別れ
久々の更新です。私にとって、今までの人生最大に悩み、心臓に矢が突き刺さったような状態のまま、この1ヶ月強をすごしてきました。離婚したのは昨年の8月末日、翌年の2月に養育費についての家庭裁判所での調停が終わり、一安心したのもつかの間、元夫から息子への面会の連絡はありませんでした。養育費は支払われているから、死んでいるわけではない、日本にいないわけでもない、向こうとしては不本意な額で、養育費が決まり、ムカついているのでは…と思いつつも、年少さんの初めてのお遊戯会や、春休み、新学期の準備と仕事の日々に追われ、後ろを振り向くことなく過ぎていった毎日を送っていると、風の便りで、元夫が再婚していたことが分りました。だいぶ心の傷は癒えましたが、あのときの衝撃は今でも鮮明に思い出し、息が苦しくなります。どうして…。なにも向かい合うことなく、去っていったのか。私たちの結婚式に出席していただいた方たちに宛てたその手紙には、私達の別居、離婚の経緯と共に、「これからは新しい妻とその間の子供のよき父親として人生を全うしていく所存です」とあったそうで、彼の記憶から、私たちが結婚していたこと、2人の間にkanaという息子がいることを消したことが分りました。彼が守りたかったものは一体何だったのだろう…。結婚式に出席してくださった人たちに体裁を守る前にすることがあった筈です。2月の調停では、復縁を求められ、弁護士さんと2人で顔を見合わせ驚いた、その4ヵ月後、彼は息子を捨てて入籍という道を選びました。その道は、果たして本当に見つけた幸せだったのでしょうか。3月に北区から中央区に引越したようでしたが、その時も連絡はありませんでした。友人から新居の住所を教えてもらい、正直に今の気持ちを手紙にしました。結婚おめでとう、幸せになってほしいこと。調停後、kanaも私も彼から面接の連絡を待っていたこと、彼が万難を排してkanaに会ってくれると、ずっと信じていたこと。別居してから今日まで、憎しみあってきたこと、きちんと話ができなかったのは、彼だけが悪いのではなく、私も未熟で至らないところばかりであったこと。kanaはパパのことが大好きで、パパと過ごした日々をちゃんと憶えているということ。などなど。彼からの答えはありません。彼はいつもそういう人。kanaのこれからのこと、私の仕事のことで大喧嘩して、「離婚する、親権はいらない」と言って出て行ったのは一昨年の新潟沖の地震のあった10月。余震が続き、帰ってきて、と頼むと帰ってこず、頼まないと帰ってくる、ずるい人。kanaのことを、こいつはバカだ、頭がおかしい、と叫び、こんな息子がいるのによく仕事なんかチャラチャラ行きやがって、と罵倒し続けた日々…。じゃあ、彼が守りたかったものって、一体何?思い余って彼の携帯にメッセージを入れました。返ってきた返信メールには、「辛くても、あと16年(kanaが20歳になるまで養育費を払うため)生きて、働かなければなりません」それだけでした。養育費、払ってんだから、文句ないだろう…そういうことなのだろうか。調停で子供のことを語りながら流したあの涙は一体誰のための涙だったのだろうか。今日は幼稚園の水泳教室の日。土曜日ということもあり、パパが大勢見学に来ていた。子供の成長に夫婦で目を細めて語り合う姿を見る…羨ましいというよりも、私達夫婦にはどうしてこんな簡単なことが出来なかったのだろう…と思う。「籍を入れる入れないは関係ないんです。夫婦別姓でもいいと思っています。今は便利な時代です。女性も仕事を持たないといけないと思うんです。」そう堂々と私の両親に言い放っていた結婚時の彼の机上の空論を思い出すのです。私が子供を実家に預けて仕事に行っている間、「先日は紳士的なお食事会をありがとうございま~す」というメールの数々、私が子供を連れて家を出た後、荷物を取りに帰ってみると、新しく買って使いかけの避妊具…。自分の立場が危うくなると、いつも逃げ場所を確保しておく、弱い男。「そんなに家が欲しけりゃ、自分で買ってみろ」そう叫ばれて、私は本当に全財産を叩いて家を買いました…彼に私の本気を見せたかったから。この1年半、kanaの子育てにも新しい生活にも真剣に取り組んできた…彼にわかってほしかったから。彼に、本当に大事なものは、恥ずかしくても辛くても、戦って手に入れることを知って欲しかったから。でも当てがはずれたみたい。結局今回もまた逃げ道を選んだ元夫。私もしばらく悩んだけれど、結局、弁護士さんの助言にもあったとおり、忘れるしかないんです。kanaには、「パパはもうkanaちゃんのパパではなくて、別の子のパパになったんだよ」と伝えました。それからというもの、私から離れなくなり、寝るのも食べるのもお風呂に入るのもくっついていなければ泣いてしまう、という状態が続きました。また逆戻り、パパは中国でお仕事してるんだよ、です。離婚は罪ではないけれど、私は一生これと付き合っていかなければいけない、kanaのために。