ブログ冒険小説『闇を行け!』7
ブログ冒険小説『闇を行け!』7 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々としていて、そこから入るものが多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない」(マタイによる福音書7-13)主な登場人物 ・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)・武本 信俊(ムボン・シジュン) 君の甥 韓国38度線付近の住民(7) その洞窟は渓谷の下、プカンガン(北漢口)の源流域にあった。ムボンの家から徒歩で行くと40分はかかる。十鳥チームの一団は、2台のSUVに分乗し来た道を渓谷沿いまで下りた。道路の行き止まりに、ほど良い駐車場がある。洞窟はその真下、断崖の中段、上からは見えない。源流の上、30mほどのところである。洞窟の入り口は上下左右が大岩で覆われ、入り口は両脇の大岩が重なった60cmの隙間の3m先にある。絶対と言えるほど、外部から見えない外観だった。 ムボンを先頭に背負えるだけの装備を背負い、列をなして道路が切れた先、上方の林の中に入って行った。そこの道は登山道のようでもあり、獣道のようでもある。100m程行くと、源流の上部に出た。50m下に源流が湧き出ているのが見える。 ムボンは断崖の縁に立ち、振り向いた。「ここから降りて行きます。断崖の段丘部の道ですが、取り付けてあるロープに掴まってください。120m行くと洞窟の入り口に着きます」 幅60cmの岩の道だが、表面が削られた人口の道だった。道自体は緩やかな勾配だった。しかも滑り落ちることがないように高さ40cmほどの縁がある。つまり、凹(ぼこ)状となっているのだ。右側は絶壁だが。「この道は、確かに人の手が加えられて、かなり古いな。古代の匂いがするぞ」そう呟いて海人も下って行く。 ほどなくムボンが洞窟の入り口、5,6畳大の踊り場に着いた。源流の断崖の上だが、自然の大岩で囲まれ、この踊り場も外からは見えない。断崖がオーバーハングし、断崖の上からも見えない。 ムボンが大岩の隙間60cmを通って行く。 そこは暗部だった。洞窟だ! 楕円形の洞窟内部だった。広さは12畳大。高さは天頂部で4m。洞窟内に電池式ランタンのライトが点いた。海人は見た! 榊原も見た! 奥の祭壇の上に白い十字架だけが立っていた。意外だった! 周りも見た。自然の岩肌だった。意外だった! この洞窟の教会は! まったく装飾がない! クンが言った。「そこの台の下がトンネルの入り口です」祭壇前の台を指で示した。 十鳥が言った。「先ず、一服しようじゃないか」「十鳥先生。ここは教会ですので禁煙ですよ」榊原が厳として言った。「いやいや、一服は休憩の意味だよ」十鳥がジャッケのポケットから手を放した。 名々が床に座った。海人が床に座るや、手で触った。床は長年の土が堆積し砂岩状となっていた。やはりここも古代の匂いがするぞ!「ムボンさん。この洞窟はいつからあったのです。いや、いつ見つけたのです」自然の洞窟だ。いつあったのかは愚問だ。「一族の伝えでは、逃げ隠れた祖先が見つけて教会にしたそうです」「あの白い十字架はいつからですか?」海人がムボンに訊いた。 ムボンが答えた。「最初からです。代々。何故ですか?」「天主教はローマカトリック系ですので、マリア像とか、天井画が描かれていたのでは?」榊原が言った。「いいえ、最初からあの十字架だけで、何もありません。そう聞いています」ムボンが答えた。「とても興味深いものが……」と海人が言いかけた時、十鳥が告げた。「さあ、行くとするか。暗夜のトンネルへ」 トンネルへの入り口は直径1mに広げられ、鉄製梯子が取り付けられていた。海人はヘッドライトを点け降り始めた。80cm降りると、目が点となった。何だこれは! 砂岩状の堆積層に拳(こぶし)大から小指大の石が顔を覗かせていたのだ。それもびっしりと並んでいた。海人が心中で叫んだ。見つけた! 旧石器だ!「堀田教授。早く降りてください」役立の声だった。我に返って海人は、旧石器を睨みながら降りて行った。また来るからな! 待っていろよ! 石よ! トンネルの底部は8畳大と広かった。 側壁に取り付けた電池式ランタンの灯りで良く見えた。「酸素ボンベ類などの装備があるじゃないか」海人がひとりごちた。「数日前に、叔父と叔母がムボンとで運び入れました」クンが言った。「あそこのテープを張っているところまでは安全です。地雷は無かったのです」クンが言った。 クンを筆頭にトンネルチーム全員が装備をつけた。完全戦闘用装備を。 カナリヤの鳥かごを持ったクンが告げた。「これからは全員が寡黙になり、手で合図する。無線を使う時は、暗号を使います。20m前進したら、ライトを点滅します。つまり皆が20m尺取虫になりますよ。地雷を見つけたら合図しますので、安全を確認するまで防弾盾で隠れてください」クンが小型の地雷探知機を握った。そしてマイクに告げた。「A。行く」 皆のイヤホンに「闇を行け!」と命じた十鳥の声が聞こえた―― クンらはトンネルを300m進んだ。前方は闇だが後方は薄く明るかった。 ここまで海人は、トンネルの側壁を点検して来た。