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カテゴリ:長編小説
[PM1:00]
多佳子は他の店内にいた人々と共に、奥の事務所兼倉庫になっている小さな部屋に押し込められていた。 背の低いナイフを持った男が外の警戒をし、背の高い拳銃を持った若い男が、多佳子たちを監視していた。 状況は、刻一刻と悪化しているかのように思える。 小さなコンビニの外には、警備会社の人間と警察、情報を嗅ぎ付けた数社のマスコミ、そして野次馬が詰めかけ、大騒動になっていた。 強盗たちは逃げ場を失い、多佳子たちを唯一の切り札としてコンビニに立て篭もっているのだった。 多佳子は何故、自分がああして安全な場所で野次馬として覗き込んでいる立場ではなく、拳銃の脅威に晒されて怯えながら強盗たちの顔色を窺がわなければならない立場なのか、どうしてこんな事になってしまっているのか。激しい恐怖と怒りで気を失いそうなほどだった。 何しろ、多佳子がこのコンビニに来てからすでに1時間以上が過ぎている。 その間ずっと今まで味わったことのない恐怖と緊張に耐えてきたのだ。 けれどいくらか平静を保てているのは、自分をかばうかのように強盗の目から隠してくれている、彼の存在があったからだ。 自分の影になるように多佳子を座らせ、彼はまるで雛を守る親鳥のように多佳子を守ってくれていた。 確かに、あの時彼は、 「大丈夫。アナタを傷付けさせたりしない」 そう、微かに声を震わせながら、多佳子に言ったのだ。 どうして? 彼は何故、見ず知らずの私をこんなにも必死に守ろうとしてくれるのだろうか? 多佳子には全く見に覚えがない事だった。 このコンビニには確かによく通っていた。彼が半年ほど前から、ここの店員として働いているのも知っていた。 だが、それだけの関係だったはずだ。 こんなに命を賭して、守ってもらえるような関係ではないはずだ。 まさか私に一目惚れ・・・ そこまで考え、あまりにも自分が自意識過剰だと思い直した。 多佳子は決して醜くはない。ハズだと自分では思っていた。けれど、一目惚れしてもらえるような要素はないと自覚している。可も不可もない。人込みに紛れ込んだら特にこれといった特徴もなく、埋もれていってしまうのだろう。 それにこのコンビニにはメガネにサンダル、ジーンズにTシャツといった、絶対にオシャレとはいえないような服装でばかり通っていた。そんな女に誰が一目惚れするというのか。 もしかして前世ですごく彼に恩を売っているのでは? 多佳子は次第に自分のチープな思考に嫌気がしてきた。 むき出しの腕に彼の背中が触れ、彼の温かな体温と少し早い鼓動が聞こえてきそうだった。 気持ちいい・・・ こんな緊急事態だというのに、多佳子は彼の背中にもたれかかって、とろりと目蓋を閉じてしまいそうになっていた。 まるで夢を見ているような気分だった。現実味がない。 彼の体温と、少し早い心音が妙に心地よかった。 こうして目を閉じてまた開けば、いつものベッドで目を覚ますのではないだろうか? 多佳子はおそらく、1分か2分ほど、本当に眠っていたのかもしれない。 けれど再び目を開けた多佳子の視界に、薄汚れた事務所の白っぽい壁が映った。 [PM2:30] すすり泣く声に、多佳子は気が狂いそうになっていた。 突然女子高生が泣きじゃくり始め、強盗たちは苛立ったように彼女の口をガムテープでぐるぐる巻きにした。 それでもなお、彼女の嗚咽は止まらず、狭く密集した室内は異様な雰囲気に包まれていた。 彼女のすすり泣きに、強盗たちが苛立っているのは明らかだった。そして同じように囚われの身になっている人々も、強盗の神経を逆撫でし、自分たちを危険に晒している女子高生の存在が疎ましく思えていた。 他の人々の心は実際どうなのかは分からなかったが、とにかく多佳子は彼女が目障りで仕方なかった。 いっそ気でも失えばいいのに・・・ 誰でも自分の身は可愛い。その身を呈してかばうとすれば、肉親など自分のもっとも大切な存在だ。 多佳子は唯一、心のよりどころとなった彼の背中を見つめた。 どうして私をかばうの? まだ若い、決して逞しいとは言えない彼の背中。どちらかと言えば、ほっそりしているといってもいい。 多佳子は青年に、聞きたいことがたくさんあった。 けれどその考えはまとまることがなかった。 死んでしまったら、そんな事はどうでもいいことなのだ。 死の恐怖と、ほのかな恋心。 今、多佳子の心を占めているのは、その2つだけだった。 犯人が中国人と分かったのか、警察の呼びかけは中国語になっていた。 きっと人質を解放して投降しろ、とかありきたりなことを言っているのだろう。 多佳子は中年の女性を見た。背を丸め、うずくまるようにして座っている。そして時折、口をもぐもぐさせていた。 老いた体に、この状況はさぞかし辛いことだろう。 「・・・怎樣做?」 背の低い強盗は、青ざめ、かなり怯えているようだった。 「沒有逃路。只有被捉住」 背が高く、若い強盗は微塵の怯えもなかった。シニカルな笑みまで唇に浮かべ、拳銃を玩んでいた。 「那樣的・・・」 背の低い男は泣きそうになりながら、若い男に縋っているようだった。 この若い男の余裕は何なのだろうか。開き直っているのだろうか? 「不想被捉住・・・!對這個計劃從最初反對著」 ヒステリックな口調で背の低い男が何かを早口に言った。唇は青く、わなわなと震えている。仲間でもめているのだろうか? 「明白了、你放跑。翻譯」 若い男の言葉に背の低い男が頷き、多佳子たちに向き直った。 「脱去你的衣服」 若い男が金を詰めさせていた店員を指差した。指差された店員は目を見開き、座ったまま恐怖に後退りした。 「服を脱げ、と言っている」 背の低い男がそう言った。店員は目を丸くし、怯えたように2人の強盗を代わる代わる見ていた。 「做什麼!?」 多佳子を背後にかばっていた彼が立ち上がった。仲間の危機に黙っていられなかったのか。 多佳子は彼を見上げ、やめて、やめてと心の中で必死に引きとめた。今度は彼がターゲットになってしまうかもしれない。 「請安靜地坐著」 「静かに、座っていなさい」 若い男の言葉を、背の低い男は律儀に訳していった。 「殺的事不做」 「殺したりはしない」 その言葉に、ようやく彼は納得したのか、再び多佳子の前に腰を下ろした。そして、同僚である店員に視線を向け、微かに頷いた。 店員は、震えながらエプロンを外し、シャツを脱いだ。 「褲子也脱」 「ズボンもだ、脱げ」 店員は怯えた目で男たちを見、ジーパンも脱ぎ、トランクス姿になった。 「你也脱去」 「什麼!?」 「穿那個」 男たちのやりとりと多佳子は不安な気持ちで見つめていた。一体、何をする気なのだろうか? 今度は、背の低い強盗が服を脱ぎ始め、店員の服を着た。店員はよく見れば、背が低く、体型がこの強盗に比較的良く似ていた。 そして、裸になった店員に強盗の服を着せた。 「從現在開始解放人質!!」 若い強盗が、外の警察に向かって大声で怒鳴った。 ----- やっと、やっと。3回目^^; お盆を挟んでしまい、やーーっと更新できました・・・(汗) ちょっと、我ながら内容も忘れかけててヤバイです。 あと2回・・・で何とか終わらせます!!多分。 話、理解できてもらってるのかなぁ・・・(笑)精進します・・・ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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