えていますよ」部下が言った。十鳥は消音モードにしたままだった。「十鳥だが」＜野村（札幌公安調査局の局長）です。申し訳ない。替え玉を追っかけてしまって＞「いや良いんだ。本物の三神と側近たちは、どこに潜んでいるんだ？」＜報告したように、三神らは根室のアジトにいるようです。根室港から１０分ほどの信徒の家にいる、と分かりました。防犯カメラの分析とその信徒の携帯電話の盗聴で。奴らは総勢１０人ほどです。白いワゴン車２台。拳銃と日本刀を所持か。〝ダーティーボム〟も。十鳥さん。紫藤１佐のチーム１０人ほども根室港に入って待機しています。何か怪しい動きがあり得ますよ。道内の自衛隊の基地内でも＞「何っ！　自衛隊の基地でか！　それはどっちだ？」＜紫藤側でなく、三神側の動きです＞「ん？　謀反いやクーデターか？」＜まだそこまでの情報は入っていません＞「想定できることは――陽動作戦か三神と心中する輩か、そのどちらかだろう」＜自衛隊・防衛省に伝えるべきかな？　十鳥さん」「止めとけ。無駄だよ。耳を貸さんよ。民間人・市民には危険はないはずだ」＜了解した。秘密機関の大本営となっている官邸だからな＞「そうだよ。どうしょうもない官邸だ。身から出た錆びを食らうと良いぞ！　官邸は！」＜十鳥さんのインフルエンザに罹った唾が飛んで来たよ＞「逆だぜ。官邸のインフルエンザがこっちに降りかかっているんだよ」＜そうそう、十鳥さん。防毒マスク２０個用意している。根室市内で、私の部下たちが渡すよ。インフルには防毒マスクが必要だからさ＞「それは助かる。ついでに放射能検知器も頼むよ」＜すでに用意してある＞「肝心のことを忘れていた。再度の確認だが、ユルリ島の件は？」＜十鳥さんのSチームと綿密に連絡していますので、ご安心を＞　十鳥が冷たい空気を肺一杯に吸い込んだ。「野村さん、市川さんがいて助かる。お陰で五里霧中の事態に飛び込むことができる。随時連絡するよ」＜十鳥さん。それはこっちのセリフだ。皆に神のご加護がありますように祈っている＞「ん？　野村さん。あんたもクリスチャンか？」＜先祖が根っからの隠れキリスタンでね。五島列島出身だよ。十鳥さんもクリスチャンか？＞野村は十鳥に関する詳細な個人情報が頭に入っていた。十鳥がクリスチャンであることも。「私か――亡くなったワイフがクリスチャンだったから、宗旨替えしたんだよ」＜十鳥さんと話すと仕事が進まぬ。また連絡する。十字を切らず、通話を切る＞　野村局長め！　仕事が進まぬ、とは何という言い草だ！　特殊携帯から手を離した十鳥の表情は、いつになく険しかった。目は東方、根室方向を睨んでいた。（続く）

2019年11月26日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４８）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４８）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）（60）　参議院選挙投開票の日（１）　７月２１日（日曜日）。現政権がこれまでの勢いである、３分の２の議席数確保を維持できるか否かが最大の関心事となった参議院議員選挙の投開票が始まった。官邸の読みでは、わずかな差だが３分の２の議席を取ったとしていた。　官房副長官の瀬戸際は、官邸内の選挙情報責任者でもあった。彼は官房副長官室で、民間の調査会社と与党選挙対策本部から逐次入る（FAX）投票集計データを官僚の官房審議官と分析していた。「予想外に苦戦している選挙区があるな。東北圏が軒並みひっくり返りそうだ。これだと３分の２が危ういぞ」眉間に皺を寄せて瀬戸際が呟く。「君たち。率直に言ってくれ。原因は何だと思う？」瀬戸際が審議官たちに訊いた。「秋田のイージス・アショワの件が東北全体に悪影響を……」審議官が瀬戸際の顔を覗いながら応える。「やはりな。私もそう思っているよ。上が急かしていたからな。防衛省の設置根拠が杜撰だった」「さらに２人区独占ができそうにありませんが……」他の審議官が言った。「そこなんだ。これは私見だが、政権の勢いに下降線の端が見えてきたな」瀬戸際が呟いた。審議官２人は押し黙った。瀬戸際も政界の風見鶏の１羽だ。ポスト首相の有力派閥の重鎮でもあったが、ポスト首相宣言に煮え切らない派閥の領袖の背中を、いつ押すべきか迷っていた。背中を押すとは、俺も一緒にドボンと渦巻く池に落ちる。それは議員生命にかかるが、やらなければ俺の立場の維持ができない――そう瀬戸際は自己保存本能で考えていた。＜だが、まだポスト首相を論じるのは早い＞＜だが現首相を頼り過ぎたのだ。上塗りにも限度がある。現首相の厚化粧は……もう無理……＞　深く息をついた瀬戸際が審議官たちに言った。「今日は夜９時で、私は自宅に帰る。あとは君たちに任せたよ。上は了承済みのことだ」　ほどなく副官房室から審議官たちが去った。それを見届けた瀬戸際が、私用のスマホをカバンから取り出した。「瀬戸際だが、紫藤君、話せるか？」＜スマホは安全ですか？＞紫藤は盗聴を念頭に言った。「大丈夫だ。このスマホは他人名義のものだよ」＜了解。報告すべき情報があります。我々が知る三神は替え玉でした。自衛隊情報部からの情報で分かったことです＞「何っ！　三神にAとBがいるのか！」瀬戸際は唖然として脳内を巡らせた。「なぜ石原完彩は俺たちに黙していたのか？」＜石原完彩は、二枚舌を使っていたようです＞「何のためだ？」＜その理由はまだ分かりません。三神Aは根室に入りました。三神Bは釧路湿原の別荘にいて、明日、根室の花咲港に行きます。今手分けして三神Aと三神Bを追跡中です＞「そうか。三神Aの動向を注視せよ。奴を生かすな！　三神Bは安静中だろうに。花咲港に行っても何も出来ないはずだ。三神Aのあとに替え玉のBを始末せよ」＜了解しました。状況を随時報告します＞「紫藤君。くれぐれも抜かりなくな。頼んだぞ」＜了解＞　三神にAとBがいるが、三神Bは替え玉だった。‶幸の道義〟は、この数年間、三神B、替え玉を信徒の前にその姿をを現せていた。当の教祖・三神は地中に深く潜り、密かに目的の準備工作をしていたのだった。石原完彩と教祖三神の真の目的は、まだ誰も知らない。軽井沢に行った三神は替え玉のBだ。公安調査庁が追っていたのも替え玉だったが、義父の石原完彩しかそのことを知る者はいない。だが、陸自情報部の紫藤１佐と瀬戸際は知った――　この会話を官邸の５０メートル傍のビル７階にある‶日本野鳥研究所〟の‶壁の耳〟が聴いていた。十鳥の“内調特別チーム〟の生き残りだった盗聴班の班長は、特殊携帯で〝メール〟を送った。『フクロウは聴いた。夜8時30分前後の声を。指導が瀬戸物に報告した。神は二人いたと。指導は根室に向かった。別荘の神は偽物だった』（続く）

2019年11月22日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４７）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４７）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）日本側の登場人物・堀田海人（ほった　かいと）札幌の私大考古学準教授・十鳥良平（とっとり　りょうへい）内閣官房調査室（内調）特別チームの主任。前職は、検察庁検事。・榊原英子（さかきばら　えいこ）堀田海人の助手・堀田陸人（ほった　りくと）資源開発機構研究所所長　海人の兄・三神教大（みかみ　きょうだい）〝幸の道義〟新興宗教教祖（本名：三上健太）・瀬戸際（せとぎわ）副官房長官ロシア側の登場人物・イワノビッチ局長　ロシア対外情報庁（CBP)の局長であり、ミハイル、アキロマ教授である。(父親は日本人であり、シベリア抑留の元満蒙青少年義勇軍の一員だった）（５９）釧路湿原　沼に低く靄がかかっていた。夜空にも薄く雲が張っていた。暗夜になっていた。「こちらTワン。建物内に人は？」十鳥が榊原に訊いた。「Sワン。赤外線に映っていません。もしかしたら地下室があるのでは？」「地下室？」十鳥が誰となく呟いた。「Sワンより。赤外線防止壁も映っていませんので、地下室では？」「よし。皆に告ぐ。地下室だ」「了解。これから玄関入り口に廻り電気線を切ります。」先頭のスタッフが応えた。「よし分かった。正面は２人。俺たちは３人でバルコニーから突入する。２時１５分ジャストだ」十鳥がインカムに告げた。十鳥と部下、そして海人が目出し帽姿となった。「了解」先頭のスタッフが応えた。そして目出し帽で顔を覆った。もちろん全員は防弾ベストを着ていた。これらはSATの倉庫から持ち出したものであるが――　　釧路湿原　午前２時１５分になった。それを確認し、玄関正面に廻った二人のスタッフが、もう一人のスタッフの肩に乗り、建物の正面右上にある引き込み線をサバイバルナイフで切った。と同時に、バルコニーの窓を割って、十鳥とスタッフ、そして海人が別荘のリビングに突入した。玄関側からもドアを壊して突入したスタッフ２名がリビングに入った。闇の中だ！　別荘はリビングの他に３部屋ある。二組に分かれ、部屋を確認していく。「こちらはクリア」「こっちもクリア」　残った部屋に全員が入った。が、人気すらなかった。