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カテゴリ:りぼん
目の前で巨大な柳田國男と芥川龍之介が騒々しく会話をしている。
鰯と秋刀魚、どちらが偉大かとつばきを飛ばしながら、国家論を交えての御高説、白目をむいての激論の渦中。 道行く人は知らぬ振りを決め込み、ぼわあんと薄暗く間延びした道をうつむき加減で歩いていく。 てくてくてくてく。 私も早く立ち去りたいのだがいかんせん仕事の最中、土から銅製のケーブルを取り出す作業中に一休みして配給の残り物で安く売られている「誉」にマツチで火をつけようとしたが國男か芥川いずれかから飛んで来るつばきと二人の呼吸活動による排気のせいで3本残ったマツチの最後の1本でようやく火を手に入れた。 深々と煙を吸い込み、吐き出すと大通りだというのに國男と芥川の頭上にしかない水銀灯の光に当てられて煙が紫色に輝く。 目の前で行なわれている國男と芥川の論争はもはや佳境に入り、本題から大きくそれてグラビアで脱いだ「ピンクレディー」のミイの乳首が黒かったことが「ショックだったのですすっす、死にたい」、と大泣きの國男に「そんな小さなことでクヨクヨしませぬよう。ケイの乳首のほうが色がまだ薄かったじゃありませぬか」とやさしく慰める芥川。 私から吐き出された紫色の煙は先端に伸びるほど夜の重く水分を含んだ空気に絡まって薄く透明になり夜の暗闇に紛れるが、紫の煙の中で私は間借りして起居している煙草屋の、2階へ伸びる階段を上っていた。 この場所まで戻って来るには相当数の野犬に襲われることを覚悟の上でセブンイレブン良い気分の温泉卵を買いに出かけ、途中ケブラー製防弾チョッキと改造エアガン、上野で買ったと思しきナチヘルとハーケンクロイツの腕章をつけた高校時代の親友に遭遇し、会話をしようとするもゴーグルの奥深くの彼の目は真っ白でしきりに「なぜ僕がバッテラなんかに・・・妻に相談します」「秋ナスがデイトレードで8千台売れたんだよ 車輪ももちろんついてるよっ」等わけのわからない言葉を繰り返していたが、いまさらながらに自分が長襦袢一枚に草履で外に出てきた事に背筋の寒さを覚え、件のコンビニエンス・ストアーで買い求めた「鬼平犯科帳」と「修羅が行く」を読みながら夜道の歩き方を覚えてようやく自宅にたどり着いた次第。 自宅である煙草屋2階の借家へと続く踊り場にはラサの犬の白い骨が煙草の煙の薄く伸びた先端の、闇に紛れるか紛れないかの部分より白く輝いていた。 油が切れて動きの渋い鍵を2度回して「そろそろ油を差さねばなあ・・・菜種油は高価だから鰯油しか買えないが・・・・」と思いつつ扉を開けると何故か六畳二間の我が家の居間にあるちゃぶ台を挟んで座る先ほどの國男と芥川が出迎えてくれた。 芥川の慰めに応じて國男もしぶしぶながら納得、しばし歓談の席ということらしい。 ちゃぶ台の上には見たことも無い大きな白い結晶と手鏡、カッター、スポイト、注射器、ゴムひもなどが山盛りに置かれていた。 電気もつけておらず空襲対策で目張りのされた部屋でぼわんぼわんと浮かび上がる二人の大きな頭に圧倒され、私は先ほど買い求めた温泉卵を食べて気を落ち着かせようとポリエチレンの袋から取り出しパッケージを見ると写真のはずの卵の白が徐々に薄まり私の視線が上から下に落ちてもとの道路にて煙草を半分ほど吸い終えたということに気づいた。 <気が向いたら続く> お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2005/11/14 08:20:03 PM
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