カテゴリ:生きとし生けるもの
月曜日の夜はアニメの「ブラックジャック」を子供たちと見る。
(その後「名探偵コナン」も見る) ブラックジャック、わたしの年代にはなつかしい作品だ。 小学校高学年から中学にかけて、少年チャンピオンを4~5年くらい 毎週買っていた。ブラックジャック、ドカベン、がきデカ・・・ 今思い出しても印象深い作品がいっぱいある。 ブラックジャックははじめ好きではなかった。むずかしかった。 むしろ、父がよく読んでいた。父は手塚治虫が好きだ。 天才外科医ブラックジャックを通して、さまざまな人間が描かれる。 きれいごとだけではない、人間の生きる苦しみ、悲しみ、絶望、愚かさ、 醜さ・・・でも、そのすべてを通して、作者手塚治虫さんの人間といのちへの いとおしみが伝わってくる。30年近く前の作品なのに、今なお古びた 感がしないし、むしろ、今こそブラックジャックのメッセージが必要なのか と感じることもある。 今日はこんなストーリーだった。 ノーベル医学賞を受賞する青年研究者が帰国する。彼は幼い頃から 動物学者の両親が実験用に育てていたシカの子供と友だちだった。 「こいつが言葉を話せるようになれば」彼はシカの脳を胸に移植し 自分の発明した脳を成長させる薬を投与して脳を大きくし、人間並みの 知能を持たせる実験を考える。その手術をしたのがブラックジャックだった。 実験は成功し、シカは言葉を話すようになる。しかし、青年が研究のために 海外に行った後、知能の高まったシカは、人間が実験用動物を手荒に扱い、 自然を破壊する姿に絶望し、人間を敵とみなして襲うようになる。 「そんなこと信じられない」しかし、ついに青年の婚約者も襲われた。 彼女を助けるため手術するブラックジャックをシカが襲う。その時、 意を決した青年がシカを銃で撃つ。シカは傷つき、立ち去っていき、二度と 人間の前には姿を見せなかった。 原作では、シカに襲われた婚約者は死に、シカも、青年の手ではっきりと 射殺される。このアニメでは子供の目を意識してか、しばしば原作にある 死の場面がうまく処理されてしまっていて物足りなさを感じるのだが・・・ 青年が、シカと会話する場面がある。 「ニンゲン シゼン コワス サバク(裁く)」 「人間も悪いやつばかりじゃない。それに人間は人間が裁くんだ」 そして、シカを撃った時、青年はこう言う。 「ぼくのせいだ。これが裁きだ」 しかしブラックジャックはこう言う。 「あんたは言った。人間が人間を裁くんだと。じゃ、人間が動物を 裁く権利があるのかね?」 医学の進歩はすばらしい、喜ばしい。守れなかったいのちが守られ、 生きられなかったいのちが生きられるようになる、それはすばらしい。 けれど、それが、人間が人間や生き物のいのちを自分に都合のいいように コントロールすることになっていったとしたら、 それは人間にとって、すべての生き物にとってしあわせなのだろうか? ブラックジャックは、今は亡き手塚治虫先生は、30年前も今も そのことを問いかけている。 ブラックジャック、また読み返したくなった。 古本屋にでも行ってみようか。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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