「地下室を探せ」十鳥が指示した。　リビングにいた海人が懐中電灯で部屋の壁、床、家具の下を照らした。中央には暖炉がある。懐中電灯の灯りがそこに集中した。地面堀の勘が何かを感じた。違和感である。輸入品の薪ストーブ。その下にはレンガ敷きの台がある。薪ストーブの後部から天井に煙突が伸びている。が、何かバランスが悪い、と海人は感じた。海人はストーブ正面に立ち、脳裏で垂直線を描いた。ここだ！　ストーブと煙突が一直線ではなかった。少しズレがあった。それはストーブ台が数センチメートル右斜めにズレているからだった。「十鳥さん。この下では？」海人が大声で言った。全員が海人の傍に来た。「十鳥さん。この敷台の下が怪しいですよ」　十鳥が暖炉の中に手を当てた。夏でもあったから暖炉は空だった。そして十鳥が暖炉を左右に動かしてみた。１センチ動いた！　「この下に地下室があるのは間違いない。入口の蓋があるぞ。閃光弾を用意してくれ。蓋を１０センチ開けたら、閃光弾を３発投げ込め。地下からの銃撃に注意だ」　スタッフの二人が蓋の脇で身構える。が、十鳥が息んでも蓋は開かない。鍵がかかっている。「バールで壊せ！」　現役のSAT要員のスタッフたちである。手際はよかった。バックパイプの一つからバールを取り出した。泥棒と彼らの違いは、政府の免許を持っているか否かのそれだが、特別チーム解散後の彼らは‶半公的泥棒〟という訳の分からない存在だ。否！　犯罪者になったのだ！　５分程かかって、蓋が開いた。地下室から反撃はない。それを確認した十鳥が指示した。　ゴロゴロと音を立て左に暖炉が動く。３０センチメートル動かし、十鳥の手が止まった。「１、２、３．やれ！」　閃光弾３個が投げ込まれた。数秒して閃光弾が爆発し、蓋の下が焼けるように光った。十鳥が蓋を閉める。地下室から反撃はない。「今度は催眠弾を投げ込め！」　催眠弾３発が投げ込まれた。「５分待つ」十鳥が言った。　５分待った時、Sワン（榊原）から連絡が入った。「隣の農家の建物から黒いワゴン車が出ました。６人……乗っています。今別荘の前を通り過ぎて……ライトは消しています。別荘を過ぎて南の国道に向かっています」　かすかだが、外からエンジンが遠ざかっていくのが分かった。「Tワン。了解した」暗闇の中で、十鳥の口の端が緩んでいた。予定通りだ！　「うまくいった！」スタッフが声を揃えて言った。スタッフの一人が特殊携帯を口に当てた。「Tツーより。黒いワゴン車が南の国道に向かった。６人。追跡頼む。こちらは地下室内部を調べる」「Eワン（伊藤の略称）。了解した」別荘前の道道が国道に交わる手前で待ち構えていたEワンが応えた。　Eワンのスタッフ一人は、外に出て赤外線カメラ付きの‶ドローン〟を上空に飛ばしていた。夜中でも国道は、まばらだが行き交う車があり、ドローンが立てる大型の藪蚊音を消してくれる。ドローンは上空から別荘につながる道道を監視していた。１５分前後か。ワゴン車が来るのは！　（続く）

2019年11月10日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４６）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４６）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）日本側の登場人物・堀田海人（ほった　かいと）札幌の私大考古学準教授・十鳥良平（とっとり　りょうへい）内閣官房調査室（内調）特別チームの主任。前職は、検察庁検事。・榊原英子（さかきばら　えいこ）堀田海人の助手・堀田陸人（ほった　りくと）資源開発機構研究所所長　海人の兄・三神教大（みかみ　きょうだい）〝幸の道義〟新興宗教教祖（本名：三上健太）・瀬戸際（せとぎわ）副官房長官ロシア側の登場人物・イワノビッチ局長　ロシア対外情報庁（CBP)の局長であり、ミハイル、アキロマ教授である。(父親は日本人であり、シベリア抑留の元満蒙青少年義勇軍の一員だった）（５９）釧路湿原のキャンプ場（３）　十鳥と３名の部下が遅い夕食を終えたのは、夜の８時３０分過ぎだった。　十鳥が眉間を狭くし暗闇の対岸を凝視した。「あの対岸の別荘に三神教大が潜んでいる。この釧路湿原で奴をとっ捕まえる。‶ダーティーボム〟はあそこにはないが、奴を再利用するつもりだ」唐突に十鳥は、部下たちの前で海人と榊原に言った。「対岸の怪しい別荘に。これからですか？」驚きを露わにして海人が訊いた。「草木も眠る丑三つ時に、我々と堀田先生も一緒に別荘に行く」「えっ！　深夜の２時から、５人で？」「そうだ。丑三つ時だからAM２時から２時３０分の３０分で、この作戦を終わらすのだよ。５人でだ」「三上（三神）がいるのは間違いないのか？」海人が訊く。「丑三つには怪物が出るというから、１００％だ。いや１２０％だよ」十鳥が平然として応えた。　この情報は、札幌公安調査局の野村局長と市川局長代理からのものだったが、十鳥は海人たちに伏せた。野村と市川は、十鳥の陰の追跡班だ。政権内部を知り得た公安調査局の協力網であるが、海人たちに‶札幌公安調査局が生きている〟と知らせるのは、まだ先だ。そう考えてのことである。「先生たちもフィールドスコープで覗いていたな。あの怪しい別荘を。奴らの武器は猟銃用ライフル３、４丁のようだ。だが我々は、拳銃すら持っていない。特殊警棒とヒグマ用の撃退スプレーだけだが、それで十分だろう」十鳥は自信たっぷりに自虐的な内容を告げた。クマ除けスプレー？　釧路湿原にはヒグマはいない！「いつもの十鳥さんらしい」そう応えるしか海人にはなかった。内調特別チームを解職され、休暇中の十鳥チームである。十鳥の部下たちは５人の班長とスタッフ５人の計１０人。全員が２週間の休暇をとり参加している。このメンバーには‶官邸のスパイ〟はいない。彼は特別チームの解散の風と共に消え去ったからだ。映画にもならない！　「官邸側は‶明日は明日の風が吹く〟と考えているのだ。ということで、榊原先生はここに残ってもらう。われわれの赤外線スコープの監視要員としてだが、良いかな？」十鳥が言った。「名画のセリフには賛成できませんが、当然、了解です」榊原が声を弾ました。「そうか。‶明日は明日の風が吹く〟は、わたしのセリフとしよう」十鳥は‶レッド・バトラー〟の心境に一瞬だが浸った。そこに部下が来た。「沼に装備を出しました。準備完了です」部下が言って、大型のアルミケースをテーブルに置いた。「赤外線スコープの設置と、榊原先生にスコープとインカムの使用方法を教えてくれ」「了解」「それと――監視ひとりを除き１２時４５分まで仮眠だ。わたしは堀田先生のテントで仮眠する。堀田先生。良いかな？」「十鳥さん。了解」　十鳥の部下が海人のテント入口シートを開けた。１２時４５分丁度。「チーフ。時間です」部下が囁いた。海人は反応し目を開けたが、十鳥は死んだように眠っている。海人がヘッドライトを頼りに、十鳥の寝袋を軽く揺すったが起きない。「十鳥さん。死んじゃ駄目だ」そう海人が囁くと、十鳥の両目ががばっと見開いた。「俺は蘇った金狼じゃ」十鳥が野太い声を出した。「チーフ。時間です」部下が念を押した。「よし。大藪に行くとしよう」十鳥が寝袋のジッパーを開けた。「チーフ。全員待機しています」部下が言った。「よし！　行くぞ―ー」十鳥が闇の中で演歌を唸った。小さい声で。そして十鳥が小さく叫んだ。「おお神よ！　俺だけにご加護を―ー！」「十鳥さん。大丈夫ですか！」海人が半分だけ心配して言った。海人の本心は、この親父ギャグ男め！　だった。「悪魔に立ち向かうには、神のご加護が必要だ。これから皆の分も祈る」と十鳥が言って、目を瞑った。５秒間だけ。釧路湿原　テントサイト傍の沼に市販されている大型ゴムボートが浮かんでいた。ゴムボートには、０．９馬力の電動船外機が装備されていた。これも市販されているものだ。十鳥の部下が船外機の舵を握っている。「みんな乗るぞ」十鳥が腕時計が１時４５分を示した時、合図の言葉を発した。５人全員が乗り込むと、ゴムボートはエンジン音のように唸ることなく静かに離れて行った。「Ｓワン。バルコニーに誰かいるか？」十鳥がＳワン（榊原の呼称）にインカムで訊いた。「誰もいません。別荘の窓はカーテンがかかっているようです。部屋の灯りも消えています。スコープには、人の体温は映っていません。Ｓワンより」「Ｔワン。了解した。船は１５分後にバルコニー裏の葦場に着く」十鳥が言った。「Ｓワン。了解しました。スコープで監視しています」「Ｔワン。了解した」　１５分後、ゴムボートは別荘裏手の葦が茂った岸に着いた。船首にいた部下が素早く降り、ボートの綱を手繰り寄せた。暗視ゴーグルを着けた、その部下が手を掲げて合図した。＜クリア。降りて良し＞　官邸 7月20日（土曜日）。夜10時。瀬戸際副官房長官は官邸の自室にいた。明日投開票の参議院選挙予測データを見ていた。この‶選挙予測データ〟は、官邸が密かに外部委託し行っているものである。精度は新聞各社よりも優れて高い。費用は新聞各社の数倍もかかっているが、官房機密費から出しているので、領収書は要らない。更に、官邸は内閣官房調査室（内調）を動かし、極秘に重点選挙区の野党候補陣営に選挙違反対応工作員を潜入させている。今回に限ったものではない！