カテゴリ:白木蓮は闇に揺れ(完結)
鍬見(くわみ)の断罪は、鍬見の完治を待って行われる事になっていた。それは”盾”という組織の正当性を示す為でもあった。金谷(かなや)と久井(くい)が監視の名目でつききりで世話をした。彼らの献身ぶりに大半の”盾”は寛容だった。誠実な鍬見の人柄を知る者は彼に同情する者も多かった。 鍬見は仲間の気持ちをありがたく思った。だが掟を破り、詩織を危険に晒した原因を作ったのが自分にあるのは明白だった。それでもたとえ死すべき運命が待っていたとしても、胸を張って死にたいと思っていた。詩織を守りきった、その誇りだけを胸に。それが鍬見を支えていた。自分がいなくなっても鹿沼も千条もいる。朱雀様も百合枝様も力になって下さるだろう。幸彦様が詩織様を幸せにして下さるだろう。何も心配はいらない。そう思いながら、鍬見は黙々と日課をこなしていた。 あの病院で再会した日以来、鍬見と詩織とは顔を合わせていなかった。詩織は竹生の屋敷に保護されていた。屋敷にいる限り、誰も詩織に手出しは出来なかった。久井は鍬見に代わって百合枝の主治医をつとめていた。鍬見には言わなかったが、久井は屋敷を訪れた際に、鍬見の容態を密かに詩織に伝えていた。詩織も今は耐える時期だと悟っていた。百合枝は詩織をいたわってくれた。朱雀が立場上、詩織に何も語る事が出来ないのも、詩織は理解していた。 鍬見が裁かれる日が来た。鍬見は盾の制服を纏い、車で古本屋のビルに護送された。鍬見は静かに古本屋ビルの地下室へと歩いた。拘束はされず、前後に金谷と久井が付き添っていた。廊下に人影はなかった。鍬見を辱めまいとする、盾達の気遣いであった。扉の前に一人の”盾”がいた。鍬見の知らない顔であった。金谷と久井は廊下に残り、見知らぬ盾と共に鍬見は中へ入った。部屋の奥に椅子があり白神(しらかみ)が座していた。白神の左右に護衛の盾が立っていた。その顔も鍬見の知らない顔であった。白神なりの配慮なのだろうと、鍬見は思った。情を押さえた端正な白神の顔と向き合い、鍬見は長く同僚であった白神にこんな苦い役目を負わせてしまった事をあらためて申し訳なく感じた。役目を離れれば二人は良き友人であり、友人の口調で話す仲であった。 導かれるまま、鍬見は白神の前に立った。鍬見は後ろ手を組み、背筋を伸ばして白神を静かに見た。白神も静かに鍬見を見ていた。しばらくの沈黙の後、白神が口を開いた。 「霧の家の三郷(みさと)の息子、鍬見に相違無いか」 鍬見は胸を張って答えた。 「はい」 白神が右の盾に頷くと、その盾は懐から書状を取り出し広げて読み始めた。鍬見の罪状がそこに記されていた。その盾はよどむ事無く朗々と読み上げた。 (張りのある声、おそらく露の家の出の者だろう。あの家の者は皆、良い声をしている) その声を聴きながら、鍬見は二度と戻れぬ故郷に思いをはせていた。幼くして親を失くした鍬見は、盾の宿舎で育った。そのような子供達は何人もいた。激化する『奴等』との戦いの中で倒れる者は多かったのだ。何の後ろ盾のない彼等には、己の力のみが頼りであった。強くなる事のみが、この村で彼らが生きる為の手段であった。彼らは競い合い、支えあった。 「以上、相違ないか」 白神の声が鍬見を我に返らせた。再び、白神を見据えて、鍬見は静かに答えた。 「ありません」 白神は頷いた。 「鍬見の処分を言い渡す」 努めて無情な声で白神は言葉を続けた。 「”盾”、鍬見の命、ここまでとする」 鍬見は静かに頭を下げた。特に同期の者同士の絆は深かった。十の歳に彼らは見習いの盾となり、訓練の末に一人前となる。異なる部署に配属となっても絆は切れる事はなかった。それゆえ、同期の千条と鹿沼は鍬見には特別の友であり、彼らに何かがあれば何でもするつもりでいた。事実、千条も鹿沼も今の鍬見に出来うる限りの事をしてくれた。その恩も返せぬ事が今となっては唯一の心残りであった。 白神が立ち上がった。左の盾が白神に一振りの刀を渡した。 「膝をつけ、鍬見」 作法に従い、後ろ手を組んだまま鍬見は膝をつき、首を前に差し出した。白神は鍬見の傍らに立った。 「我が風の家の名刀”神星(しんせい)”にて、我が自ら断罪するを、せめてもの慈悲と思え」 白神が刀を振り上げた。鍬見は目を閉じた。 (つづく) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013/01/24 04:50:58 PM
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