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貴方の仮面を身に着けて

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2013/07/31
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盾”になるのは、佐原の村の中でも”盾の家”と呼ばれる家の者達である。出自で各々の能力と適正が異なる。”盾”の家の中でも、風の家、霧の家、露の家は三大名家と呼ばれていた。風の家は風を操る力を、霧の家は医療の知識と俊敏さを、露の家は術の力に長けていた。他にも家ごとに特技がある。それぞれの家の秘儀は父から子へと教え受け継がれる。それ故に彼らは家の名と父の名をもって呼ばれる。霧の家の朝来の息子、卓真。そのように胸を張って名乗る名がある事が、彼らの誇りであった。

朱雀の会社は都心にあった。高層ビルの1階のエントランスはガラスを多用して明るく、受付嬢の並ぶ机の左右に警備部の者が立っていた。彼らはごく普通の背広姿であるが、真っ直ぐに伸びた背筋と張り詰めた胸や肩のあたりに漂う逞しさ、精悍な顔付きが、彼らの職務を見る者に伝えていた。じっと立っているように見えるが、彼らは退屈とは無縁の世界にいた。彼らは周囲への警戒は勿論、視野に入るすべての人物や出来事を記憶しようとしていたし、常に瞬時で臨戦態勢に入れるように、呼吸のひとつもおろそかにしていなかった。腹式呼吸、胸式呼吸、息の仕方ひとつで筋肉の鍛錬も出来れば、精神の緩急も可能であった。幼少より訓練を受けて来た彼ら”盾”は、いつ何時でも、最大限に己を保つ術を身につけていた。本来の警備の役目を果たしながらも、客人や受付嬢に何か尋ねられれば、礼儀正しく答える。手を貸す必要があれば、すぐに駆けつける。大半の盾は人並み以上の容姿を持ち、このような紳士的な態度も心掛けていた為、女子社員に人気があった。

(やがて信夫(しのぶ)も、あそこに立つのだろう)
先輩の引率で訪れたエントランスの光景を思い浮かべながら、卓真(たくま)は自分に与えられた机で荷物の整理をしていた。スチールの引き出しを開け、わずかな文房具と書類などを入れた。この場所は表向きは朱雀の会社の地方営業所になっている。古い石作りの建物は3階建てで、このあたりでは一番高かった。1階が詰所で、その上が宿舎になっていた。卓真も3階に自室を与えられた。
「昨今のコンクリート製よりも頑丈なのだよ」
所長の狩衣(かりぎぬ)は言った。狩衣は細身だがしなやかな動きに隙がない。相当の手だれだと、信夫(しのぶ)にも解った。まだ三十も半ばであるのに、早くも髪にかなり白いものが混じり始めているのは、風の力のせいであった。風の力を使うと髪が白くなるのだ。それは己の命を削っている証拠である。その髪が真っ白になった時が命の尽きる時なのだ。そのために風の家の者は力がある者ほど短命だった。その事を気の毒と思うよりも、風の力という強大な武器を持つ身である事への羨望の方が卓真の中では強かった。
「ここは一番”村”に近い。事が起きたら、最終の防衛拠点になるのだよ」
(それだけ僻地、という事だな)
白神のいる古本屋のビルからここまでの距離を思い、卓真は憮然とした面持ちでいた。

新人教育のまとめ役の秋武は、白神の信頼の篤い部下だった。恵まれた家柄でもなく苦労人である秋武は、新人の”盾”達の表向きの成績だけではなく、各自の性格や希望もなるべく配慮に入れて配属を決めていた。最近の卓真の性根を入れ替えた態度にも好意的な目を向けていた。しかし教育担当の中には、配属前の点数稼ぎと見る向きもあった。自業自得とはいえ、それまでの印象が悪すぎたのだ。大勢の部署で騒ぎでも起こしたらと心配する者もいた。ならば少人数の所が良かろうと探していた時に、丁度欠員があったのがこの狩衣の詰所であった。秋武と狩衣は同じ部署にいた事があり、今も親交が続いていた。温厚な狩衣なら卓真を上手く導いてくれるだろうとの期待もあった。

「すぐに慣れるさ。我らが故郷のそばだ。そう思えば気も安らぐ」
故郷が懐かしくないわけではなかった。だが両親を早くに失い、近しい親類もとりたてて親しい友もなく”外”へと志願した卓真には、特に未練のある場所でもなかった。むしろ閉ざされた村よりも、遠くの都会での生活の華やかさを夢見て、彼は”外”へと出たのだ。なのに今は、その離れたかった場所のすぐそばまで、また戻って来てしまった。自棄になって、卓真は机の引き出しを乱暴に閉めた。

(つづく)





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Last updated  2013/07/31 09:20:01 PM
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