「これら一人区の数議席の取りこぼしは承知しているのだ。今回も首尾よくいったようだ。だが、問題は参議院選挙ではない。三神らのテロにケジメをつけなくちゃならない」そう呟いた瀬戸際は、私用の携帯スマホを背広裏の胸ポケットから取り出した。０８０－XXXX-XXXXにかけた。二回鳴ると相手が出た。「紫藤君。三神とイスラム過激派らの動きはどうかね？」「瀬戸際先生。予定通り進んでいます」「根室港の体制は？」瀬戸際が確認した。「ビザなし渡航船を係留しています。あとは彼らが乗り込むのを待つだけです」　いわゆる‶ビザなし旧島民墓参〟と日露共同北方四島考古学調査は、ロシア側が急遽延期していたが、日露北方四島経済協力の眼目の一つである‶北方四島観光事業〟の調査団を受け入れた。これには瀬戸際副官房長官が深く絡んでいる。この情報は、瀬戸際から軽井沢経由で三神らに伝わっていた。　瀬戸際がふっと息を吐き言った。十鳥め！「ところで紫藤君。十鳥に特別な動きはあるかね？」「十鳥は釧路地検配属に伴い、釧路地検に行きました。休暇中とはいえ、前任者らとの打ち合わせでしょう。まだ庁舎内にいますよ」「この遅い時間なのに？」瀬戸際が訊いた。「ええ、そうです。部下二人が庁舎前の車で監視しています」　この時、十鳥は裏口から地検庁舎を出ていたが、紫藤の監視要員は知らない。「そうか。十鳥もずいぶんおとなしくなったもんだ。そうあるべきだがね」瀬戸際は満足そうに腹を膨らませて言った。そして紫藤に念を押した。「いいな。イスラム過激派の連中だけは心肺停止しても海に沈めるなよ。三神らは海中にいても良いがね」「了解です。瀬戸際先生」「この件が片付いたら、紫藤君に上からプレゼントがあるぞ。楽しみしてくれ」「ええ」「では紫藤君。随時連絡をするからな」「了解です」　瀬戸際は連絡を終えると、官邸上部に報告するためデスクの電話機を取った。「瀬戸際です。すべて予定通りに。ええ、順調にです。分かりました」そうやり取りして、瀬戸際は受話器を戻した。釧路湿原　沼に低く靄がかかっていた。夜空にも薄く雲が張っていた。暗夜になっていた。「こちらTワン。建物内に人は？」十鳥が榊原に訊いた。「Sワン。赤外線に映っていません。もしかしたら地下室があるのでは？」「地下室？」十鳥が誰となく呟いた。「Sワンより。赤外線防止壁も映っていませんので、地下室では？」「よし。皆に告ぐ。地下室だ」「了解。これから玄関入り口に廻り電気線を切ります。」先頭のスタッフが応えた。「よし分かった。正面は２人。俺たちは３人でバルコニーから突入する。２時１５分ジャストだ」十鳥がインカムに告げた。十鳥と部下、そして海人が目出し帽姿となった。「了解」先頭のスタッフが応えた。そして目出し帽で顔を覆った。　　（続く） *北海道の今は、いよいよ冬季に入った寒さ。明日にも札幌で初雪が……身の締まる思いで防寒服を着こみ体は膨らむ。ん？　さあ行くぞ！　寒気のジジソロキャンプで歓喜だ！　無理をしないで、とワイフは言うが、それはわたしには無理なこと。だが、脂ののっていない秋刀魚を食ったせいか、体の脂肪分が足りない。仕方がないので、豚バラの油分を沢山食ったら良いのかな、と考えたが、悪玉コレステロールが増えるので、善玉のわたしは、迷いを払いつつ。何を書いているんだ！　寒さゆえか――　

2019年11月06日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４５）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４５）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）日本側の登場人物・堀田海人（ほった　かいと）札幌の私大考古学準教授・十鳥良平（とっとり　りょうへい）内閣官房調査室（内調）特別チームの主任。前職は、検察庁検事。・榊原英子（さかきばら　えいこ）堀田海人の助手・堀田陸人（ほった　りくと）資源開発機構研究所所長　海人の兄・三神教大（みかみ　きょうだい）〝幸の道義〟新興宗教教祖（本名：三上健太）・瀬戸際（せとぎわ）副官房長官・紫藤１佐　陸自情報機関から出向し、内調の十鳥特別チームにいる。官邸の犬。ロシア側の登場人物・イワノビッチ局長　ロシア対外情報庁（CBP)の局長であり、ミハイル、アキロマ教授である。(父親は日本人であり、シベリア抑留の元満蒙青少年義勇軍の一員だった）（５８）前掲に手を加えています。Huちゃんさんへ釧路湿原のキャンプ場（２）　釧路湿原を覆う空が茜色に染まってきた。陽光が沼の西方に大きくなって傾きかけている。空をV字形を成し十数羽の野鳥が東へと飛翔していた。　夕方６時。海人たちは簡易コンロの炭火で暖をとり、熱い珈琲を飲んでいた。「あの鳥たちは東、根室の方へ飛んでいる」海人は、小さいV字形になっていく鳥の一団を見ていた。「この湿原の空と地と沼にぴったりの光景ですね。ラムサールの釧路湿原だけありますわ。来て良かった」榊原がマグカップを両手で包み空を見上げていた。「英子さん。ケーキを食おうよ」「そう、忘れていたわ。十鳥さんの分は、私たちで食べちゃいましょう」　榊原が簡易テーブルの上にショートケーキ３個を並べる。「じゃあ、ささやかだが十鳥さんの解職を祝って珈琲で乾杯だ」「海人さん。それと‶悪魔祓い〟でしたね？」「ああそうだった」　夕方７時頃になった。黄金色となった陽が沼の彼方西に一気に沈みかけ、鏡面の水面に黄金色が走っていた。「海人さん。まるで絵画のような……」榊原が息を飲み、湿原と陽光が織りなす絶景を見つめた。「実に美しい。夕景にも個性があるようだ。支笏湖もそうだが、この絵も……周り全体が大自然だからかな」　陽が沈むと、緞帳（どんちょう）のように帳（とばり）がすっと降りてきた。気温もそれと同調して下がってきた。寒い！　気温は１０℃か！　海人が慣れた手つきで備長炭を火バサミでコンロに入れていく。榊原が１００V専用のLEDランプ２個をターフ左右のポールに下げた。オートキャンプ場は電気が使える。コンロ周辺、３畳ほどが白く照らされた。　ダウンを着こんだ海人と榊原は、コンロ前の椅子に座った。「英子さん。寝るのは９時３０分だよ。朝起きるのが早いから」「ええ。それまで海人さんと会話が出来ますね」榊原は海人の心の裡を訊きたかった。心の裡――海人の思想信条に興味があったからだ。「海人さん。考古学と歴史観について、どう考えています？」「おっと、難解な研究論文の課題のような質問だな。ちょっと待って」海人は、マグカップの珈琲を一口飲んだ。「そう言えば、英子さんとはお互い政治とか歴史観の話をしたことがないな。そう、考古学には歴史観は欠かせないものだ。思想的先入観とか予断とかを入れた歴史観は、考古学を曲げるからね」海人が珈琲を口にした。ほど良い苦みが口内を刺激した。「榊原先生の試験課題にお答えするよ。ご存知のように、日本の考古学には不純物が入りがちだ。とみに現政権になってからは。そうそう、授業である学生からこんな質問があったな――『日本人は元から日本列島にいて、古代文明を形成した、とネットに出ていますが、先生はどう思います？』ってさ」「海人さんはどう答えたのです？」「こう答えたよ。『文化人類学』関係の本３冊を読んでくれ。大学の図書館にあるよ、ってさ。その学生の目が妙に曇っていたからさ。立場上、バカとは言えないのでね」　海人は珈琲をすすった。そして話を続けた。「日本という国は、考古学、歴史学に政治力学が深く入り込む独特なものがある。現政権が言われている『忖度』がヤマト王権以降の７世紀、８世紀あたりから慣習となって、歴史学に影響を与えているような気がしているよ。つまりだ。日本の歴史学は、相も変わらず進化せず現在に至っているのだ」「海人さん。その根拠は？」「日本書紀とか万葉集とか、その他の歌集にその顕著な事例がある。近現代では、明治の王政復古。それと靖国神社だ」海人はまず命題をあげた。　すぐさま榊原が訊いた。「具体的には？」「いわゆる皇国史観だよ。これは政治観であって正当な歴史観ではない。考古学、古代史などの歴史研究には無縁のものだ。俺が考古学を選んだこともそれに関係しているよ」「どう関係しているの？」「３世紀以降の古代史研究には、必ず皇国史観が邪魔をし、歴史学という学問の純粋性を失っていくからさ。その点、縄文の考古学には自由がある」「海人さん。靖国神社に触れましたが？」　海人は即座に反応した。「靖国神社は、日本の近代化政治と真逆な存在だ。日本人の精神性を退化させた際物。宗教国家全体主義の象徴と言えるな。未だに靖国参拝をしたがる現政権、戦後の保守政権が靖国にこだわっているが、それが継続する限り日本政治の真の民主主義国家としての国際性は遠くなっている。国策に殉じたのだから参拝は当然、という政治家が多いけど、そこにも政治思想の空洞化及び思考の非論理的現象がある。つまり、明治新政府から現在に至る日本は、『日本民族教』という異形の新興宗教国家が続いているのだ。英子さんの設問への概略的な答えは、以上だ」海人には、榊原英子という考古学者が自分よりも深い洞察力の持ち主だと理解している。俺の洞察力は、まだ甘い！　榊原の横顔が影絵となって彼方を凝視している。釧路湿原は、濃い影となっているが、茫洋とした空気感が漂っている。