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ブリジット・バルドー ポスター&フレーム 1 ブリジット・バルドー、彼女はコミカルな作品を中心に出演し、愛くるしさを振りまきながら、エネルギッシュな現代娘を演じ、スターへの階段を上がって行った。 映画の中のお転婆娘はお金に困るとストリップ・ショーにまで出てしまうという、これまでの常識をくつがえすたくましさを見せたのだ。 バルドーは1934年9月28日、パリで生まれた。父は実業家、母は保険会社の重役の娘という”ブルジョワ家庭”に育った。 少女時代からオペラとバレエに憧れた母に勧められ、バレエのレッスンを続けるうち、バレエ・ダンサーを夢見て踊るようになる。しかし、彼女は眼鏡をかけたやせぎすの女の子で、肉体的にはコンプレックスの塊だった。 女優への扉が開かれたのは16歳のとき、帽子のモデルをきっかけに雑誌「エル」の表紙に出た。それがマルク・アレグレ監督の目に留まったのだ。 そして、52年、「素晴らしき遺産」で映画デビュー、その年、彼女は18歳でアレグレ監督の助監督だった24歳のロジェ・ヴァディムと結婚した。 周囲から反対され、狂言自殺まで図っての結婚、のちに女性の魅力を最大限にまで引き出す監督と言われたヴァディムが、最初に発掘した女性、それがバルドーだった。 「ブラジャーやパンティは、知らず知らずのうちに女を鈍感にするんだ」 ヴァディムはこう云って、バルドーに家にいるときには下着を着けないように命じたという。 56年製作の「素直な悪女」では、監督として女優として夫婦協力作品で、自由で開放的な女性の生き方を表現し、とくにアメリカで絶賛を浴びた。バルドーは一夜にしてトップスターになったのである。 更に「この神聖なお転婆娘」「殿方ご免遊ばせ」「月夜の宝石」「戦士の休息」と作品が続いた。 「軽蔑」「ビバ・マリア」「華麗なる対決」など、記憶に残る作品も多い。少女時代のコンプレックスを捨て去り、自らの美しい裸身を惜しげもなく人目にさらし、自らの世界を確立したバルドーは、73年に39歳の女盛りで”惜しげもなく”映画界を引退した。彼女は映画だけでなく歌手としても活躍した。「ベスト・オブ・BB 」 彼女はスターにしてくれたヴァディムとは5年後の57年に離婚、これまでに4人の男性と結婚、息子が一人いる。引退後は動物愛護運動などに力を入れている。 同じ世界のセックス・シンボルとして今も昔もマリリン・モンローと一緒に話題になるが、バルドーは『みんなモンローかバルドーかって言うけど、私がマリリンのファンなのよ。でも、影響を受けたとかマネしたことは一度もないわ。だって、私なんて彼女の足元にも及ばないんですもの。』と語っている。 彼女は至って謙虚な女性だったと云えるだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009.10.04 11:28:44
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