北側が巧みにトンネルの意図を隠しているから、じっくりと時間をかけていた。(北側は、韓国に発見された場合に備え、言い訳を偽装――例えば、トンネル内を石炭粉で塗ったりと――していたからである。今のところ岩盤のままだった。不自然な壁は無かった。 クンはさらに進んで行った。2時間が過ぎた。その時、クンのライトが後方を長く照射した。地雷だ! 後ろのムボンが防弾盾を立てた。「A。有り」クンの声が皆のイヤホンから聞こえた。海人の全身に緊張が走った。後ろの皆が待った。時間が過ぎるのが長かった。そう思えたのだ。「A。無し」クンが地雷を安全化(起爆装置を外すと無害となる)した合図だ。 クンは進み、約2.7kmを越えた。地上の軍事境界線あたりとなった。それまで処理した地雷は15個。対人用地雷だった。かかった時間は、5時間強。 海人も最後尾から続いていた。ヘッドライトで側壁を凝視した。側壁縦にひびが見え、不自然なものを感じた。幅1mの両サイドに縦のひびが断続的に入っていたのだ。岩盤の表面を手袋をはいた手で撫でると、約3mmの隙間が現れた。1m×2m大の岩盤の扉か。上部も撫でてみた。やはり隙間が現れた。隙間は30mm。下部の底部にも横線のひびが見えた。1mm。どのひびにも目地材(岩盤を粉末にした)が入っていた。海人はサバイバルナイフの先を差し込み、目地材を取っていく。「D。有り」海人がマイクに言った。「C。行け」十鳥が役立に命じた。 10数秒で役立が海人のところに戻って来た。手に地雷探知機を持っていた。そして役立が壁の周辺に、念入りに地雷探知機を当てた。一度二度三度。「C。無し」役立が言った。「E。やれ」十鳥が命じた。 役立がバール2本を取り出した。1本を海人に渡した。二人はバールを壁の底部の1mmのひびに当て、ぐいぐいとこじ入れていく。5cm程バールの先が入った。二人は目で合図した。ぐいっと壁を持ち上げ、手前に少しずつずらした。壁は意外と軽かった。木製戸に岩の粉を吹きかけて偽装していたからだ。壁底部が完全に外れた時、役立が地雷探知機を念入りに当てていく。反応は無い。役立が海人にアイコンタクトした。扉をゆっくりと脇にずらし、半分開けた。役立が簡易ガス探知機を持った手を内部に入れた。そして親指を立てた。安全! 海人が携帯ライトで内部を照射すると、木箱類がびっしりと積まれているのが見えた。約10畳か。空間の高さは3mか。入口付近だけが空いていた。役立つがトンネル側から地雷探知機を当て、何度も繰り返した。そして親指を立てた。「C。D。有り」役立が告げた。「QQQ(キューキューキュー)」十鳥が合図した。意味は武器庫を全員で確認せよ、である。だが、油断をするな、とも言っている。 数分して、クンがムボンと共に、カナリヤと地雷探知機を持って戻って来た。 クンが海人と役立に耳打ちした。ムボンには手で合図した。離れろ!「私が武器庫の安全を確認するまで、30m以上戻ってください」 海人たちが離れたのを確認すると、クンが武器庫らしき空間に足を入れた。 ヘッドライトと電池式ランタンを掲げて、木箱が積んである空間全体を凝視した。そして手前の木箱の上にランタンとカナリアの籠を置いた。カナリヤはいつものように活きている。そして地雷探知機を木箱全体に当てていく。探知機がキーンキーンと反応した。手前の一段低い木箱の蓋を慎重に開けていく。1cm開くと、クンは携帯ライトで木箱の中を覗く。罠らしき仕掛け配線は無い。蓋を少しずつ開けていく。そして中身を見た。油紙に包まれた一つを取り出した。そしてトンネルに戻った。 皆を呼んだ。 ムボンが油紙を取り、中身を手にした。「これは旧チェコスロバキア製の短機関銃スコーピオン(正式名称はⅤZ61)です。朝鮮戦争時、北側が主に使用した物です」ムボンが囁くように言った。「E。KKK(ケッケッケッ) 」十鳥からの指示だった――全ての武器を確認せよ――という意味だが、喜び満足した彼の表現でもあった。 3時間かけて、武器庫の木箱すべてを確認した。 想定内と言うべきか、想定外とも言うべきか、武器庫に短機関銃200丁、弾薬はあまりあるほど。だが十鳥は不満足だった。まだ武器庫はあるはずだ。携帯対戦車弾、地雷、スナイパー銃等があるはずだ。そう願っていた。「今日は2.7kmで止める。トンネルチームをここに戻す。ここで一泊する」十鳥が榊原に言った。そしてマイクに発した。「E。MMM」戻れ! 洞窟で泊まる! 真っ先にクンが穴から顔を出し、カナリヤ籠を榊原に渡した。数分でトンネルチーム全員が戻った。皆がグータッチをした。「腹減った」海人が口を開いた。トンネル内で携帯食料のビスケットを食べているが、腹が納得しないでいるのだ。「火が無いので煙が立たない。予定通り、煙が立たない携帯食料を食うぞ。そして寝る。明日は早朝5時から先に進める。まだ武器庫はあるはずだ」十鳥が言った。「私はこれから家に戻り、両親に報告してきます。2時間後、19○○に蒸した鶏肉を5羽持って戻ります。美味しいですよ」ムボンが十鳥に言った。「10羽でなくて良かった。憎々しいくらい肉が食いたい」十鳥が答えた。十鳥の親父ギャグに皆が笑った。 (続く) このブログ冒険小説も、当然、フィクションである。だが、事実も織り交ぜ描いている。