白木蓮は闇に揺れ(8)
肩先の焼けつくような痛みに、鍬見は膝をついた。なぎ払った先に手応えは確かにあった。敵の気配が遠ざかるのを、鍬見の鍛えられた神経が感じ取った。「鍬見先生!」「詩織様、お怪我は?」「私は大丈夫です」鍬見が片手で押さえた肩先からあふれる血に、詩織は目を止めた。「ごめんなさい、私の為に」二人は建物の影に身を潜めた。「眼鏡、どこへ行ってしまったのかしら」「ああ、そうですね」「ごめんなさい」「いえ」「貴方の素顔、初めて見るわ」詩織の顔が近づいた。壁にもたれたまま、鍬見は顔をそむけた。そして軽く首を左右に振った。「どうして?」「貴方は、百合枝様の従妹。私はお仕えする者、身分が違います」「そんな」「お許し下さい」「私が、嫌い?」「そうでは、ありません」「私は・・」「お願いです、これ以上は」「鍬見先生?」「鍬見とお呼び下さい。私は・・詩織様をお守り致します。この命をかけて・・それが私の役目です」「・・役目?それだけ?」「それ以上は・・・何もおっしゃらないで下さい」病院の職員は定期的に検診を受ける義務があった。「先生って、痩せてると思ったら以外に筋肉質なんですね」前田留美のあけすけな言葉を鍬見は不快に思った。検査が終わるとすぐにシャツを羽織った。(詩織様はそんな事はおっしゃらないだろう)比較してしまってから、鍬見は自分の中の切なさに気が付いた。同時に、聴診器をあてた、肌蹴た白い胸の薔薇色の乳暈を思い出し、頬が熱くなった自分にうろたえた。「先生?」不振げな留美の声に、鍬見は何食わぬ風に取り繕い支度を終えた。「仕事に戻る」その後の事だった。詩織から鍬見の携帯に電話があった。「それは・・出来ません」「どうしてですか?」「私は、あのお屋敷にお仕えする身です。詩織様と個人的にお逢いする事は、とても許される事ではないです」電話の向こうで、詩織は黙った。(携帯の番号を教えるのではなかった)鍬見は心を強く持とうと気を引き締めた。詩織への愛しさを必死で押さえつけ、鍬見は言葉を続けた。「ご気分が優れないのでしたら、どうか病院へおいで下さい。予約をお取り致しましょう。明日の9時以降でしたら、詩織様のご都合で・・」詩織の声が鍬見の言葉を遮った。「私は佐原の村の人間ではありません。村の掟に従う理由はありません」「しかし」「病院では、他の人に聞かれているようで、お話しにくいのです」「デリケートな問題もあるでしょう。同性の方が相談しやすいかも知れませんね。女医を紹介しましょう」詩織が張り詰めた声で言った。「私が信頼出来る医者は、あなただけです」鍬見はしばらく黙っていた。詩織の息遣いが聞こえるような気がした。「解りました」鍬見は言った。「明日の午後でよろしければ」そして二人は密かに逢い、二人は『奴等』に襲われた。(つづく)