たった少しの間でも、
『いい仲』になった相手が結婚したと知った時、あなたは心から祝福出来ますか?
昔、ほんの少しの間、『いい仲』になった男が居た。
『タダショウといっちゃんは、そう遠くないうちにつき合い始めるぞ』
そんな噂が周りで流れていたのを知っていたし、彼の気持ちも何となく気付いていた。
でも、『タダショウ』と私はつき合うことはなかった。
何故なら、当時、私は学生で、『タダショウ』との関係は上司と部下(社員とアルバイト)。
そこでは、社員、アルバイト関係なく社内恋愛は禁止されていた。
もしバレた場合は、解雇はされないもののほぼ例外なくどちらかが転勤された。
そして、だいたいのカップルが転勤による遠距離恋愛で破局という末路を辿った。
(勿論、遠距離恋愛や苦難を乗り越え無事に結婚をしたというカップルも居たようだが…)
基本的に和を乱すような真似を嫌う彼は、次第に私を避けるようになった。
恐らく、私に対する要らぬ風評を避けるための、彼なりの心遣いだったのだろう。
「僕は、入社から今まで何度か転勤をして、今居るところが一番居心地が良いんです。
環境にも慣れてきて、パートさんや他のスタッフともコミュニケーションが上手く取れるようになりました」
初夏だった。
6月の晴れ間に、つき合ってはいないけれど、きっとそれは別れの言葉なのだろうと思った。
「僕は、郁ちゃんが好きです。異性として。
でも、この想いはそっと胸にしまっておくことにします。
聞かなかったことにしてくれても結構です。僕は自分の気持ちをあなたに伝えたかっただけだから」
私の話など一切聞かずに、自分の思っていることだけを言うと去って行ってしまった。
一人その場に残された私は、ただただ青い空を見つめるばかりだった。
『タダショウ』の告白から9ヶ月後、彼は高地へと転勤した。
当時の日記を読み返すと、混乱した、という言葉が沢山書いてあった。
聞かなかったこととして自分の中で処理をし、精一杯、『いつも通り』接するよう努力した日々。
今もその日記を読み返すと、何となく当時の切ないような遣る瀬無いような気持ちがリアルに蘇る。
転勤後しばらくは連絡を取り合っていたが、いつの間にか連絡は途絶えた。
そして、先日、一人で買い物をしている時だった。
「似てる人が居る!と思ったら、やっぱり郁ちゃんだ!!
久しぶりだね、何年ぶりだっけ?」
声を掛けられたことに驚き、振り返るとあれから何年か分の年を重ねた『タダショウ』が立っていた。
幼い子どもを抱きかかえ、微笑む彼は父親の顔。
傍には奥様と思しき女性。
「前に話したことなかったっけ?
前の職場に居た、ちょっとどんくさいけどいっつも元気な女のコの話。それが彼女。
こっちは僕の奥さんで、この子は僕と彼女の宝物のヒロト」
彼らには、私がちゃんと笑顔で挨拶していたように見えたと思う。
私も笑顔で挨拶出来たつもりでいる。でもね―
たった少しの間でも、
『いい仲』になった相手が結婚したと知った時、あなたは心から祝福出来ますか?
昔、ほんの少しの間、『いい仲』になった男が居た。
当然その人もいつか家庭を設けるのだろうけど、
偶然それを知ってしまうと、とても複雑な気持ちになります。
もしも私に気がついたとしても、話しかけては欲しくなかったです。
私の中に、あなたに対する気持ちの残滓がある分、ね…