夜空には１、２等星が煌めいてきた。が、オートキャンプ場の灯りが、まだ満天の星の登場を遮っていた。榊原の影が口を開いた。「わたしも海人さんの見識と同じです。旧石器時代、石器時代、縄文期から弥生時代、古墳時代、そして飛鳥時代。日本列島には北方から大陸から様々な民族的集団が移住して来ました。人の移住には必ず文化が伴っています。日本、ヤマトという国の成り立ちには、多様な集団が渡来し、進取の旺盛な精神で独自の文化を創ってきました。それは古代イングランドと似たものがあります。単一民族的文化形成論は否定します。どの古代文化圏にも言えます。多様な民族及び集団の多様的文化形成が、独自文化発展の起因となるからです。これは南北に長く、ほど良く広い島国特有の現象とも言えます。身近な例ですが、北海道にその原初的なものが見受けられますね。北海道開拓入植時、数万人の先住アイヌ民族を一瞬時、ほんの半年で凌駕する内地各地からの移住者数でした。移住者の和人は自己のアイデンティティーである方言と風習をもたらしましたが、１５０年の間で様々な方言・風習は、混在し紛れ、やがて関東弁という標準語に統一されていきました。もちろん、風習をも。あたかも移住者ではないかのように。北海道の現在は、入植移住元祖から数え、５、６世さらには７世が過半数を占める人口となっています。大方の北海道民は、１５０年間の過程で先祖が本州のどこから移住して来たのかさえ記憶にありません。これはある種の歴史の断絶とも言えるでしょう。これは日本の古代史にも言える事ではないでしょうか。わたしはそう推察しています。海人さんと同じく。そして日本の近現代史では、古代人の智慧が生かされず、特異な側面だけで日本という国の形が出来ました。今に続くものですが。これも海人さんの見識と同じです。それから、これは極論ですが……考古学上から言えることですが、日本列島の中では、沖縄と北海道に共通なことと、本州との違いもあります。それは民族的な観点ではなく、祭政一致的観点での観方です。なぜ本州では古代から自然崇拝、アミニズム信仰と弥生の道教的神道信仰が根付き、こんにちまで至っているのかという疑問です。その答えは、大自然の脅威、疫病と深く関係していると想像できます。古代のヤマト王権と言えども、日本特有の重層的な脅威から逃れることは出来ませんでした。それゆえ、神道という祈りと、大自然の呪縛から統治支配者たちは、独特な信仰観を形成するに至りました。祭政一致から、祭りと政治をその時々の統治支配権力の維持に使い分けしてきました。大自然などの脅威に遭遇した時は、身代わりという祭り事の最上層の分身が必要だったからです。史実のほどは、謎だらけの‶魏志倭人伝・卑弥呼〟」と榊原が言いかけた時、海人の特殊携帯が寂とした夜にけたたましく鳴った。十鳥からだった。海人は榊原が聴こえるようにスピーカーにした。「堀田先生。お二人と、わたしも同じ歴史の見識だよ。だから同志なんだな」十鳥の話に雑音は入っていなかった。「十鳥さん。今どこです？」「達古武オートキャンプ場の左サイト。テントの中にいるよ。さっき到着したばかりで、腹が減ったな。わたしの食事はあるんだよな？　今からそっちに行く。他に３人の野郎もいるぞ」　これには海人たちは驚いた。何でここに来たんだ！？　榊原がクーラーから明日の分のステーキ、インスタント・キノコ汁等を取り出す。海人は簡易コンロに炭を入れていく。珈琲はサーバーにたっぷり入っている。　この数分後、テントの背後から数人の足音が聴こえ、数本のLEDライトが海人たちを照らした。「先生たちよ。お邪魔するよ」音を落とした十鳥の声が二人の横から聴こえた。同時に部下の３人も姿を現した。十鳥と部下たちはダウンを着こみ、ズボンも帽子も靴も、そして手袋もアウトドア用だが真っ黒だった。「先生たちよ。エゾシカ肉１頭分と鮭１本を持参した。それに野菜もだ。今夜は酒を飲まないから珈琲とウーロン茶を持って来た」十鳥が言うと、部下のひとりが４０Lのクーラーボックスを簡易コンロの前に置いた。海人たちはそれを唖然として見ていた。「十鳥さん。椅子がないけど」と海人が言うや、部下たちが折り畳み椅子をテーブルと簡易コンロの周りに置いた。「彼が焼肉奉行なんだ。先生たちよ。彼に任せて良いかな？」十鳥が部下のひとりを手で指した。他の部下が簡易食事道具類をテーブルに置く。「先ずは腹を満たすぞ」十鳥が言うと、焼肉奉行の部下が簡易コンロに鹿肉ステーキを並べた。「ところで十鳥さんたちは、何で来たの？」海人が訊いた。「あそこに‶山〟があるからだよ」十鳥が沼の対岸を指で示して言った。「山？　ここは平らな釧路湿原だよ。山は相応しくないよ。十鳥さん」海人が皮肉を込めて言った。　十鳥の脳裏の回転は速かった。「了解したぞ。‶山〟を‶マヤ〟としよう。これで良いかな？」そう言って十鳥は、肉汁が音を立てている鹿肉ステーキに目をやった。「戦の前には腹を満たさねばならぬ。おや、牛肉ステーキ３枚が焼けているぞ。みんな食うぞ！」十鳥が言うと、焼肉奉行がどっと牛肉をプラスチックの大皿に載せていく。「さあみんな。食うぞ！　遠慮は俺たちには悪だぞ！」そう十鳥が言って、プラスチックのフォークをステーキに突き刺した。（５９）釧路湿原のキャンプ場（３）　十鳥と３名の部下が遅い夕食を終えたのは、夜の８時３０分過ぎだった。　十鳥が眉間を狭くし暗闇の対岸を凝視した。「あの対岸の別荘に三神教大が潜んでいる。この釧路湿原で奴をとっ捕まえる。‶ダーティーボム〟はあそこにはないが、奴を再利用するつもりだ」唐突に十鳥は、部下たちの前で海人と榊原に言った。「対岸の怪しい別荘に。これからですか？」驚きを露わにして海人が訊いた。「草木も眠る丑三つ時に、我々と堀田先生も一緒に別荘に行く」「えっ！　深夜の２時から、５人で？」「そうだ。丑三つ時だからAM２時から２時３０分の３０分で、この作戦を終わらすのだよ。５人でだ」「三上（三神）がいるのは間違いないのか？」海人が訊く。「丑三つには怪物が出るというから、１００％だ。いや１２０％だよ」十鳥が平然として応えた。　この情報は、札幌公安調査局の野村局長と市川局長代理からのものだったが、十鳥は海人たちに伏せた。野村と市川は、十鳥の陰の追跡班だ。政権内部を知り得た公安調査局の協力網であるが、海人たちに‶札幌公安調査局が生きている〟と知らせるのは、まだ先だ。そう考えてのことである。「先生たちもフィールドスコープで覗いていたな。あの怪しい別荘を。奴らの武器は猟銃用ライフル３、４丁のようだ。だが我々は、拳銃すら持っていない。特殊警棒とヒグマ用の撃退スプレーだけだが、それで十分だろう」十鳥は自信たっぷりに自虐的な内容を告げた。クマ除けスプレー？　釧路湿原にはヒグマはいない！「いつもの十鳥さんらしい」そう応えるしか海人にはなかった。内調特別チームを解職され、休暇中の十鳥チームである。十鳥の部下たちは５人の班長とスタッフ５人の計１０人。全員が２週間の休暇をとり参加している。このメンバーには‶官邸のスパイ〟はいない。彼は特別チームの解散の風と共に消え去ったからだ。映画にもならない！　「官邸側は‶明日は明日の風が吹く〟と考えているのだ。ということで、榊原先生はここに残ってもらう。われわれの赤外線スコープの監視要員としてだが、良いかな？」十鳥が言った。「名画のセリフには賛成できませんが、当然、了解です」榊原が声を弾ました。「そうか。‶明日は明日の風が吹く〟は、わたしのセリフとしよう」十鳥は‶レッド・バトラー〟の心境に一瞬だが浸った。そこに部下が来た。「沼に装備を出しました。準備完了です」部下が言って、大型のアルミケースをテーブルに置いた。「赤外線スコープの設置と、榊原先生にスコープとインカムの使用方法を教えてくれ」「了解」「それと――監視ひとりを除き１２時４５分まで仮眠だ。わたしは堀田先生のテントで仮眠する。堀田先生。良いかな？」「十鳥さん。了解」　十鳥の部下が海人のテント入口シートを開けた。１２時４５分丁度。「チーフ。時間です」部下が囁いた。海人は反応し目を開けたが、十鳥は死んだように眠っている。海人がヘッドライトを頼りに、十鳥の寝袋を軽く揺すったが起きない。「十鳥さん。死んじゃ駄目だ」そう海人が囁くと、十鳥の両目ががばっと見開いた。「俺は蘇った金狼じゃ」十鳥が野太い声を出した。「チーフ。時間です」部下が念を押した。「よし。大藪に行くとしよう」十鳥が寝袋のジッパーを開けた。「チーフ。全員待機しています」部下が言った。「よし！　行くぞ―ー」十鳥が闇の中で演歌を唸った。小さい声で。そして十鳥が小さく叫んだ。「おお神よ！　俺だけにご加護を―ー！」「十鳥さん。大丈夫ですか！」海人が半分だけ心配して言った。海人の本心は、この親父ギャグ男め！　だった。「悪魔に立ち向かうには、神のご加護が必要だ。これから皆の分も祈る」と十鳥が言って、目を瞑った。５秒間だけ。（続く）

2019年10月29日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４４）

