メメント
【メメント】「自分の外に世界はあるはずだ。たとえ忘れてもきっと何かしらやることに意味がある。目を閉じててもそこに世界はあるはずだ。本当に世界なんてあるのか? そうだ、記憶は自分の確認のためなんだ」冷蔵庫の中身をチェックしていたら、玉子が一個もないことに気が付いた。玉子料理の大好きな私にとって、玉子のない冷蔵庫なんて致命的だ。買い物に出かけたら、いの一番に玉子をカゴに入れなくてはと思った。私は近所の大型ショッピング施設に出向き、まずはパン屋に寄った。大好きな米粉パンやカリカリのメロンパンをゲットすると、もうそれだけで気分は盛り上がった。その後、何か冷たい物でもと、マックでサンデーストロベリーを注文し、ささやかな幸せをかみしめた。さて、生鮮食品売り場で食材を買って帰ろうと、私はいつもどおりの順路でスムーズに買い物を終えたのである。帰宅して私は冷や汗が出た。言葉も出ない。あろうかとか、肝心な玉子を買い忘れていたことに気付いたのである。一体何のための買い物だったのか?!よもや若年性認知症なのか?!いや、単なるもの忘れに過ぎない。だがこの記憶の喪失感をだれに訴えたら気が晴れることだろう・・・ 私はTSUTAYAで『メメント』を借りた。これは、前向性健忘という記憶障害に見舞われた男が、愛する妻を殺害した犯人に復讐する物語である。 ストーリーはこうだ。ロサンジェルスで保険の調査員をしていたレナード。ある日、浴室の方から物音がしてくることを不審に思い、おそるおそる様子を見に行く。するとそこには愛する妻が何者かによってレイプされ、殺害されようとしていた。レナードは慌てて現場にいた犯人の一人を銃で撃ち殺すが、犯人の仲間に殴られ、そのときの外傷がきっかけで10分間しか記憶が保てない前向性健忘になってしまう。レナードは愛する妻を殺害された復讐心だけを支えに、犯人捜しを始める。自身のハンデを克服するため、ポラロイドカメラで写真を撮り、メモをし、さらには重要なことを忘れないために自分の体にタトゥーを刻んだ。こうしてレナードは少しずつ手がかりを追って犯人に近づいていくはずだったが・・・ 『メメント』のレビューを読んでみると、皆一様に「難解だ」というコメントが多かった。リピーターが多いのも、おそらく一度見ただけでは理解できないという理由から、二度三度と視聴される方が多いのであろう。思い出すのは、2000年代の始めは記憶喪失をテーマに扱ったものがトレンドだったということだ。『ボーン・アイデンティティ』などがその筆頭である。『メメント』は時間軸を解体し、結論から逆行していく構成など斬新だったかもしれない。だがそこにばかり注目してしまうと、作品のテーマを見逃してしまう。 私が注目したのは、次から次へと入ってくる情報に翻弄されながらも、たった10分間という記憶のある瞬間を生きるしかない主人公の姿である。本来、人間というものは過去の記憶に囚われつつも、新しい環境にゆっくりと順応していく生きものである。だが現代の情報化社会では、過去を消去し、次から次へとアップデートしていくことがスタンダードとなっている。ならば過去の記憶などゴミ箱に捨て、絶望感さえ忘れて生きてゆけと訴えているような気がするのだ。『メメント』は、今を生きるしかない現代人の姿を投影しているようにしか思えない。アイデンティティの崩壊さえ感じられるこの作品を、みなさんはどう受け留めたであろうか。 2000年(米)、2001年(日)公開【監督】クリストファー・ノーラン【出演】ガイ・ピアース