Profile
Cirou
シローが書き綴った小説・詩・エッセイ・レビュー。
ヒマになったらおいでください。
|
|
ああ、ピアノの音色が聞こえる……。
僕は眼下で血塗れで倒れている物を、ぼんやりと見つめていた。
それはさっきまで“藤崎先生”と呼ばれる人だったが、今はただの肉の塊だ。
僕は右手に握ったままだった真鋳製の花瓶に気がつき、血がべっとりとついたそれを床に放り出した。
きっと僕の指紋がきっちりと張り付いていることだろう。
頭をかち割られた『死体』は、ぽっかりと目を開き、何も映らない瞳で僕を見上げている。
僕は殴られ、腫れ始めた唇から流れる血を、そっと舌先で舐め、その痛みに顔を顰めた。
そして、着ていたカッターシャツを力いっぱい左右に引っ張って、ボタンを引き千切った。
こんなものでいいかな……。
もう少し酷くした方が、リアリティがあるだろうか。
僕はためらいなく、右腕を近くにあった机に思い切り打ち付けた。
「いってぇ~……」
打った右腕を握り締め、僕はその場に蹲った。
そうして、ようやくホッとため息を吐く。
これでいい。これでやっと……。
僕は『死体』から少し離れてへたり込み、悲しげに響くピアノの音色に耳を傾けた。
彩香の好きなショパンだ。彼女はきっと、絶望に打ちひしがれ、この曲を弾いているのだろう。
彼女の溢れる悲しみがメロディーにのって、僕のところまで流れ込んでくる。
もう、大丈夫だよ。君の恐怖の根源を、僕が消し去ってあげたからね。
双子の妹、彩香を思い浮かべ、僕は小さく微笑んだ。
彼女の異変にもっと早く気づいていれば、彼女をこんなにも苦しめる必要はなかったのに……。
僕が彩香と藤崎の関係に気づいたのは、つい先週の事だった。
ピアノの練習で遅くなると言っていた彩香の言葉を、僕は全く疑っていなかった。何と愚鈍な兄だったのか。
彩香が笑わなくなったとき、どうして気付いてやれなかったんだろう。
その日。あまりに帰宅の遅い彩香を心配して迎えに来た僕は、音楽室に彼女の姿を見つける事ができなかった。
特別教室の並ぶ棟で、唯一光が漏れているのは美術室だった。
僕はそっと足音をたてずに美術室に近づいた。
近づくほど、嫌な予感に胸がざわめいた。
すすり泣くような、微かな声が美術室の中から聞こえてきた。それは確かめるまでもなく、彩香の声だった。
そうして僕は、全てを悟ったのだ。
ぼんやりと美術室の薄汚れた天井を見上げ、僕は頭蓋骨を叩き割る手の感触を思い出していた。
彩香の鞄から、刃渡り20センチものナイフを見つけた時、僕は決心しなければいけなかった。
彩香を殺人犯にはできない。彩香が傷物になったことを、世間に知られてはいけない。
藤崎が18時以降、美術室で1人になるのは分かっていた。その理由も。
その時を見計らって、僕は美術室にやってきた。
藤崎を追及すると、奴は僕の期待通り逆上し、殴りかかってきてくれた。
2発までは受けてやる。
僕は殴られてよろけた時、下見に来たとき目をつけた真鋳製の花瓶を手に取り、藤崎の頭めがけて渾身の力で殴りつけた。
1発、2発、3発、4発、5発……
7発目で、藤崎はようやく動かなくなった。それでも、もう一度殴りつけた。
カッターシャツにも返り血が飛び散った。
“14才少年、教師を殺害”今から新聞の見出しが想像できる。美術の顧問であった教師に肉体関係を迫られ、少年は鈍器で教師の頭部を殴り、殺害した。とでも書いてくれればいいけれど。
18時半、見回りの警備員が来るはずだ。後、5分。
その警備員が去った後、彩香はここへやってくる。
僕は膝を抱え込み、頬っぺたをつねって無理矢理涙を流した。
次第に、開放感が押し寄せ、僕は喜びの涙を流していた。
やった!僕は悪魔を殺したんだ!
その時、カチャリと扉を開き、警備員が姿を見せた。
ああ、ショパンが聞こえる……。
|
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Sep 6, 2004 12:38:09 PM
コメント(0)
|
コメントを書く
もっと見る
|
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
エラーにより、アクションを達成できませんでした。下記より再度ログインの上、改めてミッションに参加してください。
x
|