　写真日記 Huちゃん　写真日記　を転載しました。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　３月７日掲載（１）～　　　　　　　ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』――（４４）（この物語に登場する人物、団体名は架空である。だが、歴史及び政治背景は事実でもある）日本側の登場人物・堀田海人（ほった　かいと）札幌の私大考古学準教授・十鳥良平（とっとり　りょうへい）百舌姓から十鳥姓に変更した。内閣官房調査室（内調）特別チームの主任。前職は、検察庁検事。・榊原英子（さかきばら　えいこ）堀田海人の助手・堀田陸人（ほった　りくと）資源開発機構研究所所長　海人の兄・三神教大（みかみ　きょうだい）〝幸の道義〟新興宗教教祖（本名：三上健太）・瀬戸際（せとぎわ）副官房長官・紫藤１佐　陸自情報機関から出向し、内調の十鳥特別チームにいる。官邸の犬。ロシア側の登場人物・イワノビッチ局長　ロシア対外情報庁（CBP)の局長であり、ミハイル、アキロマ教授である。(父親は日本人であり、シベリア抑留の元満蒙青少年義勇軍の一員だった）（５７）釧路湿原のキャンプ場（１）　翌日の早朝６時。海人のランクルは札幌・福住のマンションを発った。　支笏湖に一泊（キャンプ）する予定だったが、海人は釧路湿原で二泊キャンプに変更した。それは考古学者の好奇心が優先したものだった。「英子さん。約６時間で目的地に行ける。休憩は２時間毎に取るけど」前方、晴天の空を見て海人が言った。「海人さんにお任せですよ」助手席の英子も晴れ渡っている空を見た。「目的地は‶達古武（たっこぶ）沼〟傍にある達古武オートキャンプ場だよ。そこは釧路湿原の中にあって、カヌーを浮かべるのも良いし、湿原の自然を満喫出来るんだ」「釧路湿原と言えば、まだ未発掘の縄文遺跡が多いところですね？」榊原が考古学上の見識を言い、訊いた。「そうなんだ。３０００～８０００年前の縄文遺跡が釧路湿原の周辺に多い。青森の三大丸山遺跡群、道南の縄文遺跡群と同時期のものだ」「海人さん。今後の研究対象になりますね？」「ああ、そう考えているよ。英子さんと一緒にね」　榊原は頷いて応えた。　高速道が釧路の市街地を過ぎ、釧路東出口に差しかかった。そこからは国道を走り釧路湿原に向かった。海人は空を見上げた。スカイブルーの中にふわっと２個の綿雲が浮かんでいた。海人には、どことなく十鳥とアキロマ教授の顔に似ていると思った。　海人の個人用スマホが鳴った。白鳥教授からのメールだった。「英子さん。読んでくれ。そして返信を頼む」榊原が海人のウエストポーチからスマホを取り出した。白鳥教授からのメール内容は、アキロマ教授からの正式な伝達文を預かった、というものだった。榊原が読み上げた。『堀田海人博士殿　日露共同北方四島考古学調査の７月２０日出発を延期する。ただし一カ月以内に再開予定。待機をお願いしたい。アキロマより』　今度は海人の特殊携帯が音を立てた。榊原が出た。「おっ、榊原先生が出たか。と言うことは、堀田先生は運転中だな。図星だろう」「ええ、十鳥さん」「堀田先生に伝えてくれ。私の内調特殊チームは解散となった。お陰で２週間の休暇が取れたと」「お伝えします」榊原が応えるとプツンと通信が切れた。榊原は十鳥の伝言を海人に伝えた。やや沈黙があって、海人が言った。「英子さん。事態は山場に入ったようだ。エトピリカの勘はどう？」「海人さんの言うとおりだと、エトピリカは告げていますよ」「そうか――やはりな」海人は真正面上空を見上げるとまだひとつの綿雲が見え、いかつい十鳥の顔のようだった。その顔状の雲は笑っていた。「官邸が内調の十鳥特別チームに最後まで委ねるはずもない。十鳥さんは既得権益者たちには、いよいよ危険な存在となったのだろう。そのことを十鳥さんは予見していたに違いない」「海人さんの言われる通りだわ」「英子さん。十鳥さんの‶２週間の休暇〟は、彼の検察官僚人生をかけた最後の勝負とも思えるよ」「そうエトピリカも言っています」「では俺の推察は間違っていないってことだ」　１００ｍ前方に大型スーパーが見えた。「英子さん。あそこで食料を買おう。十鳥さんの‶悪魔祓いと内調特別チーム解職のお祝い〟もするから、ケーキ３個も」「そうね。十鳥さんのケーキは私たちが代わりにいただきましょうか」「当然だよ。十鳥さんがいたらバカ食いされちゃう。俺たちの分もさ」　　海人たちが達古武オートキャンプ場に着いたのは、午後2時過ぎだった。そこは釧路湿原の中に溶け込むようにつくられ、周囲５キロメーターの達古武（たっこぶ）沼に面している。海人は事前に予約していたキャンプサイト――沼が１８０度展望できる――に着いた。まだ学校が夏休みに入っていなかったからか、ファミリーキャンパーもいなく、数張りのテントだけだった。「海人さん。釧路湿原が一望できて素敵なところだわ」「それは良かった」「じゃあ、これからテントを張る」「私もお手伝いしますわ」　オートキャンプ場のキャンプサイトに横づけしたランクルから、海人はテント・マット・寝袋・LEDランプ・折り畳みテーブル・椅子・簡易コンロなどを取り出し、最後に食料を入れたクーラーを地面に置く。テントはワンポール式が２張り。　榊原がサポートしたから、設置は３０分程で終わった。午後２時５５分だった。「英子さん。珈琲タイムにしないか？」「賛成！　珈琲は私が淹れますね」「それは嬉しい。１時間ゆっくりしてから夕食としても良いかな？」「ええ」　　折り畳み椅子を並べ、海人と榊原は珈琲をすすりながら達古武（たっこぶ）沼（湖とも言う）を眺めていた。真夏とは言え、釧路湿原の気温は20℃以下と低い。海人は車から炭用コンロを運ぶ。「珈琲飲んだら、炭を焚く」海人は榊原を気遣った。　陽光はまだ２時の方向に輝きを放っていた。鏡面の水面に陽光が映っている。「海人さん。『たっこぶ沼』ってアイヌ語ですね。どんな意味なんでしょう？」「確かコブのようになっている丘とかのようだが」「コブ？　古代ヤマト言葉にも共通なアイヌ語がありますわ」「そうだね」「海人さん。この沼は古代期、海面だったのでは？」「その通りだ。だからかな。縄文前期の遺跡が周辺の丘陵地に多いのは。それは北海道の各地にも言えるけど」　榊原がスマホで検索した。「あら！　この沼周辺って戦前戦後、軍部上層部、政治家、財界人が購入しているわ。ここのキャンプ場もそうだったようだわ」「そういう例が多いなあ。北海道の湖周辺には」と海人は言って、空を見上げた。ほう、十鳥さんの顔がいなくなったようだ、と海人は呟いた。せっかくの榊原とのキャンプには十鳥が邪魔だったからだ。ましてダーティーボムテロの悪夢は――。　簡易炭火コンロの網で３００gと５００gの北海道産のステーキが焼かれている。簡易ガスコンロでは、闇鍋状にキノコ類が主役の味噌汁が煮たっている。榊原が食事を担当し甲斐甲斐しく動いていた。その間、隣の椅子に座り海人は、三脚に設置したニコンのフィールドスコープで沼の対岸に生えている葦陰を追っていた。丹頂鶴を探して。「ん？　英子さん。対岸に、家畜小屋とその５０メートル傍に大きなログハウスが見えるが、どうも農家の住まいではなさそうだ。ちょっと覗いてくれ」　ステーキ2枚を皿に移した榊原がフィールドスコープを覗いた。「海人さん。ログハウスのバルコニーで椅子に座っている男たちが見えますわ」「代わってくれ」　海人がフィールドスコープを覗いた。小さく平屋のログハウスのバルコニーが葦群れ裏に見え、母屋の三方にそのバルコニーがあった。海人が倍率を上げた。「何だ？　確かに男たちが三方のバルコニーに座っているのが見える。まるで監視しているように……」　榊原がスマホでグーグルアースを見た。人差し指と中指をドラッグして拡大した。「海人さん。農家の家は家畜小屋の背後にあります。あのログハウスは屋根の色は薄い緑です。ほぼ平の形状です。およそ１５０坪。道はひとつ。公道から１００メートル奥にあります。あら？　これは正面の塀のようですし、建物横のバルコニーは左右とも途中で途切れています。途切れたところから塀が取り囲んでいるようです」　海人が覗いているフィールドスコープからは見えない。「英子さん。別荘かな？」「海人さん。別荘にしては開放的なスタイルではないですわ」「そういうことになるな。かなり特殊なものがある別荘かな？」「釧路湿原に相応しくない別荘ですね」「丹頂鶴を探しているのに、化け物別荘とは……丹頂鶴がいるはずもないなあ。おっ！　バルコニーのひとりが双眼鏡でこっちを見ているぞ！」「監視しているのでしょうか？」「そうとしか思えないなあ」そう言った海人の脳裏に‶悪魔ども〟が過った。「まさか――悪魔どもと関係しているのかな？」「海人さん。エトピリカは沈黙していますわ」「では、ただちに危険な別荘ではなさそうだな？」「そうです」　遅い昼食を終えた二人は、それぞれのワンポールテント内で寝床の準備をしていた。陽が4時方向に傾いた。空には一点の雲はない。絶好のキャンプ日和だ。（５８）釧路湿原のキャンプ場（２）　釧路湿原を覆う空が茜色に染まってきた。陽光が沼の西方に大きくなって傾きかけている。空をV字形を成し十数羽の野鳥が東へと飛翔していた。　夕方６時。海人たちは簡易コンロの炭火で暖をとり、熱い珈琲を飲んでいた。「あの鳥たちは東、根室の方へ飛んでいる」海人は、小さいV字形になっていく鳥の一団を見ていた。「この湿原の空と地と沼にぴったりの光景ですね。ラムサールの釧路湿原だけありますわ。