ブログ冒険小説『闇を行け!』4
ブログ冒険小説『闇を行け!』4 「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々としていて、そこから入るものが多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない」(マタイによる福音書7-13)主な登場人物 ・堀田海人(ほった かいと)札幌の私大の考古学教授。・十鳥良平(とっとり りょうへい)元検察庁検事正。前職は札幌の私大法学部教授。現在、札幌の弁護士。・榊原英子(さかきばら えいこ)海人の大学の考古学教授。・役立有三(やくだつ ゆうぞう)元警視庁SAT隊員 十鳥法律事務所の弁護士。・君 道憲(クン・ドホン)日本名は――君 道憲(きみ みちのり)・武本 信俊(ムボン・シジュン) 韓国38度線付近の住民(4) 「着きましたよ。チュンチョン(春川)手前の美味し焼き肉店に」クンが後部を振り返り言った。海人と榊原はシートベルトに身を預け微動だにせず寝ていた。「堀田教授! 榊原教授!」クンが声を張りあげた。すると二人は同時に、がばっと身を起こした。クンがにやっと口を緩めた。軍隊生活時と同じだったからだ。デスクを前にして寝ている上官を起こす最適な方法だった。中佐殿! 薄目を開けた海人が言った。「着きましたか――」「予定通り、チュンチョン手前の美味しい焼き肉店に着きました」「では遅い昼飯を食うとしようか」海人が榊原を見て言った。「お腹がすいたわ」 すかさずクンが言う。「腹が減ったら戦ができぬ、という諺がありますから」 このクンの言葉の「戦」が、海人の心に差し障った。「発掘調査」は「戦」ではないのだから。「戦とはずいぶんと大袈裟なことだね。単に遅い昼食だね」 クンは気まずい表現に気づいた。迂闊だった――俺が話すべきことじゃない「戦」なのだ。しかも「戦」は、あくまでも「発掘調査」次第なのだが。でもさすが十鳥先生が心底信頼している方々だ。 クンが下手な言い訳をやめ、「ではレストランに行きましょう」と言って、車のドアを開けた。その時、クンの顔が曇った。避けたい! ドアを閉めた。「先生方。あそこ、店の横に立っている男がいますね。彼は軍隊の同期の中尉で、現在、国家情報院(略称は国情)の要員となっています。昼食を断念していいですか?」「やめましょう」立っている男を確認し、榊原が同意した。海人は無言で頷いた。が、つい愚痴が出た。「十鳥さんの計画事案には、いつも秘密情報機関とか秘密警察がつきものだ。仕方ないなあ。触らぬ神に祟りなし、だね」「了解しました。ここからは国道を避け、間道を行きます。この先にコンビニがありますから、何か簡易な食べ物を買って来ますが」「そうしてください」榊原が言った。榊原のお腹がぐうっと鳴った。 クンの車は、チュンチョンの湖畔沿いを疾駆していた。ここでクンは後部座席のスモーク窓を開けて言った。「あの湖畔は日本からの観光客が、新型コロナ前までは多いところでした」 右側の後部座席から、海人が湖畔の光景を見た。北海道のどこかの湖畔と似ている眺めだった。涼風も同じようだ。「ドラマ・冬のソナタの舞台となったからですね」榊原が言った。「ええそうです」そう答えたクンが言葉を継いだ。「これから千m程の山間部を走ります。目的地まで約1時間強です」クンは後部座席の窓を閉めて言った。 車は力強く山稜部を登って走った。人家はまばらとなっていく。道はアスファルトで快適だった。スモークガラス越しに窓外を見ていた海人が言った。「この山並みは韓国の歴史上、良きも悪しきも要衝となっているようだね」「ええ堀田さん。特に朝鮮戦争時は特別でした。天下分け目の天王山のような……祖父は韓国軍の兵士として、この山系一帯で侵攻した北朝鮮軍とゲリラ戦をしたそうです。目的地もこの山系とつながっています。現在も韓国軍の分隊基地が多いです。私も何度か訓練した場所です」元軍人らしいクンの言いようである。「お爺さんは?」海人が訊いた。「この山系の北38度線付近で北朝鮮軍との激戦中、亡くなったそうです。停戦命令が出る2日前。父から聞いた話ですが」「お爺さんの遺骨は?」海人が訊いた。「38線の戦闘地域の山のどこかで眠ったままです。祖父に限らず北朝鮮軍兵士の多くも」「やはりそうでしたか。残念なことだ。私は朝鮮戦争に関する文献資料で読んだだけですが、目的地の一帯、この山系一帯に韓国軍が防御に配置されていましたね。その限りで思ったのです――門外漢ですが、北朝鮮軍は山岳戦に強いのでは、と」「堀田さん。まったく同感です。朝鮮半島の北部、つまり北朝鮮は山岳部が多い地勢です。歴史的にも鉱山地帯です。山と山を抉ることには長けています」「だからか。いわゆる‶南進トンネル″を北朝鮮が掘ったのは」海人が言うと、明らかにクンの頭部が反応して、上下に振れた。それを海人は見逃さなかった。榊原も同じく。今回の「発掘調査」について、海人は榊原と詳細に話し合っていた。なにせ目的地がカンウオンド(江原道)北部、38度線に近い場所での「発掘調査」であり、十鳥からの依頼もやけに急だった。それに秘密裏で十鳥と役立が主導ときた。韓国側は優秀な元軍人のクンと甥のムボン(武本)だけである。ここまでのクンの話にヒントもある。榊原の想定Aが「発掘調査」の目的かも知れない。だが、想定AAはあり得ないことだ。海人の思考がめまぐるしく動き、そして停止した。現地に行けば分かる!「ええ、先生。北朝鮮は停戦後、1970年前から、恐らく朝鮮戦争停戦後直後からでしょう。幾つもの‶南進トンネル″を掘っていました。それは脱北者からの情報でしたが。韓国軍がボーリングして見つけたのは第5トンネルまでですが、まだあると言われています。それにしてもよく掘ったものです。まさに長けていますね。穴を掘ることに」「あなかしこ? だよ。北朝鮮の将軍様たちへの伝言の末尾に記すに相応しい」海人がジョークをかました。「あなかしこ。そうね。その伝言は女性が送るのでしょうね」榊原が継いだ。「先生方。ということは北の将軍様たちは山師一族直系ですね」「そう言えるな。そもそも独裁的権力者自体が貪欲な山師根性の持ち主だよ。だが歴史では必ず墓穴を掘ることになるよ。なあ榊原教授よ」と海人が吐くと、「そうは言えるでしょうけど、堀田教授はまだ氏名の明らかな墓穴を掘ったことがありませんよ」榊原が返した。「そろそろプカンガン(北漢江)沿いの道に下りて行きます。目的地まで30分程です」クンが告げた。(続く)