来て良かった」榊原がマグカップを両手で包み空を見上げていた。「英子さん。ケーキを食おうよ」「そう、忘れていたわ。十鳥さんの分は、私たちで食べちゃいましょう」　榊原が簡易テーブルの上にショートケーキ３個を並べる。「じゃあ、ささやかだが十鳥さんの解職を祝って珈琲で乾杯だ」「海人さん。それと‶悪魔祓い〟でしたね？」「ああそうだった」　夕方７時頃になった。黄金色となった陽が沼の彼方西に一気に沈みかけ、鏡面の水面に黄金色が走っていた。「海人さん。まるで絵画のような……」榊原が息を飲み、湿原と陽光が織りなす絶景を見つめた。「実に美しい。夕景にも個性があるようだ。支笏湖もそうだが、この絵も……周り全体が大自然だからかな」　陽が沈むと、緞帳（どんちょう）のように帳（とばり）がすっと降りてきた。気温もそれと同調して下がってきた。寒い！　気温は１０℃か！　海人が慣れた手つきで備長炭を火バサミでコンロに入れていく。榊原が１００V専用のLEDランプ２個をターフ左右のポールに下げた。オートキャンプ場は電気が使える。コンロ周辺、３畳ほどが白く照らされた。　ダウンを着こんだ海人と榊原は、コンロ前の椅子に座った。「英子さん。寝るのは９時３０分だよ。朝起きるのが早いから」「ええ。それまで海人さんと会話が出来ますね」榊原は海人の心の裡を訊きたかった。心の裡――海人の思想信条に興味があったからだ。「海人さん。考古学と歴史観について、どう考えています？」「おっと、難解な研究論文の課題のような質問だな。ちょっと待って」海人は、マグカップの珈琲を一口飲んだ。「そう言えば、英子さんとはお互い政治とか歴史観の話をしたことがないな。そう、考古学には歴史観は欠かせないものだ。思想的先入観とか予断とかを入れた歴史観は、考古学を曲げるからね」海人が珈琲を口にした。ほど良い苦みが口内を刺激した。「榊原先生の試験課題にお答えするよ。ご存知のように、日本の考古学には不純物が入りがちだ。とみに現政権になってからは。そうそう、授業である学生からこんな質問があったな――『日本人は元から日本列島にいて、古代文明を形成した、とネットに出ていますが、先生はどう思います？』ってさ」「海人さんはどう答えたのです？」「こう答えたよ。『文化人類学』関係の本３冊を読んでくれ。大学の図書館にあるよ、ってさ。その学生の目が妙に曇っていたからさ。立場上、バカとは言えないのでね」　海人は珈琲をすすった。そして話を続けた。「日本という国は、考古学、歴史学に政治力学が深く入り込む独特なものがある。現政権が言われている『忖度』がヤマト王権以降の７世紀、８世紀あたりから慣習となって、歴史学に影響を与えているような気がしているよ。つまりだ。日本の歴史学は、相も変わらず進化せず現在に至っているのだ」「海人さん。その根拠は？」「日本書記とか万葉集とか、その他の歌集にその顕著な事例がある。近現代では、明治の王政復古。それと靖国神社だ」海人は命題をあげて言った。　すぐさま榊原が訊いた。「具体的には？」「いわゆる皇国史観だよ。これは政治観であって正当な歴史観ではない。考古学、古代史などの歴史研究には無縁のものだ。俺が考古学を選んだこともそれに関係しているよ」「どう関係しているの？」「３世紀以降の古代史研究には、必ず皇国史観が邪魔をし、歴史学という学問の純粋性を失っていくからさ。その点、縄文の考古学には自由がある」「海人さん。靖国神社に触れましたが？」　海人は即座に反応した。「靖国神社は、日本の近代化政治と真逆な存在だ。日本人の精神性を退化させた際物。国家全体主義の象徴と言えるな。未だに靖国参拝をしたがる現政権、戦後の保守政権が靖国にこだわっているが、それが継続する限り日本政治の真の国際性は遠くなっている。国策に殉じたのだから参拝は当然、という政治家が多いけど、そこにも政治思想の空洞化現象がある。つまり、明治新政府から現在に至る日本は、『日本民族教』という異形の新興宗教国家が続いているのだ。英子さんの設問への概略的な答えは、以上だ」海人には、榊原英子という考古学者が自分よりも深い洞察力の持ち主だと理解している。俺の洞察力は、まだ甘い！　榊原の横顔が影絵となって彼方を凝視している。釧路湿原は、濃い影となっているが、茫洋とした空気感が漂っている。夜空には１、２等星が煌めいてきた。が、オートキャンプ場の灯りが、まだ満天の星の登場を遮っていた。榊原の影が口を開いた。「わたしも海人さんの見識と同じです。旧石器時代、石器時代、縄文期から弥生時代、古墳時代、そして飛鳥時代。日本列島には北方から大陸から様々な民族的集団が移住して来ました。人の移住には必ず文化が伴っています。日本人は、どこから来たのか？　この答えは明確です。大陸からです。そして――これは極論ですが」と榊原が言いかけた時、海人の特殊携帯が寂とした夜に、けたたましく鳴った。十鳥からだった。海人は榊原が聴こえるようにスピーカーにした。「堀田先生。お二人と、わたしも同じ見識だよ。だから同志なんだな」十鳥の話に雑音は入っていなかった。「十鳥さん。今どこです？」「達古武オートキャンプ場の左サイト。テントの中にいるよ。さっき到着したばかりで、腹が減ったな。わたしの食事はあるんだよな？　今からそっちに行く。他に３人の野郎もいるぞ」　これには海人たちは驚いた。何でここに来たんだ！？　榊原がクーラーから明日の分のステーキ、インスタント・キノコ汁等を取り出す。海人は簡易コンロに炭を入れていく。珈琲はドリップに十分入っている。この数分後、テントの背後から数人の足音が聴こえ、数本のLEDライトが海人たちを照らした。「先生たちよ。お邪魔するよ」音を落とした十鳥の声が二人の横から聴こえた。同時に部下の３人も姿を現した。十鳥と部下たちはダウンを着こみ、ズボンも帽子も靴も、そして手袋もアウトドア用だが真っ黒だった。「先生たちよ。エゾシカ肉１頭分と鮭１本を持参した。それに野菜もだ。今夜は酒を飲まないから珈琲とウーロン茶を持って来た」十鳥が言うと、部下のひとりが４０Lのクーラーボックスを簡易コンロの前に置いた。海人たちはそれを唖然として見ていた。「十鳥さん。椅子がないけど」と海人が言うや、部下たちが折り畳み椅子をテーブルと簡易コンロの周りに置いた。「彼が焼肉奉行なんだ。先生たちよ。彼に任せて良いかな？」十鳥が部下のひとりを手で指した。他の部下が簡易食事道具類をテーブルに置く。「先ずは腹を満たすぞ」十鳥が言うと、焼肉奉行の部下が簡易コンロに鹿肉ステーキを並べた。「ところで十鳥さんたちは、何で来たの？」海人が訊いた。「あそこに‶山〟があるからだよ」十鳥が沼の対岸を指で示して言った。「山？　ここは平らな釧路湿原だよ。山は相応しくないよ。十鳥さん」海人が皮肉を込めて言った。　十鳥の脳裏の回転は速かった。「了解したぞ。‶山〟を‶マヤ〟としよう。これで良いかな？」そう言って十鳥は、肉汁が音を立てている鹿肉ステーキに目をやった。「戦の前には腹を満たさねばならぬ。おや、牛肉ステーキ３枚が焼けているぞ。みんな食うぞ！」十鳥が言うと、焼肉奉行がどっと牛肉をプラスチックの大皿に載せていく。「さあみんな。食うぞ！　遠慮は俺たちには悪だぞ！」そう十鳥が言って、プラスチックのフォークをステーキに突き刺した。（続く）

2019年10月20日

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ブログ長編冒険小説『海峡の呪文』（１）

にほんブログ村支笏湖　　　　『海峡の呪文』 () （プロローグ）空はどこまでも碧かった――。この日、堀田海人（ほった　かいと）は、愛用のオープンカヌーを湖に浮かべていた。湖面は真夏の陽光が銀色に反射し、微かに震えるように照り返していた。　　海人がパドルで水を後ろに押しやると、カヌーは湖面を滑るように沖に向かって行った。湖にはチップ釣りのボート数艇が、釣竿を立てて流していた。それらのボートを避け、海人はそびえる恵庭岳を眺めながら、湖面を撫でるようにパドルを漕いだ。モラップ野営場から３００メートルほど進むと、海人はカヌーを停めた。振り返ると、前方の湖面には日本２百名山の風不死岳がモザイク模様となって反転して映っていた。風不死岳のすぐ奥、重なるようにして山頂を大きく抉られた活火山、樽前山がその姿を覗かせている。背後には活火山の恵庭岳が、この湖を天空から凝視するようかのように覆いかぶさっている。　いつもの見慣れた光景である。　この支笏湖は、山々に大きく囲まれたカルデラ湖であり、厳冬期でも湖面を氷原と化すことがない。それはあたかも、酷寒の北の大地に抗うかのような不凍湖だ。この湖は欲望を剥き出す者とは、決して妥協することがない。威厳と不屈を感じさせるものがある――そう海人は思いつつ、再びパドルを漕いだ。現在は使用できないオコタン旧野営場――札幌冬季オリンピックの滑降競技会場となり、戦前から日本の政財界の表裏のドンたちが密会する温泉別荘があったところである。M財閥系のホテル運営会社が、国と管轄の地方自治体から租借していた――から２００メートル程沖に着いたところで、海人はアウトドア・ハットを顔にかぶせ、仰向けになった。湖水でやや冷えた風が、火照った体を癒す。目を瞑ると、揺り籠のようなほど良い揺れが眠気を誘った。ほどなく彼の頭の中に白い靄が広がっていった。湖岸からの風が海人の帽子を飛ばした。　いきなり陽光が瞼を通し網膜に刺さった。浅い眠りから覚めた海人は、カヌーの舷側にロープを腹にくくりつけると、ライフジャケットを脱ぎ、シュノーケルと足ビレ、水中メガネを着けた。そして海人は、頭から飛び込み、湖中に消えた。　真夏とはいえ、ここの水はとりわけ冷たい。海人の火照った体がきゅっと痺れた。海人は一気に潜った。湖水の透明度は日本一である。傾斜した湖底に白骨のように林立する化石状の樹木が、淡い水墨画を描いているのが見える。この湖で溺死すると二度とその死体が浮上することがない、と言う。湖底に立つ樹林に溺死体がひっかかるからだ。だから死骨湖とも称されていた。　海人は下方、その見慣れた情景を見渡した。ゆらゆらと冷水が揺らぎ、化石化している樹林が不気味に映し出されている。ほどなく水が透明度を増した。その時、海人の目に立木の枝の隙間からわずかにのびる白い小枝が見えた。あれは小枝か？　海人が目を凝らして見つめると、再び冷水が澱み、その小枝を隠した。そこで息が切れた。海人は体を反転させ足ビレを叩き、急ぎ湖面へと昇っていった。新鮮な空気を肺に溜めた海人は、再び体を頭から回転させ潜った。直下７、８メートルまで潜ると冷水が全身を締め付け、体を硬直させた。海人の目に、再びあの小枝が見えた。それは天を突くようにのびる人間の手だった。その手の下に、上を見つめる蒼白な顔が見えた。驚愕する海人！　慌てて体を反転させ、湖面を仰いだ。揺らいだ陽光が見える湖面に向って水をかき足ビレを強く叩いた。素潜りに慣れた海人だが、体が思うように浮上しない。逆に足が引っ張られ、右足が掴まれている感覚である。右足のふくらはぎがギュッと突っ張り、激痛が走った。こむら返しだ。息が切れ心臓は高鳴り、思わず水を飲み込む。気管を通った水が肺に入り、ごぼごぼと口から泡が漏れる。　海人は明らかに溺れていた。海人は湖面に出ようと、やみくもに両手を上下させたが、右足の激痛は増し、九の字に硬直した。気が遠くなりかけたその時、亡き父の声が海人の脳裏を撃った。「海人よ！　光を見よ！」はたと海人は上を見た。すると海人の体をくくりつけたロープがぐいと引っ張った。にわかに湖面に吹いた風が、傾き帆となってカヌーを流したのだ。彼は溺れながら湖面に顔を出すと、一気に水を吐き出した。「親父、助かったよ。墓堀人が墓穴を掘るところだった――」　３８歳で独身の海人は、札幌市内にある私立道央大学の考古学准教授で、もっぱら北海道の縄文時代の遺跡研究を専門分野としていた。第一人者とは言えなかったが。アウトドアは、海人が少年時代からの唯一の趣味であるが、遺跡調査にも役立っている。趣味と研究費が少ない時の現地遺跡調査を兼ねたものだった。　午後３時過ぎ、モラップ野営場に戻った海人はスマホで１１０番を押した。（１）（１９４５年１１月・ノヴォシビルスク）　　　　　　　「たった数カ月の間に何人の骸を見たのか――１０８人までは覚えているが、そこで神も仏もいないと知って数えるのを止めた」立ちこもる悪臭と人いきれで霞む中、堀田大和（ほった　やまと）は、貨車の板壁の隙間から駅構内を覗き呟いた。　ここがノヴォシビルスクだと知るのは、この街の郊外に急造された簡易な収容小屋・ラ―ゲリ（収容地区）に移送された時だった。「おい！　熊男よ、停車したぞ。ここで降ろされるようだ」大和は同じ歳の山本熊男に言った。「そのようだな。監視兵がずらっと並んでいるからな」熊雄がかすれた声で応えた。この二人の少年は１６歳の時、満蒙開拓青少年義勇軍の西満州・興安訓練所で知り合った。３００人構成の中隊で一緒だった。　満蒙開拓青少年義勇軍に志願したのは、１９３９年の春のことだった。大和は北海道の東部、網走から知床間にある農村――小さな泉が湧く場所から命名された――小清水（現小清水町）で育った。小清水は明治期の後半３０年代に１０数の開拓団が東京、京都、大阪、長野などから、北海道でも遅く入植したところだ。開拓団といっても、不在地主となった華族・財閥などの投資開拓団であった。国からただ同然の払い下げを受けた入植地である。壮絶な開拓の物語があるが、この小説では触れない。　堀田大和は次男だった。堀田家は代々、奈良県吉野の十津川村に住んでいた。　明治２２年、十津川が未曾有の大洪水に遭い、十津川住民の過半以上が北海道に移住した。ほどんどは、新十津川に集団で移ったが、堀田の世帯だけが、開拓団とは別に、まだ未開拓の小清水に移住した。大和の父はその理由を子供たちに伝えてはいなかった。開拓団の入植よりも１０年早い。その訳は謎である。　古代から吉野の十津川は天皇家へ忠誠を誉としていた民だった。当然、堀田家も天皇崇拝主義が家訓であり、また剣道を男子の養育の基本としていた。流派は直心影流である。大和は少年でありながらも、痩身だが大人とそう変わらない１７０センチ。身体能力は優れ、大人を負かす腕前だった。父親の勧めもあって、大和は直心影流の達人であり教育者だった加藤完治に憧れていた。加藤は、満蒙開拓少年義勇軍約８万強の指導者であり国策推進者だ。国策のスローガンである『王道楽土』と『五族協和』を、自説の天皇崇拝農本主義を敷衍しつつ説く加藤の教えに、大和は無意識のうちに心酔していった。一方、熊雄は長野県の、とある被差別部落の貧乏小作人の３男だった。国民学校の教師から巧みに勧められ志願した。志願させられたと言ってもいいだろう。だが、いずれにしても共通なのは、２人ともいわゆる軍国少年であり、心躍らせて満蒙開拓少年義勇軍に志願し、満州に行ったことである。だが、二人の夢はあっけなく終わった。終戦を告げる玉音放送の噂が半月遅れで届いた時、ソ連軍１７８万が北の国境から怒涛の侵入を始めたからである。気付いた時は、ソ連軍が１キロメートル手前にある開拓団の村を襲っていた。大和と熊男は、轟く砲弾、銃声を聞き、急ぎ訓練所を脱出した。３日間の逃避行の末、林の中に隠れているところをあっけなく発見された。２人は終戦の玉音放送から、２７日経った時、満州ハルピンの手前でソ連軍に捕まったのだ。　大和と熊男は関東軍の兵士ではなかったが、１９４２年製造の三八式歩兵銃――配給された時から五発入りの弾装は空だった――を持っていたので関東軍の兵士とみなされラ―ゲリ送りとなった。いわゆるシベリア抑留者となった。１９４５年１１月。二人はノヴォシビルスクのラ―ゲリの収容所・第５２６に、関東軍捕虜らと共に入れられた。この季節、ノヴォシビルスクは厳冬期を迎えようとしており、２人にも過酷な運命が待ち受けていた。それは死の宣告がいつ下されるか、その時をただ待つかのようなものだった。　　夜半過ぎ、２段の棚床の上から下痢音を響かせ、大和が唸った。「また下痢だ。熊雄よ。行くぞ」　２人は収容所の脇にある便所溝に行った。２人は溝にまたがり腰を下ろした。月明かりが２人を照らした。　海人はバリバリと音を鳴らし、ソ連共産党新聞を切った便所紙で軽く拭き終えた。「熊男よ。俺たちは生き延びてやるぞ。このまま死んでたまるか！　必ず日本に戻るぞ！　〝あいつ〟だけは許せない！　熊雄よ！　仲間が３万人以上も死んだんだ」　前にいる熊雄が振り返った。大和の目が不気味にぎらついているのが分かった。「ああ、あいつだ！　似非（えせ）教育者め！」　熊雄も腸が煮えくりかえった。　また大和の下痢が鈍い音を鳴らした。「毒っ気が出たぞ！　熊雄よ！　俺たちは必ず帰るぜ！　いいな！」　大和の声に張りがあった。「大和には何度助けられたことか……大和が神に見える……帰る……」　そう応えた熊雄の語尾に余韻があった。　それは、その後の２人の運命を意味していたが。大和は知る由もなかった。　２人は凍てついた素掘りの便所溝に腰を下ろし、監視兵に聴こえないように囁いていた。夜空には満天の星が輝き、満ちた月が２人を照らしていた。（２）出勤した初日。　ドアを開けた瞬間から、百舌良平（もず　りょうへい）の心は萎えた。「ここは死臭が漂っている。俺は棺桶の中に入ったようだ――あと３年の辛抱だというのに。それにしても何で俺なんだ？」　大柄で温和な顔立ちの百舌はそう呟き、革張りの新しい椅子に座った。椅子が沈み、軋む音が静まり返った部屋に響いた。ここは「内閣官房情報調査室（略称は内調）」だった。８年前、衆参の過半数を大きく占めた、極端に右傾化した信条の首相とその与党が強行し、少数となった野党と国内の反対運動を押し切り特定秘密保護法を成立させたのだ。それから二年後「情報保全観察室」を設置した。この新設情報機関に政権と政府の耳目のあらゆる権限が与えられた。そのため「内調」の役目は縮小化し、耳目が退化したモグラのような存在となっていた。それは国民の耳目を塞ぐものと同じ次元でもあった。百舌は検察庁公安部の検事から転属し、内閣官房情報調査室の主任分析官となった。転属された理由は定かではない。が、霞が関と千代田町の政治に無関心な男、毒にも薬にもならない検察官僚の端くれだったからだろう、と百舌は自分を罵った。が反面、定年後の馴らし運転の日々が過ごせる、とほくそ笑んでもいた。デスクに座って５分も経たない時、百舌のところに女性スタッフから一通の封書が届けられた。すでに封は開けられていた。ＣＴスキャン、爆発物、放射能、薬物検査などを終え安全を確認されていたが、一般市民から封書が届くのは、内調では稀なことだと聞いていた。それに「情報保全観察室」がすべてに優先されていたのだ。重要な〝物〟が俺のところに来るはずもない、来ても困る、と百舌は思った。まして封書の裏には、日本語のカタカナで差出人の名前が記されていたのだ。百舌は消印を見た。一週間前に西新宿から出されていた。＜俺がここに来る前に届いていたのだろう。ガサネタに間違いない＞　百舌は、カタカナで書かれた差出人のロシア人名ミハイルに目をやる。中に１枚の便箋が入っていた。その用紙の上部に、『これは最高レベルの国家機密情報です』と赤インクで書かれ、ロシア人名でありながら、文章は達筆な日本語で書かれていた。嫌でも百舌の好奇心が膨らんだ。『直接お会いして、貴国にとって重大な情報を提供したい。明日の夜８時、新宿歌舞伎町スカイランドビル７階の店「飛鳥（あすか）」のカウンター左奥でお待ちしている。ただし、そこにいる者は私のツナギ役であり、単にツナギを頼んだ者に過ぎない。その者が渡す伝言が、私からの極秘情報である。そちらからは、複数来ても良いが、提供する情報に対応できる内調調査官、ロシア情報当局のリストにない調査官を望む。ツナギ役に合言葉「フラグマン」と告げてほしい。こちらのツナギ役は、「ミハイル・コ―ガン」と答える。内閣官房情報調査室に送ったのは、貴国の直接的かつ政治的判断が必要な情報であり、重大かつ緊急性のある内容だからだ。なお、接触された内調の者が、今後とも、私の窓口になっていただく。連絡方法は伝言に記している。貴国にとっても高度な機密情報なので、貴国の情報機関からの漏洩を危惧する。そのことに最大の留意を図っていただきたい』　読み終わった百舌は、おもむろに胸ポケットから手帳を取り出した。夜の欄はいつも空白に決まっているが、俺はキツネ・タヌキにはなれないのだよ、と呟き、指定の場所と時刻を憎しみ込めて書き込んだ。まだこの情報が特定秘密情報の対象に該当していないが、行くのは俺ひとりでいい。＜ガサネタだから俺にまわってきたのだ。だが、そうであっても無駄ではない。ミハイル・コ―ガンが飲めるはずだ。五分五分だ＞　百舌の勘は、どっちに転んでも損はない、むしろ外れてくれたほうが良いに決まっているのだ、と告げていた。　１０月初旬だというのに、やけに蒸し暑い夜だった。花金の歌舞伎町は相変わらず賑やかだった。夜８時ちょうどに、百舌は指定の店「飛鳥」に入った。店の内装は、いかにも１９世紀のモリス調らしい植物柄でコーディネートされ、二つしかないテーブル席は、馴染みらしい年配客が埋めていた。耳にする話は、霞が関で飛び交うものとは異次元の難解な文学論のようだった。一見客が来るところではなさそうだ。しかも年配客を見ると、世間離れした匂いを放っている。名誉の付いた退官教授連のようだった。５０代半ば、楚々とした和服姿のママひとりが、カウンター内にいた。目が合った――美人で知的であり、品があり、聡明そうなママは俺好みだ――来た甲斐があったと、百舌は口の端を緩め、カウンターの左端奥に目をやる。カウンター席には、まだ誰も座っていない。「ようこそ初めまして。お連れさんを、お待ちですね？」　薄化粧で細顔のママが笑みを浮かべ、百舌に訊いてきた。「ああ、そうだが」「何をお飲みになります？」「ウオッカはありますかね？」　百舌は、店に置いていないと思って言った。「〝ミハイル・コ―ガン〟ならありますわ。他にも」この美人のママがツナギ役か――。「ミハイルは飲めないが、国産のウイスキーなら飲める。私は〝フラグマン〟の百舌です」百舌は〝フラグマン〟を強調した。フラグマンがウオッカだと百舌は知らなっかった。お店に百舌用のフラグマンのボトルは用意されていたが。「珍しいお名前ですね。百舌さん。では、竹鶴２１年物にしますわ。ストレートでよろしいですか？」ママは顔色ひとつ変えず、笑みを返した。「北海道の余市ものか。俺は、北海道にはとんと縁はないが、それで結構だ」　ママの手が胸に行った。百舌の目が追った。「私は甲斐陽子と申します。百舌さんにお渡しする封書を預かっていますよ」と言って、自分の名刺と封書を百舌に手渡した。「甲斐……さんか、来た甲斐が……これからもやっかいになりそうだ」と親父ギャグを交え、百舌も名刺を出す。名刺には、個人専用の携帯番号が手書きで記されていた。「あら、やっかいですか？　ミハイルさんも、そう言ってましたよ」「ほほう、ミハイルさんがね。親父ギャグが同じか」百舌の視線が封書にいく。「どうぞ、開けてご覧になってください」　ママの甲斐がペーパーナイフを百舌に渡した。　手紙の筆跡は、内調に届いた封書と同一人物のものだった。百舌は、すばやく封筒を開けた。中にハガキ大のカードが入っていた。裏の黒いシールを剥がせとある。それを剥がすと５行の文が書いてあった。百舌は素早く読み終えると心臓が激しく収縮し、にわかに眩暈（めまい）がした――それは五分五分でなく、悪魔の囁きとしか思えない内容だった。『dirty bomb（ダーティーボム）が、我が国の政治マフィアから日本の〝悪しき組織〟に売却される。その引き渡しは、北海道である。今はマフィアの手にあり。しかも我が国のテロ組織〝イスラム原理主義過激派〟も関わっている。これを露日で極秘に解決する必要がある。これは真実の情報だ。また連絡する。特に貴国の〝悪しき組織〟については早急に教える』何っ！　いきなりダーティーボム（汚い爆弾）とは……と絶句した百舌の目は、宙を泳いでいた。想像するだけでも身の毛がよだつものだからだ。この爆弾は、放射性物質を生で広範囲に汚染拡散させるものである。爆発させ核物質を広範囲にばらまくのだ。そのテロの脅威は想像を絶するものである。　百舌は３度読み返し、行間の空白に隠れている何かを探した。何もない、と呟いていると、文面が焼け焦げるようにまっ黒くなった。やはり本物の悪魔の情報だ――ロシア情報機関のものに間違いない。これはまさしく特定秘密情報だ、と百舌は確信した。「ママさん。当分お世話になりそうだ。急に北海道に縁が出来た。余市の竹鶴をキープしたい」　どうにか平常心を取り戻した百舌は、甲斐に告げた。「すでに竹鶴が用意されていますわ。ミハイルさんのご要望ですよ」　この店にロシア人が来るはずはない。日本人の協力者が出入りしているのだ。だが、日本人協力者の詮索は無用だ。相手との信頼関係を維持することが肝心なんだ。そう百舌は即座に判断した。「それは困ったことだ。北方四島が返還されるまでは、ロシア人に奢られる訳にはいかないからな」「私も同感ですわ。では百舌さんは、ミハイルさん用のボトルをキープしてください。それで引き分けですわ」「ロシア大統領の引き分け論か。それでいこう。ママさんにお任せする」「ああ良かった。それでは竹鶴にしますよ。百舌さん、ごゆっくりお飲みになって行かれたら？」　甲斐の言葉は弾んでいた。伝言の内容を知らないのだ、と百舌は思った。「今日は、この一杯にしたい。ミハイルさんによろしくお伝えくださいな」急に心臓音が高鳴り喉の中が渇きだし、百舌は心中で呻吟していた。「ママさん、悪いけど今日はこれで止める……お冷を……一杯頼む」　翌日、百舌は内閣官房の官僚たちを避け、直接、首相の懐刀で側近の瀬戸際一郎副官房長官に報告した。数日経って、百舌は瀬戸際副官房長官から呼ばれた。それはミハイルの伝言が日本政府首脳に届いた証しかと思われた。『我が首相は、この情報を特定秘密に指定した。百舌主任に、この重要問題の解決のため、特別な権限を与える。この問題の漏洩を避けたい。かつ、最悪の事態だけは防いでくれ。国民に知らせるのは、問題の危険性が消滅してからだ。百舌主任以外に、この重要問題を知ることが出来るのは関係機関のトップ及びナンバーツーだけだ。それに百舌主任の補佐に情報保全観察室の自衛隊情報保全隊所属、紫藤彰一佐を任命した』　これが百舌に与えられた官邸からの指示概要だった。日本政府はミハイルの伝言を荒唐無稽なものと軽視したのだろう。俺に任せるはずがない内容なのだ。念のために俺に紫藤補佐を付けたのだろう。想定通りのことだ、と百舌は受け止めた。が、百舌は改めて思った――ミハイルの情報は真正であり、緊急対応を要する。これで手帳から空白がなくなった。それどころか暗夜を這いつくばるはめになった。それにしても忌々しいミハイルの伝言だ。　　　　　　　（続く）　このブログ冒険小説は原稿用紙換算で約８２０枚の長編である。今回（１）の内容は、この小説の根幹に触れた序章である。登場人物の紹介は文中に記して省く。物語の４０％は実際の内容を使用しているが、残りはフィクションである。もちろん参考文献も多く参照している。このブログ小説を毎日連載できそうにない。また、お付き合いしていただいている方々のご理解を受けられるか自信もない。もし、これからも読んでいただけるなら、週に一回程度で掲載したい。またなにぶんブログなので、文字及びルビ等が普通に書けない。その点もご理解いただきたい。　なお、文学的表現は期待に応えられないが。さらにお気に入りブログ主のイメージもお借りして登場させてもいる。悪しからず。なお、史実とその背景と、ほんの一部の人物は実名かつ真実であるが、多くの団体・個人名は架空のものである）

2019年03月07日

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